4-8 宝泉寺家


   ◆ ◆ ◆


 マイは決意した。

 ――カイトに、すべてを打ち明けよう。


 あの日、かけてしまった呪いのことを。

 そして、自分の嘘偽りのない気持ちを。


『ほかのおんなのこがカイトくんのことをすきになるのもぜったいにダメ』

 もう、あの日のことはすべて忘れてしまっても大丈夫だと、カイトは誰にでも好かれていいのだと、マイは伝えなければならない。


 ためらう理由を並べている場合ではなかった。

 すべてが手遅れになってしまうかもしれないのだ。


 その上でマイは、あの日からずっと大事にしまってきた想いを、カイトに伝えたい。そう思った。


 カイトがあの日のことを思い出したとしても、体質は改善されないかもしれない。その場合、告白をしても、結局カイトは鼻血を出して気絶してしまう。


 それでも、少しでも可能性があるのなら――。


   ◇ ◇ ◇


 カイトは、宝泉寺家の前に立っていた。

 その全てを視界に収めることができないほどの豪邸を見て、改めて宝泉寺家の財力を思い知る。


 インターホンを鳴らすと、三秒も経たないうちに黒い服の男が出てきた。

「橘カイト様ですね。お待ちしておりました。どうぞ」

 男は隙のない所作で、カイトを扉の中へと促した。


「失礼します」

 その内側も、外から見た印象どおり、堂々たるものだった。天井は通常の建物の二階分の高さがあり、床には高級そうなカーペットが敷かれている。まさに〝屋敷〟と呼ぶのにふさわしい建物だった。


 黒服の男に従い、カイトは煌びやかな廊下をしばらく歩いた。美術館に飾られていそうな、大きな絵画が壁に掛けられている。


「こちらの部屋でお待ちください」

 黒服がドアを開けて言った。


「わかりました」

 部屋の中に設置されていたソファに、カイトは腰かけた。座り心地は当然のように最高で、体を包み込むかのように柔らかい。


 部屋は物音一つなく、自分の心臓の音だけが聞こえる。

 緊張していないと言えば嘘になる。それでも、これは乗り越えなければいけない試練だ。自分の想いに正直になって、気持ちを伝えなければならない。


「お待たせ」

 一分も経たないうちにカリンは現れた。黄色のブラウスと紺色のロングスカートに身を包んでいる。メイクもそれに合わせているようで、以前会ったときよりも大人っぽく感じた。


 上品だが地味すぎない装いは、彼女の醸し出す雰囲気にこの上なくマッチしている。


「それじゃあ早速、答えを聞かせてもらえる?」

 自信に満ちた笑みを浮かべてカイトの正面に座ると、カリンは尋ねた。


「ああ」

 カイトは一呼吸置いて。


「申し訳ないけど、結婚の話はなしだ」

 そう告げた。


 一瞬、時が止まったみたいだった。

「え?」


 断られることなどないと思っていたらしい。予想外のカイトの言葉に、カリンは目を見開く。


「それに、恋人のフリなんてのも、しなくて大丈夫だよな」

「なるほど……。全部、お見通しってわけね」

「ああ」


 二人の間に沈黙が訪れる。たった数秒が長く感じられるような重苦しさ。

 その沈黙を破ったのはカリンだった。


「バレないように上手くやったつもりだったんだけど、どこがダメだのかな……」

 嘘が露呈したことに焦ることなく、カリンは呟くように言った。


「俺が最近ずっと見られてたのも、宝泉寺家で雇った探偵か何かか?」

 カリンの質問には答えず、カイトが問い詰める。


「そう。雇ったっていうより、うちの専属の探偵だけどね。この一年間、カイトくんのことを観察させてもらったの」

 専属の探偵、というワードが出てきたことにも驚いたが、宝泉寺家なら納得だ。


「やっぱりな。じゃあ、あのファミレスの茅野チヒロって従業員がそうか?」

 去年の夏、ファミレスでカイトが告白された事件。ツヨシが監視カメラを見ればいいのでは、と提案したとき、茅野はそれを拒否する素振りを見せた。


 あのときは、彼女が店長と隠れて交際している証拠が出てきてしまうからだと思ったが、よく来店するカイトの映像を、彼女がこっそり持ち出していた可能性も考えられる。


「へぇ。よくわかったね。もちろん偽名だけど」

「あまり自信はなかったけどね。ということは、あのコンビニのおばちゃんも?」


 カイトがよく行くコンビニで働いていて、いつの間にか仲良くなっていた女性だ。個人の買い物には、どんな生活をしているかという情報が多く含まれる。ほとんどあのコンビニでしか買い物をしないカイトならなおさらだ。


 カイトが来店すると、いつもレジに入るのは、きっと情報を収集するためなのだろう。


「あら。自信がないなんて言いながらどんどん当ててくじゃない。さすがカイトくん。じゃあ、あの執筆合宿のときも気づいてるの?」


「まあな。空豆先生だろ」

 あのとき一緒になった作家は、全員が初対面だったはずだ。ユズリハと宵渕には自己紹介をしたのに対し、空豆だけはカイトのことを初めから知っていた様子だった。


 おそらく空豆は、カイトの容姿も、カイトが合宿に参加することも事前にわかっていたのだ。


「すごい。パーフェクト! もちろん、他にも色々と監視させてもらったけどね」

 法的にかなり危ない橋を渡っていそうだ。聞くのも怖いからやめておいた。


「でも、どうしてそんなことを」

 最後に会ったときから、二十年も時間が過ぎた今年になって、なぜカリンはそんなことをしたのだろう……。

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