言葉使い

 高町が三和――三和汐里と出会ったのはごく数週間前だったか。


「それで、どうしてそんなに襲われるの? 二週間のうちに四回? 多分一般的には数年に一度でも多いと思うけれど」


 店を出た途端『魔物』に襲われた高町を、どこからともなくさっそうと現れた三和が倒したのはごく数分前。出てきたはずのハンバーガー店に戻って、飲み干したはずのシェイクは新しいそれに替わり、イートインで一緒に座っていた。


 三和が『饒舌に喋っているよう』だったが、耳に入るのはメカニカルキーボードの軽快なカタカタ音だった。かしましく音を発しながら文字を打ち込めば、中空に言葉が浮かび上がる。しばらくしたら消える。それが三和の言葉になった。


 三和は言葉がしゃべれなかった。けれどもおしゃべり。


 高町はその類の人種が苦手だった。


「体質、だから」


 高町は下を向いて視線を合わせようとしなかった、いや、合わせられなかった。合わせたら命を吸い取られるような気分だった。目を見ることが怖かった。見透かされているように感じられた。人類皆平等に怖かった。


「たしかにそういうふうに魔物を呼び込んでしまう性質を持つ人がいるらしいっていうのは聞いたことがあるけれどさ、君のは普通じゃないよ。どうしてそんなに好かれているの?」


「そんなつもりないけど」


「まあいいや、襲われていたら私が助けられるし。助けられる機会が多いってことだし。私は少しでも恩返しがしたいのよ。洋祐の親御さんに救われた命だから」


 大災厄。


 突然現実の世界が少しだけ異世界ファンタジーに近づいた出来事。突然人間や動物でもない。ましてや宇宙人でもない存在が現れて人を襲うようになったのだ。当初は宇宙人疑惑もあったけれども、いつの間にか消えた。異形には魔物という言葉が当てられるようになった。魔物は人間を襲う、命を奪う。


 人間は魔物の脅威さらされた。しかし大災厄は同時に人間へ進化をもたらした。超常的な力である。絵空事のような能力を持つ人が現実に現れた。目の前の三和もその一人。言葉を力に変えて魔物を退けられる。原理はよく分からない。でも、とにかく、魔物を倒せる。倒せることが重要。


「俺は、自分で何とかできるから」


 高町の親も特殊能力に目覚めてしまった人だったらしい。そして大災厄の中で死んでいった。その時、助けた命の一人が目の前でキーボードを叩いている。音だけを聞けばマシンガンの連射だった。


「それも分からないのよ。何かしら力に目覚めている感覚はないんでしょ? なのにどうして魔物をやっつけられるの。意味が分からない」


 はじめて出会った時、高町はスタバで学校から出された宿題をこなした帰りだった。小中高校、そのいずれでも一度は宿題か、あるいは科目内の大きな出来事として取り扱われる『大災厄』。そのことをまとめる課題だった。そうすると否応なく両親の姿が映った記事を目にしてしまう。どうやら両親は『目覚めてしまった夫婦第一号』のような位置づけで、メディアが遊びやすかったらしい。いろいろな功績を掻き立てられて持ち上げられて、大災厄の中で死んだ。次の日には別の人が一面を飾っていた。


 帰途の中魔物が現れて、攻撃されていざ反撃しようとした時に三和が割り込んできたのだった。その時に高町が持っていた資料を見られてしまったののが全ての始まりだった。


「ねえ、私達何回も顔を合わせているのだから、もうちょっと砕けた感じにならない? 今も目を合わせてくれないし、ずっと下を向いてばっかり」


 高町にとって言葉を発するのは決して楽なことでなかった。言葉を発することに価値を見いだせなかった。口にした言葉を否定されるような気がして、そもそも表に出したい言葉が見つからなくて。


 だんまりになっていたら、三和はキーボードの一番端っこのキーを何度も叩いた。文字キーではない、打ったところであまり意味を持たないところを何度も。ただただ音を高町にぶつけたいだけのように思われた。


 ため息が三和の口から漏れる。ため息はキーボードで打たないのだと思っていたら、ぼんやり考えている内に連射してきた。


  金魚は青空を食べてふくらみ

  鉢の中で動かなくなる

  鳩だか 鉢のガラスに薄い影を走らせる

  来たのは花びらか 白い雲のかけら


 誰かの詩のようだった。三和の言葉遣いとは異なる調子は、三和の周りに淡い光を生み出した。オイルヒーターのような恐る恐る、おっかなびっくり近づいてくる温かさ。次第に高町の体をゆっくりと包み込むそれは、どうしてだろう、目の奥から何かをこみ上げさせてきた。


「私はね、温かい雰囲気の詩で傷ついた人を癒やして、魔物を壊すの。あなたの親御さんがそうだったように。これは私が救われた分のお返し。少しずつ、君の傷を塞いでいきたいの。私に言ってはくれていないけれど。傷、まだ開いたままなのでしょう?」

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