二代目

 ひしゃげた指は波打ちながらもそれぞれ一本のソーセージに戻ってゆく。


 活発にのたうち回る肉はその姿を肘の先まで取り戻した。


 足元に転がる腕切れはそのままに新しい体を得ようとしている。


「お前は俺にまだ朗読させたり身の上話をさせたりするのだろう? だとしたらこんなところでへばっている余裕なんかない。怪我だらけの体を元通りにして、とっとと相手をやっつけて、とっととカラオケボックスなりいつもの店なりに連れていけ」


 ボロボロの三和は高町を見上げるものの、その目には少し力を失っているような気がした。高町は心臓が締め付けられる思いと共に焦りが生まれてくる。どうして不安がらせるような顔をしているのか。どうして悲しい顔をさせてしまっているのか。


「よー」


「失せろ」


 三和の声にかぶさる高町の声はどすのきいた音だ。


 二人を覆い尽くしつつあった影。高町が身にまとった淡い輝きで薄れた次の瞬間、強烈な熱と橙の光の中に姿を消した。ちらり後ろを見やる高町。魔物が炎に包まれてのたうち回っていた。


「同じ目にあってしまえ」


 より一層高町を包む輝きが濃くなった。対する魔物は炎の勢いはそのまま腕がもげた。断末魔は聞くに耐えないほど耳障りだったが、しかし高町は全く意に介さない。三和に視線を戻す。言葉を紡ぐのに戻った。


「とにかく、全部だ。全部、綺麗さっぱり治ってくれ」


 高町の額に一本の筋が垂れた。汗が垂れるほどのことをしているのか? 高町の意識が顔を這う汗の感触へ向いた途端三和に覆いかぶさってしまう。力が急に抜けてしまった。三和の口からは血しぶきと空気が飛び出してくる。目鼻の先の高町の顔が汗と血にまみれた。口の中に鉄の味が広がった。


 どうしてか、意識した途端に汗が止まらなくなっていた。体を押しつぶすような感覚が高町を襲っていた。何かがのしかかっているかのようだった。とてつもない力が加わっているのか、力が入っていないだけなのか、高町には判別できなかった。


 ただはっきりしているのは、この局面を乗り越えなければならないということ。だたそれだけ。


 高町は異様な感覚に耐えながら体を起こした。相変わらず馬乗りの格好で三和を見下ろした。ひしゃげた指はすでに元通り。姿を失った腕は手首を作っているところだった。心なしか肉のうごめき具合が激しくなっているように見えて、気色悪さがより際立っていた。


「頼むから、きれいに元通りになってくれ。俺のせいで取り返しのつかないことになってほしくない。たとえ汐里が望んでいたとしても俺は望まない」


 手首から先は早かった。特に手の甲の半分と親指が元に戻ってからは凄まじかった。骨が伸びたかと思えば肉が覆い隠してゆく。それが四本同時に進んでゆく。筋肉の筋が織物のように生み出されていった。


 最終的に現れるのは、傷一つない、汚れ一つない腕である。足元に転がっている腕と比べればその肌色は天と地の差だった。切り離されてしまった腕を洗剤できれいに洗ったとしても、新しい腕のようなきめ細やかさにはたどり着けない。


「大丈夫、ちゃんと治る。絶対動かせるようになる。でも今は休んで。俺が始末をする」


 馬乗りのまま口を開いた高町の視線は三和ではなく正面に向いていた。赤黒い光のような煙のような物体が地面から噴き出していた。魔物が現れる兆候、それが四つ。


「よう――よう、すけ」


 高町のシャツを引っ張るのはただ一人しかいなかった。その声色の言葉をはじめて聞いた。音ではなかった。高町を呼ぶ音ではなかった。高町洋祐を呼ぶ言葉だった。


「ようすけ、なら、できる」


 口の周りを血で汚した三和は、血を吐くことなく言葉した。


「ここまで鍛えられたんだ。できて当然」


 高町の言葉は、いよいよ四体に向けられる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口なしタイピストと魔物に愛されナレーター 衣谷一 @ITANIhajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ