8ー5


 俺の予定としては。


 このまま課題を無事に終わらせて、キツ目さんには心穏やかにご帰宅願い、玄関に水入りのペットボトルを置いて、部屋の前をバリケードで封鎖し、『ここより禁足地、いずこかへ還らん』って貼り紙でも貼って、世界の平和にでも貢献しようかと思っていたのに。


 なんで危ないことしようとするの? なんで(俺の)死亡フラグ建てようとするの?


 漫画に出てくるとりあえず写真を撮ろうとする陽キャか? お前は。


「なんで? デブ猫なの? あたし、デブでもガリでもマンチカンでもスコティッシュフォールドでも大丈夫だよ!」


「しれっと希望混ぜてくんな」


 うちのは『爪に毒あり見た目に障り』だから。


「ね〜、いーじゃん。ちょっとだけ? ひとモミだけ? ね?」


「おっと。今の発言を通報されたくなかったら大人しく課題を続けるんだ」


 腰を上げるんじゃない。


 スマホを差し向け、ストップ要求。


「え〜? もー。いーじゃん、ちょっとぐらい! ケチ! 猫泥棒! ムッツリ! 変態!」


「よくよく聞くと悪口じゃないな」


「わかった! 今日の課題はあたしが受け持つわ。交換条件。ど?」


「ぐっ?!」


 いや『ぐっ(good)?!』じゃねえよ。なんで親指立ててんだよ。反射にも程があんだろ。いねえよ猫なんて。どうすんだよ。なんで致命傷のオノマトペと『良き』の発音が同じなんだよ日本。おかしいよ。課題嫌過ぎて理性がなくなってるじゃねえか。どうなってんだよ教育。誤魔化そう。


「うちの猫なんだけど……」


「マジやる気出たから明日の英語の翻訳もつけていーよ?」


「超可愛い」


「うっそ、あがるー」


 誰か! 誰か助けてください! 罪を洗い流してください!


 どうしよう。最悪折り紙でネコ折って『クロネコさん』ってやるつもりが猫ガチ勢過ぎてワロス(死)。


「あたしの知り合いで猫飼ってる娘っていないし、あたしん家もペット不可のマンションなんだよねー。偶に猫カフェとか行くんだけど……ふふ。ラッキー、って感じ?」


 どんどんと引き返せない要素が積み上がっていく。せめて自首するタイミングをくれよ。凶悪犯だろうと最後のチャンスが与えられるというのに。


 これでは千羽猫でも駄目そうだ。千本ノックで返されること請け合い。


「……ちょっと準備してきます」


 心の。


「よろ〜」


 猫見るのに準備もクソもないと思うんだが……脳内麻薬でも出てるんだろうか? 通りで目つきがヤバいと思った。


 スルリとリビングから抜け出して、扉をゆっくりと閉める。


 些かの間を取るのは、万が一にも追い掛けられないためだ。


 扉を締め切る寸前のキツ目さんは、地獄の課題を相手にしているとは思えないほどに陽気だった。鼻歌出てるし。どんだけ猫好きやねん。


 そういえば公園で課題してる時も茂みが揺れる度に気にしてたわ。


 足音を殺しながらキッチンに残していたお菓子を回収。おいおい、癖になったらどうしてくれる? 就職先が忍びか殺し屋ぐらいしか無くなるじゃないか!


 そのまま二階へと上がり自室の前へ。


 極力、音を立てないようにするべきだろう。下に響いたら事だ。


 ……そういえばさっきのドサドサ音ってなんだったんだろうか?


 なるべく小さな音でノック。


「高城。……高城?」


 あれ? いない?


 応えるように聞こえてきたのはパタパタ音。亀が空飛ぶ音ではなく、かといって足音でもない。


 本を閉じたり重ねたりする時に鳴るような……。


 なんだろう? 猫かな?


 疑問の答えを求めて扉をガチャリ。


 部屋の真ん中に鎮座していたのは、大和撫子――


「返答する前に扉を開けてはノックの意味が無いのでは?」


 ――毒属性。


 良かったぁ。いつもの高城さんだぁ。


 背筋をピンと張って正座する高城。


 とてもパタパタという音の元凶には思えない。


 そもそもとして『動いてませんよ?』とでも言いたげな所作だ。原因を高城さんに求めるのは間違っている。



 ――――と、見てくれに騙された奴は思うんだろう。



 先程までの怒りが、やや散っている……? これは何かを……誤魔化そうとしているのでは? 毒々しいノートを綴る顔面お化けの異名を持つ高城にはあるまじき行いだ。


 部屋の床面びっしりに怨み文字を書き込まれていようとおかしくなかったというのに……。


「いや、高城さんを待たせ続けるのも悪いなって……気が急いちゃって」


「大丈夫ですよ? 今更大した違いはありませんから」


 やだ怖い。


「お茶持ってきたから。もうちょっと待っててくれる?」


「ああ、このうえ更に待てと言いに来たんですね? 図々しさには果てが無いのだと勉強になります」


 ニコニコニコニコ。


 いや全然怒り収まってないね。これは勘違いだね。


 姫の機嫌をこれ以上損ねないためにも、サクサクとお茶の準備を進めていく。


 まずはテーブルを組み立てよう。


 足を開くだけの簡単組み立て式の一人用テーブル。


 本棚の隣りにあったそれを掴んだ時に――ふと気付いた。



 小説の巻数がズレてることに。



 俺は小説をに並べる。そのままでも問題ないけど、過去編とか出たら時系列順に読みたくなるタイプなのだ。番外編や短編なども分けたりせず、合間合間に入れて並べてしまう。


 それが、綺麗に纏められている。


 どういうことか?


 そういうことだ。


 うん。


 どういうこと?


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