喋りはせずともかしましく
一言で言えば、執着されている。二言目には、しつこい。口では言わないけれども、怖い。
会話に恐慌する高町が三和のことを尋ねられればはっきりとそう答えただろう。別に誰かから質問された、というわけではない。けれども、仮に質問されたとしたら、間違いなくそう答える。
三和の高町に対する扱いは凄まじかった。彼女は監視カメラだった。魔物が現れて、通常路線で高町へ襲いかかろうとすれば言葉通り横槍が入る。誰かの詩をカタカタと叫びながら飛び込んでくるのである。並べられた言葉は有名なものでなさそうだったが、確かに独特の言葉が引っかかる。対して魔物はひどくもだえて、ややあってから消えるのだった。
週に半分以上、そうやって高町と三和は顔を合わせていた。三和が現れるまでは軽いけがをしつつも最後には撃退できていた高町にとってはありがた迷惑にほかなかった。
その後のことを考えると迷惑でしかなかった。
三和は決まって、魔物退治の後は高町を引きずって何かしらをやる。ファーストフード店でおやつと称しながらハンバーガーとフライドポテトLサイズを頬張ったり、ショッピングモールの買い物に付き合わせたり。食べるか、連れ回すか。とにかく、高町が避けてきたことを三和は求めるのである。
一人じゃない。誰かと一緒に行動すること。
なので三和が飛び込んでくるとうんざりした気分になるのだった。
「ほら、何飲む? 私は選んだから、ほら」
三和に渡された注文用のタブレット。隅にはカラオケボックスの店名が表示されていた。そう、カラオケボックス。よりによってカラオケボックスだ。話す相手もいなければ、高町にはカラオケボックスに行くような相手も文化もなかった。
適当に知っている飲み物を注文した後は三和にタブレットを返した。けれども当の本人はすぐ突き返そうとする。高町がキョトンとしていれば、おもむろにタブレットをテーブルに横たえた。
カカカ。
「いやだって私、喋れないもの。タブレット渡されても歌を選んだところで歌えないし」
「じゃあ何で連れてきたんだよ」
カカカ、カッ。
「ちょっと込み入った話をしたくて」
込み入った話、というワードは高町を戸惑わせた。高町の生き様を知らない人にとっては何を言っているのか分からないだろうが、込み入った話をされるようなことを経験したことがなかった。血が繋がっているならともかく、何の拘りもない、せいぜい死んだ親が助けたらしいという関係性しかない人物から放たれる言葉とは思っていなかった。
「どうしたのさ固まって」
秒速三十発のクリック音もまるで聞こえていなかった。
「き――こ――え――て――る――?」
三和の指先が苛立ちを隠さずに鍵を打った。二人の間を見守る液晶テレビからは新曲の案内が流れてくる。液晶からの光に照らされた文字が高町に迫った。
「その、何でもない」
「それよ、それ」
三和の脈絡のないツッコミにはどう反応すればよいのか、高町の中の引き出しには使えそうなものはなかった。それとなくやり過ごせそうな言葉を垂らしただけなのに、どうして三和を釣り上げることになってしまうのか。高町は当たり障りのない言葉を選んだつもりだった。それがどうして。関心を持ってしまうのか。
「どうしてそんなに喋ってくれないの? 私としゃべるのが嫌? しゃべること自体嫌?」
「嫌い」
「どうして? 人とおしゃべりするのがそんなに嫌い?」
「しゃべるよりも、なじられることのほうが多かった」
「どうしてなじられるの? そんなことしてきたの?」
無邪気と言うか、無知と言うか。三和の言葉は高町にはひどい攻撃に感じられた。特に最後の言葉はきつかった。脳裏の思い浮かべられる黒歴史の数々。思い出したくもない情景が頭に浮かんできて、それだけで体が震えた。体の中をかきむしりたくなるような不快感。
内で暴れる嫌な感情を振り払うには握りこぶしを振り下ろさなければならなかった。激しく打ち付けられたテーブルはけたたましい音をあげて、カラオケのタブレットと三和のキーボードがわずかに飛び上がった。打ち付けた握りこぶしは地の流れに合わせて痛みが波打ち、その痛みが高町を冷静にさせた。
「思い出したくないんだ」
高町は一瞬だけ三和を見てすぐさま目をそらした。見たと到底言えないほどの速さ、実際高町は三和がどのような表情で高町を見ているのか判断がつかなかった。ただ、想像だけは立派だった。どうせ蔑む目で見ているのであろう。理解できない存在に対する目を――
スマートフォンを差し出していた。三和はまっすぐ高町を見据えていた。はれものを見るような目でもなければ、バカにするような目ではなかった。真剣そのものだった。
「これ読んで」
「これを読んで何になる」
「いいから読んで」
両手でキーボードをカチカチして脅かしてくるものだから、返すにも返すことができなない。高町の選択肢はなかった。
「
黄金のお皿へ
兎がとびこみました
バアラリと黄金色の金平糖が
紫色のびろうどに散りました
兎も
お皿の中で
黄金になりました
」
三和が魔物と戦うためにストックしてある詩の一つだろうが、誰が著したものなのかは分からなかった。けれどもどうしてだろう、口から放たれる言葉の柔らかさがほんのりと心地よかった。金平糖の甘さとビロード――ベルベット地の触り心地が言葉ににじみ出ている気がした。
目の前に突然うさぎが飛び出してきた。かと思えば金平糖の星粒になった。テーブル上にベルベットのハンカチが現れた。金平糖がハンカチに転がった。そうして、全てが煙のように溶けてゆく。
何が起きたかよく分からない状況、ただ三和だけが拍手を送っていた。キーボードのカチカチ音ではない、手のひらで高町をたたえていた。
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