エピローグ

エピローグ


「読んでくれたか?」

「ああ。読んだよ」


 いつものファミレス。

 カイトの渾身の新作を、ツヨシが読み終えたところだった。


「どうだった?」

「結論から言うと、このままだと書籍にはできない。絶対にな」


「どうしてだよ」

 カイトが不服そうな顔をする。


「まあ落ち着け。とりあえずゆっくり話す。まずは素直に驚いたよ。ツッコミを入れたいとことは山ほどあったが、悔しいことに面白かった」


「そうだろそうだろ」

 一転して得意げな表情のカイト。


「ああ。まさかなんてな。しかもそれがちゃんとエンタメ推理ものになっている。まさか自分たちが経験してきたことを小説として読むとは思わなかった」


「ははは。俺もだ」

「だが!」

「だが⁉」


 一度褒めてから問題点を指摘する。そんなツヨシの上げてから下げる形式のダメ出しに、カイトは何度も泣かされてきた。


「実名をそのまま使うのはどうなんだ? それに、本人たちの許可は取っているのか?」


「名前はあとからいくらでも変えられるから、今回はとりあえずそのままの名前を使わせてもらっただけだ。その方が筆が乗るんだよ。さすがに変えた方がいいのは俺もわかってるって」

 ツヨシが言ってくるであろう内容を想定していたカイトは、淀みなく答えた。


「あと、許可なら取ってある。ちゃんとそのシーンも作中に書いてあるだろ」

「ぐ……。言われてみればたしかに」


 一章では店長に、二章ではスミレとアオイに、三章ではユズリハたちに、小説内に登場させる許可をもらっているシーンがある。


「言いたいことはそのくらいか?」

「そんなわけがないだろう」


 ツヨシはカイトを睨む。

 それ以上とぼけるとどうなるかわかっているのだろうな、と、その眼差しが訴えていた。


「はは…………だよな」


「どうして? この津吉マイってのはいったい誰だ?」


 カイトの幼馴染みであり担当編集でもある舞形まいかた剛史つよしが、クリップでまとめられた原稿をテーブルに置きながら言った。


「それについては、ちょっとした遊び心だ。三章まで書いたところで、物足りなさを感じたから、んだ」


「突然、知らない話が出てきてびっくりした」

「お前が読むとそうなるよな」

 カイトは楽しそうに笑う。


「一般人を勝手に宝泉寺家の専属の探偵にしやがって……。いや、そもそも宝泉寺家なんて存在しないんだが……」


 四章が創作である以上、カイトの私生活が何者かに監視されていたというのも、まったくのでたらめだった。


「空豆先生あたりはむしろ喜びそうだけどな」

「それは否めない」

 ツヨシは苦笑いで応じる。


「ああ、そうだ。伏線としてありがたく使わせてもらったけど、空豆先生が俺のことを知ってたのはどうしてだ?」


「いや。ただ、あの人にはうっかり誰が来るかを漏らしてしまっただけだ。ただの偶然にすぎない」

「まあ、だろうな。あの人と話してると調子が狂うし」


「で、小説の中のツヨシの――と、自分で言うのもなんだか恥ずかしいが、性別を変えたとき、一章から三章に不自然なところはなかったのか?」


「もちろんあったけど、ちゃんと上手く隠したんだよ。特に二章の嫉妬してるシーンとか、上手いだろ。嫉妬の対象をぼかしてある」

 カイトとスミレの仲の良い様子に怒っているツヨシが描写されている場面だ。


「ああ、そのシーンもどうなっているんだ。お前、いつから俺がスミレのことを……その……」

 強気で話していたツヨシが、突然もじもじし出した。


「ずっと前から知ってたよ。今はもう付き合ってんだろ」

「なぜそこまで⁉」


「アオイに聞いた」

「口が軽い!」


「この前の執筆合宿の帰り、何か言いたそうにしてたけど、あれも、実はスミレと少し前から付き合ってるって話だろ」

「くっ……。その通りだ」


 季節が冬に移り変わるころ。ツヨシはスミレと付き合い始めた。

 カイトには報告しておかなければいけない。律義なツヨシはそう思っていたが、照れくさくて後回しにしてしまっていたのだった。


「よかったな。スミレが夏目漱石の逸話を知らないふりしてたってのも、本人からもう聞いてるんだよな」

「そうだな。スミレから聞かされたときは驚いたが……」


「お、ついに名前で呼ぶようになったんだな。なんか、俺も嬉しいよ」

「う、うるさい黙れ!」

 ツヨシは顔を赤くしてカイトを睨みつけた。


「二章に関してはそのくらいか?」

「あとキャラクターの名前を架空のものにするなら、MilKy TiMeというバンド名も変更しないとな」


「そうだな。あれは俺たちの苗字の頭文字から作ったバンド名だもんな。舞形のM、小池のK、橘のT、松本のM」

 二人そろって飲み物を飲んで一息つく。


「というか、お前が告白をされて気絶してたときの描写、全体的に捏造しすぎじゃないか?」

「仕方ないだろ。気絶しててわからないんだから」


「何が『あいつは本当にすごいやつだからな』だ。俺はそんなこと言ってないぞ」

 二章の、ツヨシとアオイが二人でコンビニに行くシーンだ。カイトはその場にいなかったため、想像する他にない。


「まあまあ、いいじゃないか。小説なんだし」

「ただ、気絶していた割にはしっかり書かれているような気もするな。一章は気絶している時間も短いし、問題なく書けるかもしれないが、二章と三章は想像だけで補うのは難しいはずだ」


 二章では、スミレの告白が意図的にされたものではないという推理を、ツヨシが披露するシーン。


 三章ではカイトが部屋から出て来ずに、倉田ユウキにマスターキーを持ってきてもらうシーン。


 どちらもカイトは気絶していて、直接は体験していないはずだ。


「二章はアオイに、三章は宵渕先生に聞いたんだ」

「などほど。……いや、いつの間に宵渕先生と仲良くなっていたんだ」


「SNSだよ。あの人、本当にネットだと人格が変わるのな。面白すぎる」

「ああ。俺も宵渕先生と初めて会ったときは驚いたよ」

「作風もあんな感じだし、完全に女性だと思うよな」


「それはそうと、三章の結末に関しては俺も知らなかったが」

「わざわざお前を部屋の外に出したのに、意味がなくなったな」

「まったくだ。最後まで隠し通せばいいものを」


 本当は、カイトに好意を持っていたのは、倉田ユウキではなく河合ユズリハだった。そのことを隠したくて、カイトはツヨシを部屋から追い出したのだが、その部分も作品にはしっかり描写されているため、ツヨシは事実を知ってしまった。


「河合先生の作品も無事に出版されてまあまあ売れてるし、とりあえずは大丈夫かなって」

「そうだな。その後、河合先生とは何もないのか?」

 ツヨシは心配そうに尋ねる。


「ああ。河合先生ともたまにSNSでやり取りはするけど、それ以上のことは何も。俺の体質も理解してくれてるんだろうし。大丈夫だ」

「そうか。……っと、まあ、大体はそんなところか」


「じゃあ、キャラクターの名前だけ変えればいけそうってことか?」

 カイトは期待の眼差しをツヨシに向ける。


「いや。そこはお前が言ったように、最後に直せば問題はない。この作品には、絶対に直してもらわないと困るところがある。そこを直さない限り、まず企画の会議には通らない。確実にな。いや、そもそも


「そんなところがあるのか」

 普段はあまり憶測でものを言わないツヨシが、強い口調で断定したため、カイトはたじろぐ。


「ああ」

「それは、どのシーンだ?」


「少しは自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ?」

「うーん……。一章でツヨシが格好をつけて推理を披露するシーンか?」

「違う」


「じゃあ、二章で、本当はつよぽんもスミレのことを名前で呼びたいのに、照れくさいから変な理由をつけて拒否するシーンか?」

「それも違う。つよぽんって言うな」


「ああ。わかった。三章で俺が真犯人を突き止めているときに部屋の外にいて、一人だけ本当のことを知らないまま戻ってくるシーンだな」


「わかったもういい。とりあえずお前は黙ってろ」

 わざと言っているとしか思えなかった。


「じゃあ、早く教えてくれよ」

 カイトはくちびるを尖らせる。


「俺が編集長を口汚く罵倒しているシーン、すべてだ。お前、俺の首を飛ばす気か?」


「ああ! 言われてみればそうだな。よし。ツヨシが編集長を崇拝してることにして直しておくか。企画会議にも通りやすそうだ」


 カイトは楽しそうに笑う。

 ツヨシはそんな相棒を見て、ため息をついた。

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鼻血探偵~告白されると鼻血を出して気絶してしまうイケメン人気作家の事件簿~ 蒼山皆水 @aoyama

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