4-9 届かない気持ち


 カイトの私生活を調べていた理由を、カリンは話し出した。


「最初は本当に偶然だった。書店で見かけた小説の作者が、カイトくんの名前と同じで、だからこの前の話はまるっきり嘘ってわけじゃないの。まあ、そのときは本人だなんて思いもしなかったけどね……。そしたら、色々と昔のことを思い出して、今どんなふうに過ごしてるんだろう……って考えてたら、なんか会いたくなっちゃって」


 この言葉も本当かどうかはわからない。カイトは油断せずに聞く。


「じゃあ、俺を騙すようなことまでしたのは?」

 彼女は一年間もの間、念入りに作戦を練って、カイトを手に入れようとした。


 好意を伝えられると鼻血を出して気絶してしまうカイトの体質を知っても、カリンは嘘までついて、カイトとの結婚をくわだてた。


「その質問には答えられない。いいえ。今の答え方は正確ではないかもね。もし答えたとしても、カイトくんは私の言ったことを忘れてしまうから、答えても意味が無い」


 彼女は悲しそうな顔をして言った。今にも壊れてしまいそうな、儚い表情だった。再会してから初めて、カリンの本物の感情を見たような気がした。


「それは、どういう……」

 カイトはその意味を理解するのに数秒かかった。そしてその意味を理解したとき、心にちくりとした痛みを感じた。


 カリンは純粋に、カイトのことが好きだった。しかし、カリンが気持ちを伝えることはできても、それがカイトに、本当の意味で伝わることはない。

 なぜなら、カイトは女性に告白をされると、記憶を失って気絶してしまうから。


「ごめん」

 カイトの体質を知ってもなお、その想いを諦めきれなかったカリンが考えた策。それが、お互いの利害の一致を果たすための結婚の提案だった。

 その裏側に、絶対に報われない本心を隠しながらも、彼女は策を実行に移した。


「カイトくん、まだマイのことが好きなんでしょ?」

 何もかもを見透かしたようなカリンの言葉。


 カイトは一瞬驚いたが、一年間も見られていれば気づくのも当たり前かもしれない。


「ああ。たぶんな」

 そしてなぜだか、その質問には素直に答えることができた。


「じゃあしょうがないね。全部諦める。もうストーカーみたいなこともしたりしない」

 カリンが笑いながら言った。


「わかった」

 その言葉が嘘ではない確証はないが、カイトはカリンを信じることにした。


「カイトくん、色々と迷惑をかけてごめんなさい」

「いや。それはもういい。でも、一つだけ頼みたいことがある」

 ここからが本番だ。カイトは気を引き締めた。


「返してくれないか?」

「何を?」


 カリンはきょとんとした顔で言った。演技が上手い。カイトも、自分の勘違いだったのかもしれないと思ってしまいそうになる。


「ダイヤのネックレスだ」


 カイトがカリンに結婚を申し込まれ、気を失っていたとき、彼女はカイトのネックレスを偽物にすり替えていた。


 今回のカリンの思惑にカイトが気づいたのも、それがきっかけだった。

 最初からカリンがカイトのネックレスを持ち出すつもりだったとしたら……。そう考えて、彼女がカイトの体質をすでに知っていた可能性に思い至った。


 カイトが気絶から目を覚ましたときも、カリンは冷静だったように思える。それは、最初からカイトが気絶することを知っていたからだったのだ。


 ではなぜ、気絶するとわかっていて、カリンは結婚を申し込んだりしたのか。

 それは、カイトが気絶している間に、ネックレスをすり替えるためである。


「それも気づいてたんだ」

「ああ」

 今度はなぜそうしたのか、カイトは尋ねなかった。


 お金のためとは思えない。宝泉寺家は十分な財力がある。きっと、カイトを手に入れたいという欲求の延長線上にあったものなのだろう。


 そして、ネックレスを渡す相手についてカイトが迷っていることを、カリンも察していたのだ。


 大切な人に渡すためのものを、本人から直接渡される以外の方法で手に入れたとしても、そこに意味なんてない。カリンだって、それくらいわかっているはずだ。


 それでも、特別な意味を持つカイトのネックレスを、カリンはきっと、持っていたかったのだろう。


「ごめんね」

 カリンが言った。先ほどの謝罪よりも細くて、今にも壊れてしまいそうな声だった。


 言いたいことは他にもたくさんあるのだろう。その中にはきっと、カイトへの想いも含まれていて――。様々な気持ちが濃縮された一言だった。


 カリンはポケットからネックレスを取り出し、カイトに渡した。

「どんな結果であれ、今日ちゃんと返すつもりだった。だからって、私のしたことが許されるわけではないけど」


 カイトはネックレスを受け取ると、持ってきていたケースに大切にしまう。

 本人の言う通り、それは窃盗であり、許される行為ではないのだが、カイトは問題にするつもりはなかった。本来なら怒るべきだし、裁判沙汰にしてもいいようなことかもしれない。けれど――それを理解したうえで、カイトはカリンのことを許そうと思えた。


 最終的に、こうして手元に戻ってきたのだ。

 それに、彼女には大切なものをもらった。


「やっぱり、カイトくんからちゃんと渡されたかったなぁ……」

 宝泉寺カリンにとって、欲しいものを手に入れられなかった経験は、初めてのことなのかもしれない。


「俺、今から行ってくるよ」

 カリンとの会話を経て、カイトの迷いは吹っ切れた。


 このネックレスを渡す大切な相手は、もう決まっていた。


「応援してる」

「ああ。ありがとう」


 手段こそ強引ではあったが、目的を果たすために一直線なカリンの行動力に、カイトは勇気をもらった。

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