8ー6
「高城」
「なんだか二股を掛けられているようですね……」
困っていますとばかりに切なげに笑うお嬢様。
その仕草や表情に胸を貫かれる男子も多かろう。
しかしこちらは抗体を所有。
その意図はハッキリとしている。
――――誤魔化したな?
今、誤魔化してますよね?
本棚から本を一冊抜き出すと脇に挟んで作業を再開した。テーブルを取り出して高城の前に広げてお菓子を置いた。お茶が無い。なんてことだ。致命的失敗。ミステイク!
代わりといってはなんだが抜き出した本を差し入れとこう。リカバリーは基本所作だから。
テーブルの上に本を置いて、指先でスッと押し出した。
「勘違いしていますね?」
高城さんの笑顔は崩れない。
互いの焦点は机の上にある書籍。
「違う、違うんだよ高城さん。これは布教という名の洗脳行為であって別に疚しい意図があるとかじゃないんだ。それを充分に分かって欲しい」
「ここが非常に危険な場所だと理解しました」
分かってくれた?
「じゃあ続きの巻も出しとくね?」
「大声を出しますよ?」
なんで?
疑問に首を傾げれば、対面から返ってきたのは溜め息だった。
「そもそもが興味を持っている前提で話されていることが不快です」
「そこは不愉快で」
「不快です」
やっぱ激オコじゃん。頭下げとこうかな?
水分の無さが敗因だろう。ねー? お茶なのにお茶が無いっていうんだから。ねー?
ここはご機嫌取りが必須。揉み手か? 揉み手で謝れば許してくれんのか?
いやここは高城の『丸くなりたい』願望に沿うとしよう。
元々ここに来た理由もスッポかされたからだし、とめどなく毒を吐かれても困るから。
「高城さ、平静を装ってる時と誤魔化したい時で対応が違うよね。ぶっちゃけ分かりやすい」
あ、ちょっと驚いてる。
「そのような事実はありません」
「政治家か」
自分じゃ分からないもんなのか?
部室やら外やらでの対応を思い出してみるといい。
「平静を装いたい時は、文字通り意図していつも通りを装ってるから……まあ判別がつきにくいんだけど」
得意だもんね。猫被り。
吐き出してる瘴気の量で判断できるけど。イライラ度と漏れ出している
「誤魔化そうとしてる時は……普段なら言わないような話題に自分から乗っかってくるよね?」
自分の容姿を誇ることのない高城だが、理解はしているのか使ってくることがあるよね。生徒会長が部室に来た時とかさ。
残念だけど……それは君の性格を知らない男性にしか通じないんだ……具体的には毒ノートの内容を知らない男性ね? 胸糞どころか胸貫かれて死ぬからね。
微動だにしなくなった高城。どうやら本当に気付いていなかったらしい。
こういう指摘が『私、変わりたいんです』願望に有効かは知らないけど。なんかこういうこと言っておいたら真面目アピールできるかなって。
「……あなたがズボラなのがいけないんですよ?」
笑顔が眩しい高城様の額に青筋が?!
何故か一気にデンジャーゾーンへと突入してしまった。
「わ、わたくしのズボラが何か悪さめを?」
責任転嫁にしか思えないがここは逆らうところじゃない。本当に大声を出しかねない迫力が、ここにはある。
いやいつもあるな。
とにかく土下座だ。お奉行様よろしく伏して沙汰を待つ。
「あなたの整理整頓がなっていないから……興味があった訳ではありません。本棚の隙間に横積みにされた本が気になって直そうとしただけです……そしたら……」
「雪崩が起きたと? バカだなぁ。本棚には解除手順というものが勿論あるさ。女子は知らないだろうけど男子にとっての本棚は侵されざる聖域。その手のブービートラップなんて常識」
「……そうなのですか?」
うん。
「それで本を片付けていたら読み耽っちゃったと? あるある」
「違いますよ? 別に読んではいません」
いやそれは無理がある。
「興味が出て、手に取っちゃったと?」
「いいえ? 違うと言ってるじゃないですか。しつこい方ですね。だから嫌われるんですよ?」
高城に嫌われたところでむしろご褒美……。
「女子に」
「おけ。この話題やめよ」
どこからどこまで……どこからどこまでのことだろうか?!
知りたい! でも聞けない?!
今日の毒は中々蝕んでくるじゃないか……さすがオコなだけある。
高城様を怒らせるのはやめようと思う。今日の教訓。
しかし尚の事言いにくくなったなぁ。「帰れ」って。少し煽れば「不愉快なので帰ります」とか言ってくるかと思ってたのに。なんか裏目。
今から部活始めますよの雰囲気。
そこで聞こえてきた足音に冷や汗。
トントントントン
誰かが登ってくる? いや一人しかいないから?!
動きを止めたのは一瞬。
高城に全力の土下座を披露した。
言外なのは毒のせい トール @mt-r
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