8ー3


 ――昔観たアニメで、人の成分比率がほぼ悪意で出来ている、といったようなやり取りを主人公とヒロインがするのを見て爆笑していたことがあるんだけど。


 実物を目にするとこんなにも笑えないんだなと、思うわけでして、ええ。


 ガワを整えただけの悪意とでも言いましょうか……悪意を砂糖でコーディングしたとでも言いましょうか。


 それもう全部悪意やん。ただの悪意の塊やん。


 ――的な存在がうちの階段の影からはみ出していてですね? ええ。えぇ……。


 悪意が美少女纏って笑顔で青筋浮かべてる。


 そんな感じ。どんな感じ?


 熱した鉄板の上で寒さを感じるようなもんだよ。いやほんと。


 社会ではよくある。じゃあ出たくねぇや社会。


 ……間違った判断ではなかった筈なんだ!


 互いに顔を合わせたらそれが運命とばかりに争い合う二人なんだよ? その余波で脆弱な命が儚くも散ってしまうなんて考えなくても分かること。事実ビビッと来たから。ビビッちゃったから。


 バレるんだったら二人より一人の方が生き残れる――とか思ったこともありまして。具体的にはついさっき。


 しかし階段の方から押し寄せる冷気に自分の見込みが甘いことを知りました。


 引力に引き寄せられるという当然の摂理を表すかのように、階段の黒いアレへと視線を飛ばしそうになる。


 ダメだ!


 堂々と視線を向けたら、目の前の勘のいい虎から気付かれるかもしれない……。


 全体を見るんだ!


 観の目で見ろ。周辺視システムを使え。武術の粋を凝らせ。今この時の為に研鑽はあった。『映す』んじゃなく『捉え』ろ。感じるんじゃなく確認しろ!


 ――――高城様の、ご機嫌いかが?


 珍しく衣服が乱れているのは、突き飛ばされるという経験をされたことがないからだろう。夏だもの。一夏の経験が女子の嗜み。やったね。体勢は崩れ階段に体重を掛けるよう斜め。人を斜めに見ることに定評のある高城様にはピッタリのポーズだと思う。お似合い。ここまで来て気になるのが表情だろうけど、高城様はその内心を表すかのように笑顔。良かったぁ。


 低田家の手荒い歓迎を快く想ってくれていると思ってもいいんだよね? ね?


 念押しするこちらに応えるかのように、高城の目が細まり笑みが深まる。


 バカな?! 俺は視線を合わせてなどいない、気付かれる筈が……?!


 体勢を整えようとしてるのか高城の手に力が入り、キツ目が一歩を踏み出そうとした瞬間。


「フリーズ!」


 俺は手を突き出した。


 別に冷凍庫様と勘違いしたわけでもなければ魔法を放とうと思ったわけでもない。近寄らないで! の円滑表現だ。日本語って便利。


「……どしたの?」


 両者共に首を傾げているが、両者で意味が違うと思われる。特に魔王様。『対価は?』って聞かれているように感じる。やだ鬼の精。


 下手な言い回しはペケだ。両者共に通じるように喋るんだ! 難易度高ぇな自宅会話。家弁慶って実は強者なんじゃないの?


 巣に引っ込んでな、が正直な気持ち。でも変えなくちゃ世界線。何度も死にたくないよって。


「すまんすまん、ちょっと外が暑くてさー。長話に汗掻いちゃったんだよねー。部屋の冷房でも強めててくんない?」


「……それでフリーズとか言ってんの? さむ」

 

 この野郎。失礼。このアマ。


 こちとらハルマゲドン回避のために隕石処理してるっつーのに!


 高城の視線が右へと流れる。


(彼女は?)


 お久しぶりです幻聴さん。


「あー、なんつーか、ほら。あれだ。午前中に運動したせいか体温が上がりやすくなってんだよ。分かるでしょ? 一緒に運動した仲なんだし……」


 この言い回しどうなの?


 そもそも高城は頭いいんだから今の状況とか理解して動いてくれてもいんじゃね? ほら? 温和、というか穏便に。


「いや言い方」


「うん。ちょっと思った」


 キツ目さんが嫌そうな表情になるのも已む無し。


 それでも絡んでくるキツ目さんを引っ込めようと、ターゲットをライン髪に定めたところで――高城様がスッと立ち上がった。


 ドッキぃぃいいいん!


 だ、だいじょうぶか? 角度的には見えてもおかしくないような……。


 どどどどういうつもりだ?! お前あれじゃん! 基本的には猫の皮被った化け猫じゃん!


 今の会話の何が琴線に触れたと言うんだ!


 ちょっと放置されて、高城が嫌いな男と女が会話してるってだけじゃないか!


 完全にそれだわ。


 俺なら両方に嫌がらせして帰ってるまであるわ。


「ちょっと待って!」


「なによ」


 お前じゃねぇよ。むしろお前は待つなよ。引っ込めよ。


「とりあえず戻ろう。目的があるだろ? 話せば分かる。菓子折り持って参るから」


「いや、あんたの分の課題待ちなんですけどー。話せばって……え、なに? あたしが説明すんの? めんどくさ」


 お前がね。


 『はぁーやれやれ』と、ようやく顔を引っ込めてくれたキツ目さん。


 パタンとリビングへの扉が閉まった音を聞いて高城が口を開く。


「私は、あなたから説明を受ければいいのでしょうか?」


(それとも彼女から?)


 ニッコリと微笑んでいるのが逆に怖い。


「あ、はい。自分が説明しますんで……二階にいいっすか?」


 思わず頭を下げて対応だ。そうね。約束ぶっちして自分にケンカ売ってきた女と自宅で会ってたら、そうね。


 断ったらリビングに乱入しそうな怖さが、菩薩とか呼ばれてる女子からするのはおかしいと思う、今日この頃です。


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