ラストナンバーからはじまる ②


 グラウンドから、歓声が聞こえる。後輩たちの演奏が、屋上にまで届いてる。

 私は部活棟の屋上から、メインステージを眺めていた。ここならグラウンドに近いし、みんなの表情までわかる。屋上という場所が意外と盲点なのか、他に人の姿はなかった。

 一年生の演奏はぎこちないけど、それでも観客は盛り上がっていて、私までホッとしてしまう。みんな、この日のために頑張っていたから。

 ワカナは落ち着いたかな。動画を撮っておいてねって、あの子に頼まれてたけれど……いま私が顔を見せたら、動揺しちゃうに決まってる。

 ヨウヘイはどうしてるだろう。私が来ないこと、不思議に思ってるかな。演奏前はステージに集中したい人だし、何にも気付いていないかもしれないな。

 ああ、悔しい。最後の最後の最後まで、ガンマダッシュを支えたかった。

 涙をこらえながら、二年生のステージをチェックする。シンゴの声はよく通る。あの子は譜面も読めないのに、歌は本当に上手なんだ。

 しばらくステージを眺めていると、背後から、ぎい、と音がした。屋上に入る扉が開く音だ。


「アスノ、みっけ……スマホ、電源、切るなよなぁ……」


 振り返ると、自分の膝に両手をついてグッタリしているヨウヘイがいた。走って来たのか息も切れ切れで、制服のシャツが張り付くくらい、すっかり汗だくになってしまっている。


「ちょっ、何してんのバカ! もうすぐ出番なのにっ!」

「ワカナに話を聞いて、学校中を探し回ってた……実は俺のこと、待ってただろ?」

「待ってない!!」

「ひっでえ……まぁ、アスノだもんな。俺も時間ないから、一言だけ言いに来た」


 ヨウヘイは立ち上がると、一直線にこちらへやって来て、ぎゅっと私を抱きしめた。


「ガンマダッシュの三人目、ちゃんとステージに来なさい。待ってるから」


 痛いくらいに力の篭っていた腕を解いて、ヨウヘイが戻って行く。私は慌てて、その背中に叫んだ――叫んで、しまった。


「私、行けない! もう、ヨウヘイの隣にはいられないの!」


 ヨウヘイが足を止めて、私は我に返った。誰よりもバカなのは、私じゃないか……これからステージへ向かう人に、心が乱れるような言葉をぶつけるなんて。


「それでも、俺は待ってる」


 私の大好きな人は、振り返らないまま、はっきりと言った。


 結局、私はそのまま屋上にいた。

 二年生の演奏が終わり、ガンマダッシュの出番だ。それぞれギターを手にして定位置についた二人は、いつもと同じようにサインを送り合っている。

 よかった、私のせいで気まずくなったりはしてないみたいだ……少なくとも、今は。


「みなさんこんにちは! 今日も元気にがまだしてます、ガンマダッシュです! 文化祭、めいっぱい楽しんでますか?」


 地元の方言で「頑張る」という意味の言葉をもじったユニット名で、お客さんたちが笑い出す。ギターをワンフレーズ鳴らしただけで、みんなの声が波のように屋上まで響いてきた。


「一曲目は、最近流行りのアニメから! みんなも一緒に歌って下さいねー!」


 お客さんにも楽しんで貰えるように、一曲目はヒットアニメの主題歌のカバー。

 ヨウヘイもワカナもすごく楽しそうで、ひたすらに明るく元気なパフォーマンスを見せている。

 ステージの時は「とにかく楽しめ」というのが、いつだって二人のモットーだ。


「サビをもう一回いくよー、せーの!」

『しらないだれかのふりをしたままー!』

『きみのてをとってぼうけんへむかうー!』

「オッケー!」

 

 たのしい、と全員が叫んでるような気がして、私もすっかり嬉しくなった。

 流れを止めずになだれ込んだ二曲目は、放送中のドラマの主題歌。有名バンドの曲でもあって、同世代に人気のあるナンバーだ。

 ガンマダッシュの曲選びは、いつだってお客さんのため。そんなガンマダッシュだから、たくさんの人が好きになってくれた。

 今はまだ、田舎の未熟な高校生が、学校の中で目立ってるだけかもしれないけれど……ヨウヘイとワカナなら、もっとキラキラした場所にいけるって、私はずっと信じてるんだ。

 やっぱり、二人の邪魔はできない……私はもう、離れることしかできない。

 自分に何度も言い聞かせながら、二曲目の盛り上がりを見つめていた。


 二曲目が終わった途端、ヨウヘイがワカナに合図を送る。予定ではこのまま三曲目へ行くはずなのに、二人の演奏は完全に止まった。

 ヨウヘイがマイクスタンドを引き寄せた拍子に、軽いノイズが入る。


「ええっと、次が最後の曲なんですが……みなさんに、お願いがあります」


 ステージ周辺のスタッフが、ソワソワしている。進行役の執行部員どころか、演目をチェックしている先生までが眉をひそめている。たぶん、進行予定にないトークを始めたんだ。


「俺たちは三年生なので、ガンマダッシュとしてステージに立つのは、今日が最後の機会になります」


 いやー、と女子の悲鳴じみた声がいくつも響き、だけどヨウヘイはそれらを気にも留めずに、淡々と話を続けていく。


「最後のステージの、その中でもいちばん最後のナンバーを、俺たちの曲で締めたいと思っています。みんなは知らない曲ですけど、ガンマダッシュのメンバーしか知らない曲ですけど、俺たちのラストナンバーを……最後の、五分間を」


 真剣な顔になったヨウヘイが、黙り込む。言葉を選んでいるようだった。客席もみんな静かになって、時が止まったようになる。


「……俺はっ、三人目のガンマダッシュ、アスノのために捧げたい!! そんな俺のワガママを、みなさん許してくれますか!!」


 ヨウヘイが叫び、客席が、沸いた。

 女子の悲鳴とか、男子のからかう声とか、いろんなものが入り混じっていた。

 決して許す声ばかりじゃないと思うのだけど、ヨウヘイはお構い無しにギターを鳴らす。


「プリムラ、という曲を歌います。いつか俺、コンドウヨウヘイが有名になるまで、どうか覚えておいて下さい!」


 聞き覚えのあるタイトル。私は弾かれるように、グラウンド目指して駆け出した。

 知ってる。私、この曲知ってるよ。

 ヨウヘイが初めて作った曲だ、私のためのラブソングだ!


『甘い言葉がなくたって 愛してるって知ってるよ』

『内に秘めてる優しさも 僕の胸には届いてる』

『誰に何を言われたって』

『誰に何を問われたって』

『強気なキミが一緒なら 背筋伸ばして生きていけるよ』

『僕の隣で咲いて プリムラ キミがいないと生きていけない』

『僕のそばで笑って プリムラ キミがいないと何もできない』


 ヨウヘイのまっすぐな歌声が、ワカナの優しいギターの音が、学校中に響いていく。

 この曲が終わったら、私の本当の気持ちを伝えるんだ。


「……もう一度付き合って下さいって言ったら、笑われちゃうかな」


 どんな言葉を選んでも、きっとヨウヘイは受け入れてくれる。

 歓声を浴びるヨウヘイめがけて、私はグラウンドを、駆けた。


(了)

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ラストナンバーからはじまる 水城しほ @mizukishiho

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