4-10 告白
宝泉寺家を出て、とりあえず一度家に帰ろうと思い、カイトが角を曲がったそのとき――。
「おわっ⁉」
「カイト?」
目の前に現れたのは、スーツを着たツヨシだった。走っていたらしく、あやうく衝突しそうになった。息も切らしている。
「どうした、そんなに急いで」
「お前を探していたんだ。それより、カリンとの結婚の話はどうなったんだ?」
ツヨシはカイトの肩をつかんでゆする。
「断ったよ」
「そうか……」
ホッとした様子。
「でも、どうしてここに?」
「実は……」
ツヨシは竜胆コウヤと会ったことを話した。
「そんなことが」
「ああ。それでお前にそのことを伝えに来たんだが……どうやら心配はなかったようだな」
カイトはツヨシからそれを聞くまでもなく、自分の力でカリンの企みを見破っていた。
「そうだ、ツヨシ。大事な話があるんだ」
カイトは真剣な表情でそう言った。
「次回作の話か?」
ツヨシは息を整えながら尋ねる。
「どうだかな」
不敵に笑うカイト。
「……とりあえず、場所を変えよう」
「わかった。晩飯でも行くか?」
「そうだな」
カイトたちがやって来たのは、少し値の張るレストランだった。
ぽつぽつと雑談を交わしながら、二人はコース料理を楽しむ。
「珍しいな。こんな高いところに行きたいなんて。いつもはファミレスかカフェなのに……」
デザートまで食べ終えたツヨシが呟く。
「まあな。でも
「ああ、そうだな。それで、大事な話ってのはなんだ?」
「マイ」
名前を呼ばれた
「お前にそう呼ばれるのも久しぶりだな。どうしたんだ?」
カイトは、速くなっている心臓の鼓動を感じながら、口を開く。
「ずっと、マイのことが好きだった」
「な……」
あまりに予想外すぎて、ツヨシは言葉が出てこない。
「真面目なところとか、周りをよく見てるところとか、厳しいようでいて実は優しいところとか、そういうところが好きだ。几帳面すぎてちょっと面倒だと思うこともあるけど、そういうところも含めて好きだ。とにかく、マイの全部が好きなんだ」
カイトは一気に言葉を紡ぐ。顔がほんのりと赤くなっていた。
映画みたいなキザな台詞も、カイトの口から聞くと違和感がない。
「やっ、やめろ!」
ツヨシは思わず声が大きくなる。恥ずかしすぎて今にも死にそうだった。
「そういうふうに照れてるところとかも。マイは俺のこと、どう思ってる?」
カイトの真剣な眼差しに、ツヨシはたじろぐ。いきなりの告白は驚いたが、冗談で言っているわけではないことくらいはわかっていた。それに、ツヨシ自身も同じ気持ちだった。嬉しかった。
「それは……私も好きだ! ……あっ⁉」
言ってからツヨシは気づく。まだ、カイトにあの日のことを話していなかった。
このままだと、鼻血を出して気絶してしまうのではないか。
しかし……。
「そっか。じゃあ、両想いだな」
カイトは笑った。
鼻血を出さず、気絶もせず、ツヨシの想いをしっかりと受け止めて。
「カイト、お前……」
どうして気絶しないのか。そう聞こうとしたけれど、今はそんなことはどうでもいい。きっと、あのときツヨシがかけてしまった呪いが解けたのだ。
「そうだ。これ」
カイトはポケットから白いケースを取り出した。
「なんだ、それは」
「よかったら、受け取ってくれないか?」
ケースからネックレスを取り出して、ツヨシの目の前に優しく差し出す。ダイヤが夕焼けを反射して輝いた。
「綺麗だな……」
ツヨシは顔を近づける。吐息がかかり、ダイヤは一瞬だけ曇るが、すぐに輝きを取り戻す。
ダイヤは熱伝導率が高く、曇ってもすぐに元通りになるという性質がある。
カリンがネックレスを偽物にすり替えたことにカイトが気づいたのも、それが理由だった。
「着けてみてもいいか?」
「ああ」
カイトは立ち上がり、テーブルを回り込んで、ツヨシの白くて細い首に手を回す。
距離の近さに、ツヨシの心臓が鼓動を速める。今までだって、カイトを近くで見ることは何度もあったはずだ。それなのに、今は全然違う感覚だった。体が浮いていて、今にもどこかに飛んで行ってしまいそうな。
「似合ってる」
自分が呼吸を止めていることにツヨシが気づいたのは、カイトが一歩下がってそう言ったときだった。
「……そうか」
上手く言葉が出てこない。片想いだと思っていたときは、特に問題なく話せていたのに。
冷静になりつつあるツヨシは、周りの客たちが自分たちをチラチラ見ていることに気がついた。先ほどの会話が聞こえていたのかもしれない。
「そろそろ出ようか」
カイトも同じことを思ったらしく、少し恥ずかしそうに提案する。
春の夜風に吹かれながら、二人は並んで歩く。
「それでさ、さっきの話の続きなんだけど……」
しばらく黙って歩いてから、カイトが切り出した。
話の続き、というのは、告白の続きということで間違いないだろう。
「私とお前は、編集者と作家だ」
ツヨシはカイトをまっすぐに見据える。まだ思うように心が落ち着かなかったが、先ほどまでの狼狽はもう見せない。
「そうだよな」
あくまで二人の関係はビジネスパートナー。そんな意味にとれるツヨシの台詞に、カイトがわかりやすくしおれる。それを見て、ツヨシは表情を和らげた。
「だから、周りに迷惑をかけないよう、節度を守って……ということになるが……」
「え?」
カイトが顔を上げる。
「どうした? 何か問題でもあるか?」
ツヨシが目を反らした。顔が赤くなっている。
「節度を守って、どうするって?」
「なっ⁉ それを最後まで言わせるのか? だいたいお前は――っ⁉」
カイトがツヨシを抱きしめる。
「ありがとう、マイ」
ツヨシは一瞬だけ体をこわばらせたが、すぐに安心したように力を抜く。
そして、彼女も同じように、恋人の背中に腕を回して抱きしめた。
二人はしばらくそうしていた。
「なんか、変な感じだな」
再び歩き出して、ツヨシが呟いた。
「まあ、友達の期間が長かったからな」
カイトもぎこちなく言葉をこぼす。
顔を合わせることができない。
「さて、お前の家に行くぞ!」
気まずい雰囲気を払拭するように、ツヨシが言った。
「は?」
カイトが驚いたように彼女を見る。
「どうした?」
「そういうのは、まだちょっと早いのではないかと……」
カイトは顔を赤くして言葉に詰まる。
彼が言おうとしていることに気づいたのか、ツヨシも一気に顔を赤くした。
「勘違いをするなバカ! 次回作の打ち合わせに決まっているだろう! プロットぐらいはできているんだろうな⁉」
――完――
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