外伝13話 こたつ

「あーーーっ、コタツは温かいなぁ」


「最高だね、もう出たくないよ」





 石山にある津田屋敷において、光輝と今日子はコタツに入りながら温まっていた。

 津田家の技術力と生産力があれば暖房器具など簡単に製造できるため、屋敷には多くの暖房器具が置いてあったが、やはり二人のお気に入りはコタツであった。

 コタツは、常に温度と湿度が一定に保たれているはずのカナガワの私室にも置かれ、光輝達は休憩時間にコタツに入りながらお茶を飲み、ミカンを食べていた。


 日本人が宇宙に出るようになっても、コタツは決して廃れる事はなかったのだ。


「面倒な書類仕事も、コタツに入りながらなら許せるってものだ」


「そうだねぇ」


 光輝は表面上隠居していたが、いまだ津田家の実権を完全には手放していない。

 石山に決済が必要な書類が定期的に届くため、それを処理する必要があった。


 面倒な仕事だが、できる息子信輝のように執務室で決済する必要がない。

 今日子と二人、コタツに入りながら書類を読み、名前をサインしてから決済印を押していた。

 

「サインは万年筆で十分だな」


「筆と墨汁だと、コタツ布団に零れて汚れる危険があったからね」


 光輝と今日子は、筆と墨ではコタツの上で扱い難いからと、半ば強引に万年筆と判子を採用していた。

 これもすべてコタツのためである。

 筆と墨は扱いが面倒だからと強引に導入し、そのおかげで津田家の書類仕事は大幅に効率化したという結果ももたらしていたが。


「今日の分は終わった」


「それじゃあ、お茶を出すね」


 今日は真冬、小氷河期にあるこの時代の日本は寒い。

 二人は用事がなければ、コタツに入って暖を取っていた。

 動くのは、暖かくなってからで十分だと思っていたからだ。


「みっちゃん、今日のお茶請けはミカンだよ。煎餅もあるけど」


「いいねぇ。コタツにミカンと煎餅、黄金の組み合わせだな」


 今日子が淹れたお茶を飲みながら、光輝は津田領で生産量が増えている種無しミカンを食べる。

 最初は種無しなんて縁起が悪いと評判がよくなかった種無しミカンであったが、食べやすいので若い人は気にせずに買うようになった。

 歯が悪い年寄りも、間違って種を噛む危険がない種無しミカンを好む人が増えていた。

 種がない分、食べる部分が多くて得なので人気になったという理由もあったが。


 他にも、ブドウ、スイカ、枇杷など。

 種無し果物の需要は急速に拡大している。


 そして苗木を生産でき、栽培マニュアルを独占する津田家に莫大な富をもたらしていた。


「あなた、もうよろしいのですか?」


「もう終わったから寛いでいるのさ」


「そうですか。クッキーを焼いていましたので試食をどうぞ」


「私もお市様を手伝っていました。ミカンも美味しそうですね」


 夫婦のルールとして、お市と葉子は重要な書類の決裁に関わらないというものがあった。

 そのためお市と葉子は、趣味となっているお菓子作りをしており、それが完成したのでそれを持参しつつコタツに入ってきたのだ。


「はぁーーー、調理場も火を使うので温かいですけど、コタツは別格ですね」


「コタツだけでも最高なのに、温かいお茶とミカンとお菓子、最高です」


 お市と葉子もコタツに入ってまったりとした時間をすごし、葉子は早速ミカンそ剥いて食べ始める。


「サクサクした食感と……これは抹茶味か。これは美味しいな」


「紅茶味のも美味しいね」


「今日子さんに教わったとおり、お砂糖は使っていませんよ」


 糖質の摂りすぎはよくないと、お市と葉子は、羅漢果、オカラ、卵、ナッツなどを使ってクッキーを作った。

 津田家に嫁いで二十年以上、お市と葉子の料理の腕前はかなり上達しており、光輝と今日子は二人が焼いたクッキーも楽しんだ。


「明日は、お砂糖を使わないプリンを作る予定です」


「プリンはいいねぇ。それで葉子、どこまで追いかけるんだ?」


「旦那様、ミカンの白い筋って味がないじゃないですか。だからつい意地になって取ってしまうんですよ」


 葉子は、ミカンの白い筋をこれでもかと取り続けている。

 光輝、今日子、お市は白い筋を取らないでそのまま食べてしまうので、葉子の行動が不思議に見えてしまうのだ。


「ミカンの白い筋は、食べると便通にいいんだぞ」


「そうだったのですか! じゃあ、そのまま食べます」


 四人でワイワイ話しながらコタツで温まっていると、そこに屋敷番の家臣が飛び込んできた。


「殿!」


「何だ? 何か緊急事態か?」


「それが……「ミツ、今日も寒いな!」」


 報告に来た家臣を押しのけるように信長が姿を見せ、勝手知ったる他人の家とばかり、そのままコタツに入り込んできた。

 

「冬は『こたつ』に限るな。おい、お蘭」


「はっ」


 このところ、信長は津田屋敷にあるコタツが大のお気に入りであった。

 光輝が導入したコタツは大人数用でゆったりできるため、このところ二~三日に一回は津田屋敷を訪ねるようになった。

 冬以外も、何か食べさせてもらうためにほぼ同じ頻度で津田屋敷を訪ねていたが、それは言わぬが華というやつだ。


「大殿、またここで書状の決済ですか?」


「ここでやるのが一番効率がいいからな」


「機密保持とかあるでしょうに……」


 コタツに入った信長の前に森成利が処理する順番に書状を置くと、彼は筆ペンで署名をして花押の判子を押した。

 津田家の影響と、信長は効率を重視する人物である。

 筆ペンの導入と判子の採用は、自然な流れであった。

 万年筆ではないのは、筆で書いた書状や署名を重視する古い人間に配慮したからである。

 さすがの信長も、未来人である光輝と今日子ほど割り切れなかったというわけだ。


「この『筆ぺん』は、わざわざ墨をつけないでいいのが便利だな。蓋をすればそのまま机の上に置いても墨で汚れないのもいい」


 筆ペンも津田家が製造したものであり、織田家に大量に献上されていた。

 最近では、その便利さに商人などから多くの引き合いがあり、津田家は筆ぺんの販売でもしっかりと儲けている。


「これで終わりだな」


 信長は署名と花押押しが終わると、もう仕事は終わったとばかりにお市が淹れたお茶をのみつつ、ミカンの皮を剝き始めた。


「やはり、種がない方が食べやすいな。お市の焼いた『くっきー』も美味い。それで、明日は何を作るのだ?」


「兄様、ぷりんです」


「そうか、明日も来るとしよう。それで、昼飯はどうするのだ?」


「鍋焼きうどんでも作ろうかと……」


「我の分は、卵は半熟で頼むぞ。ミツ、花札でもして遊ぼうではないか」


「はあ……」


 光輝もまさか嫌とも言えず、その日はみんなでコタツに入りながら花札をして遊び、お昼には今日子が作った鍋焼きうどんを食べると、信長は午後からは予定があるとかで津田屋敷を後にした。


「毎日毎日、津田殿の屋敷に入り浸って『こたつ』とやらに入り、ご馳走になり。津田殿は嫌とは言わないでしょうが、あまり褒められた話ではありません」


 そんな日々が続いた後、さすがに濃姫が信長に苦言を呈した。

 毎日毎日押しかけては、光輝と今日子も迷惑であろうと。


「しかしだな、お濃よ。あのこたつというものは本当に温かいのだぞ。できれば出たくないのだが、そこは天下人たる我、ちゃんと次の予定を守るべく、断腸の思いでこたつから出ているぞ」


「はあ……」


 そんな事、当たり前じゃないかと濃姫は思ってしまった。


「とにかく、大殿が特定の家臣の屋敷にばかり出入りするのも、それはそれで問題なのです。行くなとは言いませんが、もうもう少し頻度を落としていただかないと」


「お濃! まだこれから寒い季節は続くのに、我からこたつを取り上げるのか?」


「そこまで言っていません!」


「同じ事ではないか!」


「知りません!」


 二人の話し合いは並行線に終わり、困った濃姫は今日子に相談する事にした。


「家臣の屋敷で書状を決済するのはよくないですよね」


「本当、大殿にも困ったものです」


 今日子は、あの信長にそこまで言えてしまう濃姫を凄いと感じた。

 『美濃のマムシ』と呼ばれた彼女の父斎藤道三の事はよく知らないが、きっと凄い人だったんだろうなと思ったのだ。


「せめて、書状の決済は石山城内で行ってほしいのです」


「兄様はこたつが目的なので、執務を行う部屋にこたつを作るのはどうでしょう?」


 濃姫にお茶を出したお市が、自分なりの解決策を述べた。

 信長がこたつを持てば、津田屋敷を訪ねる頻度が減るのではないかと。


「こたつが目的だから、そのこたつを石山城内に作ってしまえばいいというわけですか。今日子、頼まれてくれますか?」


「うーーーん、それは構わないのですが……」


「何か気になる事でもあるのですか?」


「それはそれで、別の問題が発生するような……」


「そうかもしれませんが、今よりはマシでしょうから頼みます」


「わかりました」


 今日子は、濃姫の頼みを聞いて石山城内にこたつを作らせた。


「おおっ! さすがは我が妻よ!」


 信長は石山城内にもこたつが設置されて大喜びし、それを今日子に頼んだ濃姫に心から感謝した。

 我妻は、何と気が利くのかと。


「やはり、こたつはいいものよ」


 早速自分のこたつに入って温まる信長であったが、彼は徐々にこたつの魔力に侵されていく。

 




「ふぁーーーあ、もう朝か」


 信長は起床したが、それはこたつの中でであった。

 昔に比べれば温かい布団で寝ているはずなのだが、やはりこたつには勝てない。

 信長は『こたつの中で寝れば温かいはず』という堕落した考えに気がつき、毎日こたつの中で寝るようになった。


「あーーーっ、今日も寒い」


 起床した信長は、こたつの中で器用に着替えをする。

 御付きの侍女が手伝いますと言ったが、『お前が手伝うとこたつから出なければいけないから、お前は脱いだ服を持ち帰ればいい』と、駄目人間そのものな発言をしてしまう。


 それでも、日課である朝の鍛錬をサボらないだけマシであろう。

 早駆け、武芸の鍛錬をこなした信長は、湯に浸した手ぬぐいで体を拭いてから着替えると、再びこたつに入った。


「今日の漬物はちょうどいい塩加減だな」


 朝食もこたつに入りながらとった。

 それが終わると大量にある書状の決済であったが、これもこたつに入ったままだ。


「お蘭、お前もこたつに入れ」


「そうしますと、もしもの時に対応できませんので」


 なお、優しい信長は後ろに控える森成利にもこたつ入るように勧めたが、それをすると信長護衛の任をまっとうできないので、実はかえって迷惑だったりした。


「みかんは種無しに限るな」


「種無しは不吉という者もいますが……」


「我に何人の子がいると思っているのだ。そんなものは迷信だ」


 朝のおやつの時間、信長は津田家献上の種無しみかんを堪能する。

 勿論、こたつに入りながらだ。

 お昼を挟んで、午後もひたすら書状の整理を続ける。

 それが終われば、筆マメな信長は色々と手紙を書き始めた。


「こたつ布団が汚れては困るからな」


 当然、手紙を書くのに使うのは津田家謹製の筆ペンを用いてだ。


「ふぅ……寒い季節はやはり甘酒だな」


 おやつの時間、信長はやはり津田家献上の甘酒を飲む。

 あまりお酒が飲めない信長であったが、甘酒はとても気に入っていた。

 

「大殿、丹羽様がおいでです」


「おう、五郎左か。よう来た!」


 たまに来客もあるが、今日は隠居して信長の相談役になっている丹羽長秀であった。

 彼にもこたつを勧め、彼にも甘酒を勧めながら話をする。


「このこたつというものは、とても温かいですな」


「であろう?」


 こたつで温まりながら、二人で話をして時間を潰す。


「大殿、今日は石山の町で視察があると聞きましたが……」


「それほど重要でもないので、信忠に任せた。五郎左、今夜の夕飯は寄せ鍋だ。食って帰れ」


「それはありがたい。ご馳走になります」


 夕食も、長秀とこたつに入りながら寄せ鍋を楽しんだ。


「ええい! 寒いが仕方がない!」


 毎日ちゃんと風呂に入るのも、信長の習慣となっていた。

 湯上がりは寒いので、カラスの行水にして急ぎ着替えてからこたつに潜り込む。


「温かい。あとは、寝るだけだな」


 当然、今夜もこたつの中で寝る信長であった。


「大殿、明日は和泉で視察がありますれば」


「この季節にか? 春にしようではないか。向こうも我を待てば寒くなろう」


 こんなに寒い中、和泉の者達を待たせるのは可哀想だと、信長は彼らを気遣った。

 それ以上に、自分が寒い中外に出たくないと思ったのは秘密であったが。


「畏まりました。予定は春に……「伸ばすな!」」


 ここで、遂に濃姫がぶち切れた。

 毎日、日が経つほどにこたつに入る時間が増えていく信長に対し、なんてだらしないと本気で激怒してしまったのだ。


「お濃、何を怒っておる?」


「こたつ入るなとは言いませんが、時間が長すぎです!」


「そうか? 前にミツが言っておったぞ。熊は冬は冬眠をするそうだ。その間、熊は何もしていないわけだが、我はちゃんと日々の実務をこなしておる。問題あるまい」


 こたつには籠っているが、ちゃんと実務はこなしているので問題ない。

 冬眠中の熊とは違うのだと、信長は濃姫に説明したが、彼女には通用しなかった。


「問題がないわけないじゃないですか! 寝る時や政務中にこたつに入るな!」


 このままならこたつを撤去すると濃姫から脅され、信長は渋々彼女の要求を受け入れた。

 

「とはいえ、政務中の評定の間は寒い。ミツ、何か温かくなるものを出せ」


「はあ……」


 信長に命令された光輝は、今度は小型の高性能薪ストーブを導入した。

 これは、今日子が江戸の職人に命じて作らせた特注品である。

 

「これはいいな。ただ暖まるだけではなく、調理までできてしまう」


 信長は小姓に小型ストーブの管理を任せつつ、その火力でお茶を淹れるお湯を沸かしたり、芋を焼いたり、同じく光輝が献上したダッチオーブンで肉や魚を焼いて政務の間に食べ始めた。


「小腹が空いた時には最適だな」


「大殿、食べすぎは駄目だと今日子に言われたばかりではないですか!」


「この温かさが我を堕落させるのだ」


「なら、元に戻します!」


「それはあんまりではないか! お濃よ!」


 結局濃姫は小型薪ストーブも撤去してしまい、信長は寒いままで政務を執り行なう羽目になってしまうのであった。 

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