8ー4
やることは一つだ。
「いただきます!」
見目麗しい女子が家に二人もいるからといって変な意味に捉えるのは止めて頂こうか。
「ねえー、なんか増えてんだけどぉ?」
「得したね」
言葉そのままに存在感を増したお湯を入れるだけで調理されるという不可思議な食べ物を、リビングにいる虎へと与えた。
毒味という意味合いで、仕方なくご相伴に預かることにしたもう片方を啜る。
気分は飼育員。
「全く。何が気に食わないと言うんだね?!」
饗してるというのに!
「のびてるところ」
ですね。
テーブルの上にあるのは忌むべき呪物と家畜の餌。うちはどんな人外魔境なんだろうか?
文句を言いつつも髪を耳に掛けてズルズルと麺を啜るキツ目さん。その目つきは不満の表れじゃないよね? 平時からそうなんだよね?
女の子座りする所作と意外に華奢なスタイルから見て、とても百メートル級の打者には見えない強者。その視線以外。
ジッと見つめていたからか、こちらに気付いた不良っぽく見える少女。膨れっ面で話し掛けてくる。
「炒飯と餃子は?」
「その考えは無かったわ」
確かにラーメンではあるけど。
むしろお手軽さが売りであって炒飯と餃子作るぐらいなら出てこないと思うんだ。
「もっと女の子らしくマカロンとか言えばいいのに」
「デッカいチャーシュー求む」
完全に運動部のそれなんだよなぁ。
ズルズルと麺を啜り終えたらゴクゴクとスープも飲み込む。
キューブ状の肉を摘んでいた肉食系女子が、驚きと共に見つめてくる。
「え〜、それは流石に不健康じゃない?」
残さない精神は時として誹りを受ける。構わない。だって男子高校生だから。
「いつもならこれに冷ご飯を入れて雑炊にするところだ。命拾いしたな」
「ないわー」
とか言いつつも「……ご飯かぁ」と呟く彼女に危険信号。やらないよね? やったとしても俺の責任にしないよね?
男子は胸囲を、女子は腹囲を気にするのがお年頃。汗を掻くという名目でサンドバッグにされないようにしなきゃ。
少しスープを口にしたところで『やっぱり無いでしょ』と軽く首を捻るキツ目を余所に、無用になった発泡スチロールの塊を脇にどけて課題を写し始める。
「ずびし」
「痛い」
割とスナップが効いたチョップが脳天に?!
「なんだよ。俺は勉強がしたいんだ、邪魔するな。邪魔するなら帰って」
「いや、先にあんたの担当分やってよ。あたし丸損じゃん」
ワッツ?
「カップラーメン食べたよね?」
「うん。のびてた分だけマイナスね」
「なんて奴なんだ?! 血も涙も無いのか……これだから女子高生は!」
「めちゃくちゃ聞こえてるから。口抑えてももう遅いから。『一通りやり終えたからいいよね?』的に進めんなし。コントじゃねぇから」
「一体何が不満なんだ!」
「麺がのびてたところ」
うん。言ってたね。
なんてこった。こちとら水際で隕石を受け止めていたというのに……まさかの二次被害。原因は毒性。
龍のご機嫌取り用に残してたお菓子を出すか? しかし下手を打てば歓迎してないことがバレてしまうかもしれない。その時に起こる不幸に俺は耐えられないだろう……やだもう帰ってくんねぇかなぁ?
やきもきしていたところ、「も〜」と頬を膨らませながらも未着手の課題に手を掛ける女神。
「ありがたや〜ありがたや〜」
「お布施は後払いできます」
最近は宗教も有料なんだな。だからセールスのように回ってくるのかな? 不思議。
女神は女神でも邪神だった的な驚きを横に課題を写す。
さすがに茶々を入れてこの時間を引き延ばす訳にもいかない。とにもかくにもどちらかにご退場願わねばマズい。
丸写しではなく合格点レベルに課題を写していく。時間優先だ。
エアコンの駆動音とカリカリというペンの音以外は静かな室内。麦茶に入っていた氷が溶ける音すら大きく響く。
特に会話も無く、音楽やテレビなんかも集中の妨げになるかと付けなかった。
それが失態。
ドサドサッ、という音が――二階から聞こえてきた。
ペンを止めたのはどちらが先だったか。
意思の疎通を計るかのよう向けられた鋭い視線。元から鋭いので意図が読めません。
ここで試されるのは平常心だ。おおおおおちけつ。
「……ねえ」
「なんだよ? ご飯はさっき食べたでしょ」
「いや違うし。そうじゃなくてぇ」
「仕方ねぇな、ほれ」
十円。
「お布施でもない、ってか少ない」
「くっ! なら虎の子の五円も付けよう! もってけドロボー!」
「大して変わんないじゃない!」
お金に謝れ! あと俺にも謝れ?!
「そうじゃなくて! なんか上で物音したけど? 大丈夫なの? 泥棒とかじゃないの?」
「違う違う。あれだよ、ほれ? うち、猫飼ってるから。うん。猫」
ベンガル的な。
「あ、そうなの。……ふーん?」
気にするなとばかりに課題を続行したのだが……キツ目さんの視線は天井に。ペン尻で唇をプニプニ。
な、なんだ? なんかバレたか? ふふふ不審なことなんて何もないよ?
目が右に左にと泳いでいるのは課題を追っているからであってだね……。
突っ込まれた時用の言い訳を考えていると、キツ目さんがグイッと体を乗り出してきた。
その瞳に浮かぶ感情の色は喜悦。
「あのさ」
な、なななにかな?
「あたし……猫、好きなんだけど?」
「うちのは特別製だから」
きっと気に入らないと思う。
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