外伝14話 釣り接待

「舟釣り? 僕はパス。だって、船酔いするもの」


「それは残念だな」


「というかさ、大殿と謙信殿も来るんでしょう? 堅苦しいから嫌だし、そういうのは兄貴の仕事だよね」


「しゃあないな。釣りは好きだし」


「下手の横好きだよね?」


「今度こそは、俺の爆釣ぶりが披露されるのさ!」


 ゴルフに続き、光輝は信長と謙信を接待で釣りに連れていく事になった。

 信長と公式に会わないのは謙信の我儘であったが、非公式では信長と会っておいた方がいいという政治的判断はできるので、抜け目はない。


 なにより、先日のゴルフが楽しかったそうだ。

 今回も『津田殿の仲介ならば……』という事で、謙信は了承している。


 別に断ってくれてもいいと光輝は思ったが、信長と共にお殿様気質の謙信との間で、元は零細企業の社長でしかない彼は、その小市民体質により釣り接待の準備に奔走する事となる。

 なぜなら、仲介をしないと何やら大変なことになってしまうような気がしてしまうからだ。

 所詮光輝は、生まれながらの小市民であった。


「船釣りでいいよな」


 あまり陸から離れて船が沈んでも困るので、釣り場は石山城が視界に入る近海で、いわゆる五目釣りを行う事にした。

 竿や仕掛けは色々と準備してあるので、状況に応じてそれを変えればいいというわけだ。


 光輝が中型の船を出し、そこに織田家、津田家、上杉家の家臣、警備兵が乗り込む。

 信長には森成利が、謙信には今回も樋口兼続が御付きとして傍にいた。

 光輝は、たまたま鉱山関連の仕事で報告にきた、鎮目惟明を誘って御付きとしている。

 惟明は津田領の鉱山政策を取り仕切る若手内政官のホープであり、光輝と同じく釣りが趣味なので彼のお気に入りであった。


「対象魚は、スズキ、黒鯛、カサゴ、メバル、アジ、サバ、アナゴ、アイナメ、太刀魚とかですか。実際に竿を降ろしてみないとわかりませんけど。つまり、五目釣りですね」


 地元の漁師が案内役でよく釣れるポイントに案内してくれたので、一匹も釣れないという事はないはずだ。


「こういう場合、ミツが釣れない可能性があるかもな」


「いやいや、さすがに一匹くらいは釣れますよ」


「今日は普段の忙しさを忘れ、釣りを楽しもうではないか」


 信長と謙信は、今日もオリジナルのウェアとライフジャケットを着ている。

 やはり謙信は黒地に毘沙門天、信長は金地に天下布武と、二人ともとても気に入ったようで趣味の道具にはすべてその装飾を施していた。


『最近、絵を描いていないな……』


『そうですか? 描いているじゃないですか』


『いや、普通に紙や屏風に描いていない』


『師匠には、そんな暇ないですけどね』 


 勿論装飾は長谷川久蔵の担当で、彼は最近二人の仕事ばかり受けて本業の絵が碌に描けず嘆いていた。

 ようやく時間が空いたと思ったら、他の大名や商人たちからも依頼が殺到するようになったので、今の彼は絵師というよりも装飾師と呼んだ方がいいかもしれない。


 皮肉な事に、その分野では既に父親の長谷川等伯よりも有名になっていた。 

 今では江戸に工房を開き、多くの弟子も受け入れている。


「殿……」


「うん、みんな感じているかもね」


 今日初めて信長と謙信に会った惟明は、二人の出で立ちに度肝を抜かれたようだ。

 趣味が悪いという言葉よりも、とにかく独特で圧倒されてしまったというのが正しいのかもしれない。


「では、始めましょうか」


「そうよな。我が沢山釣れるであろうがな」


「今日は釣れそうな予感がしますな」


 共に天才肌で負けず嫌いの二人は、すぐに針に餌をつけ……なかった。


「お蘭!」


「与六!」


「「ははっ!」」

 

 偉い人は釣りをする時に、自分で針に餌をつける必要もなかった。

 信長は成利に、謙信は兼続に餌をつけさせる。

 御付きの二人は、素早く針に餌をつけた。


 ここでモタモタしているような奴は、二人の御付きなど務まらない。

 昨日の内に光輝の元に打ち合わせだと称して姿を見せ、簡単な仕掛けの結び方から、餌の付け方のコツまでを習って習得していた。

 殿様のお気に入りになるには色々と大変なのだと、光輝は思ったものだ。


「俺は全部自分でやるから、惟明は普通に釣れよ」


「よろしいのですか?」


「だって、餌つけも魚外しも釣りの内、趣味だもの」


「納得いたしました」


 四人は一斉に仕掛けを垂らした。

 タナを取ってから周囲を見渡すといまだ環境汚染とは無縁な綺麗な海が広がっており、石山城もとても綺麗に見えた。


「平和なひと時だなぁ……おっと! きたぞ!」


 ファーストヒットは、釣りは下手の横好きとよく言われる光輝であった。

 魚がかかったのを確認すると、一気にリールを巻き上げる。


「職人達の腕前も上がったようだな」


 今光輝や信長達が使っている釣り道具は、光輝が未来から持参したものを参考に、この時代の職人が手に入る材料を使って製造した逸品であった。

 科学由来の材料ではないので手入れは面倒だが、未来の釣り道具とそう使い勝手も違わない出来となっている。


 これら釣りや漁に使う道具の製造では、津田領産のものが日の本で一番と言われていた。

 光輝が職人を招聘し、時間をかけて育成した成果が出ていたのだ。


『兄貴、完全に趣味だよね?』


『技術が上がれば、他にも売れるし……』


 清輝の白い眼をかわしながら、江戸に職人達を招聘した甲斐があったというわけだ。


「結構大きいな」


「大殿、タモを準備しましたぞ」


 かかっていたのは、六十センチ近いスズキであった。

 趣味が同じく釣りで腕前もいい惟明が、海面にまで寄せたスズキを素早くタモに入れて回収してくれる。


「ミツ、大きいな。それに美味そうだ」


「早速調理させます」


 今回の釣りの売りの一つに、釣れた魚を船上で調理して出すというものもあった。

 津田家と織田家が料理人と調理道具を乗せており、彼らは光輝が釣ったスズキを素早く締めてから捌き、色々な調理をしていく。


「スズキの身の刺身と、湯通しをした皮の洗いです」


 料理人が早速一品目を持ってきてくれた。


「うん、美味いな」


 まずは光輝が試食するが、この時代の綺麗な海に住むスズキは臭くなくて美味しかった。

 海が汚染されていないからであろう。


「ミツ、これは贅沢な食べ方だな」


「新鮮でないとこうはいかぬか。この日のために食事を減らしておいてよかった」


 信長と謙信も、スズキの洗いを美味しそうに食べている。

 特に謙信は、船上で色々と食べたいがために一週間も前から余計に節制を重ねて備えていた。

 釣れたての魚料理を、心から楽しみにしていた証拠だ。

 酒は飲まないが、時おりお茶を飲みながら魚料理を堪能している。


「スズキの塩焼き、潮汁、フライです」


「ミツ、新鮮だと美味いな」


 光輝、信長、謙信は少量だけ料理を堪能してから、それらはすべて下げさせた。

 他にもっと色々な魚が釣れて調理される予定なので、お腹を一杯にしなかったのだ。

 余った魚と料理は、成利、兼続、惟明などが食べて、最後に他の家臣達が残りを食べる事になっていた。


 船には沢山の人間が乗っているので、彼らに魚料理を食べさせるには沢山釣らないといけない。


「大殿、謙信殿、一杯釣らないといけませんね」


「責任重大よな」


「確かに」


 信長と謙信は気合を入れた。


「惟明も沢山釣れよ」


「久々に腕が鳴りますな」


「お蘭、お前もだぞ」


「与六、釣りも戦も同じよ。お前も沢山釣れよ」


「ははっ」


 光輝達は、御付きの三人にも沢山釣るように命じた。

 六人は釣りに集中するが、地元の漁師推薦のポイントだけあって次々と魚が釣れていく。


「釣れたぞ!」


「釣れた!」


「これは大物だ!」


「いい漁場ですな。入れ食いではないですか」


 五目釣りだけあって、スズキ、黒鯛、カサゴ、アジ、サバ、メバル、アナゴと色々な魚が釣れる。

 釣れた魚はすぐに調理され、まずは信長達に出された。


「刺身の盛り合わせ、カサゴの唐揚げ、メバルの煮付け、アナゴの天ぷらです」


「おおっ! ご馳走だな」


「いい味だ」


 信長も謙信も、釣りたての魚を使った料理を堪能した。

 あまり量は食べないのですぐに下げられるが、それを成利達や他の家臣達は競うように食べていく。


「こういう仕事ならば大歓迎ですな」


「いや、本当に」


 美味しい魚料理が食べられるので、みんな大喜びであった。


「お殿様、船を少し動かしてくだせぇ。ちょうど群れが回遊して来ましたぜ」


「そうか! 大殿、謙信殿、ここからが本番ですよ」


 地元の漁師がサバの群れの回遊を見つけ、それを知った光輝が船長に船の移動を命じる。

 すると海面下に大量の魚の群れが見えた。


「それっ!」


 惟明が寄せ餌を撒いて魚種を確認すると、それはサバの群れであった。

 仕掛けを下ろすとすぐに食いつき、それから暫く入れ食いの時間が続く。


「料理長、あれを作ってくれ」


「かしこまりました」


「大殿、謙信殿、お土産が欲しければ沢山釣ってくださいね」


「それはいいが。ミツ、サバはすぐに悪くなるのではないのか?」


「それを考慮した料理ですから大丈夫ですよ」


 光輝に大丈夫だと言われたので、信長達は次々とサバを釣った。

 釣れたサバはすぐに料理人に渡され、次々と捌かれて調理されていく。

 サバの群れの回遊は暫く続き、六人は大量のサバを釣って満足した。


 もうそろそろいいであろうと、船は石山の港へと戻っていく。

 その間にも、大量のサバは料理人達が丁寧に調理を続けていた。


「ミツ、何ができるのだ?」


「それは港についてからのお楽しみですよ」


 船が港に到着するとのとほぼ同時に、料理人達がお土産用の焼きさば寿司を完成させていた。

 光輝は試食用として包丁で切ると、信長と謙信に差し出す。


「しめ鯖を使ったバッテラも作らせているのですが、こちらは時間がかかるので明日届けさせます」


「ほほう、こういう寿司もあるのか……」


 謙信は、定期的に江戸に顔を出している。

 領地でも使えそうな開発のネタを光輝からその有り余る金銀で買い叩くためと、自分の健康診断のため、そして江戸に買い物や観光にも来るようになっていた。

 寿司は食べすぎなければ今日子も制限を出さなかったので、彼の大好物となっていた。

 

「火を通したネタを載せた寿司か。ばってらは、新子を酢締めしたのに似ているのであろう?」


「そうですね。酢を強めにしているので、これは日持ちするのですよ」


 他にも、塩漬けしておいた柿の葉を使い、鯵、スズキ、アナゴなどを使って柿の葉寿司なども作っている。

 これも、明日にお土産として渡す予定であった。


「この焼きさば寿司は美味いな。今度、うちの料理人にも作らせよう」


 信長も謙信も、焼きさば寿司の味に大満足であった。

 翌日には、完成したバッテラと柿の葉寿司を追加でお土産でもらい、謙信は光輝にお礼を述べている。


「我らの分まですいません」


「ありがとうございます」


 成利と兼続も光輝からお土産をもらい、主君の釣り接待について行って心からよかったと心から思い、光輝にお礼を述べた。


「さて、今日はお休みであるし、これを食べて屋敷で寛ぐとするか」


 焼きさば寿司とバッテラをもらった成利が、これを食べながら休日をすごそうとすると、屋敷には既に客人の姿があった。

 その人物とは、成利の兄である長可であった。


「蘭丸、聞いたぞ。津田殿が、大殿や謙信を連れて釣りに行ったらしいな」


「はあ……まあ……」


 一応非公式の接待となってはいたが、同行する家臣や警備兵の数から完全に秘密にできるはずがない。

 それはわかっていたが、自分の兄の情報収集能力の早さに成利は驚くばかりであった。


「俺も連れて行ってほしかったな。その代わりに、お土産を一緒に食おうと思ってな」


「(そこまで掴んでいたのか……)」


 釣りはサバが沢山釣れたので、焼き寿司とバッテラを船に乗った全員に配れるほどであった。

 それでも合計で百名ほどしかいないので、お土産の件を知っている人も少ないはず。

 ところが、この情報まで自分の兄は掴んでいる。

 成利は、長可の抜け目のなさに驚くばかりであった。


「俺も酒を持ってきたから、一緒に飲もうぜ」


 成利は、長可と共に焼きさば寿司とバッテラ、柿の葉寿司をツマミに酒を飲むが、彼は基本的に長可よりも小食である。

 分けて食べようと思っていた寿司が一度にすべて食べられてしまい、自分の兄とはいえ少し恨みに思ってしまうのであった。


「食べ物の恨みは恐ろしいですか……自分で作ろうかな?」


 その後、成利の特技に焼きさば寿司とバッテラ作りが加わる事になるのだが、そのせいで定期的に長可が酒を持って屋敷に姿を見せるようになってしまうのは、さすがの成利でも想像できなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。 Y.A @waiei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ