第5話 ウラガワ・美雪
初詣で兄とデートをしてから数日、私は武雄君に呼び出されることとなった。
「何? 改まって」
「俺、美雪さんが好きです! 付き合って下さい!」
正直、趣味が一緒なだけのただの友人と思っていた。それに私には兄という恋人だっている……。
「ごめんなさい、私には好きな人がいますので気持ちは嬉しいですが──」
「好きな人ってこの人?」
それは私と兄さんがキスをしている画像だった。言い逃れは出来ない、どうすれば……。
「美雪さんのお兄さんって、うちに来てるあの人だよね? これを会社に持って行ったら、どうなるだろうか……」
私の中で失望と哀しみが渦巻き、そして逃げられないと悟ってしまった。
彼にラブホテルに連れて行かれ、当然のように行為を強要される。脱がされ、乳房を揉まれ、下着に手を入れられる。
ただ、彼のやり方から察するに……武雄君は未だ未経験であることが窺えた。この絶対的な経験の差が私にとっては不幸中の幸いとも言えた。
そうやって毎週水曜日に呼び出され、開口1番脅しの言葉を告げられ、そして乱暴な行為を始める。
生理現象で触れられたら濡れもするし、多少は気持ちよくもなる。しかし、兄との行為に比べたら段違い過ぎて余裕で我慢できるレベルだった。
そしてそれが3ヶ月ほど続いた時、いつも通り呼び出されて家に行くと、彼はいつもより出てくるのが遅かった。肩を押さえ、フラフラと玄関から歩いてくる。
最初に行為をしてからある程度の虐待は見抜いていたが、今日のは
彼はそれが恥ずかしいのか、私の腕を強引に引いてラブホテルに向かった。
いつも通り、脅しから始まって行為をする。
その筈だったが、今日は最後が違った。行為後、下着を履き直していると、彼はいきなり号泣し始めたのだ。
「なんで俺はこんなんだよ! 親に殴られるし、好きな子を脅さないとやれもしない! 世界が嫌だ! 何もかも嫌だ! 何より、親と同じ暴力をする自分が嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ベッドを殴り付ける彼はどこかで見たことがある……それはかつての兄の姿と酷似していた。
だが、彼と私達は決定的に違うものがあった。
──彼には隣で手を握る存在がいなかったことだ。
恐らく、私達よりも辛いのかもしれない……。
気付いたら肩を抱いて慰めていた。そして顔を上げた彼はそっと私の口を塞いだ。
「ちょ、……んっ!……ちゅ……」
涙のしょっぱさが口に広がる……抵抗しようと思ったが、彼の涙を目にすると動けなかった。
今まで交わることしかしてこなかったが、この日、彼は私に初めてキスをした。
☆☆☆
キスをした日から彼は変わった。
最初は脅しの言葉を告げるけど、行為自体は相手を思いやる優しいものへと変わっていった。慰めた結果、彼は私に対して本当の意味で愛し始めた。
人間は学習する生き物だ。回数を重ねるうちに上手くなり、私の弱点を少しずつ見付けられ、耳元で愛を囁かれればトリップ状態に陥りそうになる。
駆け引きも覚えられてしまい、油断しているときに攻められると、思わず甘い吐息や喘ぎ声が漏れてしまう。私は彼のことは好きではない、だけどこのまま続けていたら心まで落とされるのではないかと不安になる。
女性と言うのは、身体に精神が引き摺られてしまうもの……だから私は必死に兄の上手さを思い浮かべることで抵抗した。
そして家に帰れば背徳感と罪悪感に押し潰されそうになって兄との行為を避けてしまう。汚れた身体を恋人に触れられたくないから──。
兄と触れ合わない時間が増えると私の心は寂しくなる。我慢によって私の心は傷付く、だけど身体は満たされてしまう。完全に悪循環だった……。
そんな日々が続く中、いつものラブホではなく高級ホテルに私は呼び出された。
「武雄君、ここは?」
「最後の思い出に相応しい場所と思ってさ」
「えっ、最後?」
「もう終わりにしようと思う。結局、自分の不遇に対する不満を君にぶつけてるだけって気付いたんだ。だから今日だけは身を委ねて欲しいんだ」
そう言って、武雄君はスマホの中にある画像を私の目の前で削除してテーブルの上に置いた。
そして武雄君は私の肩に手を乗せる。本来なら、手を振り払って帰るべきだと思う。だって、画像はもないんだもの。
困惑している私を他所に、彼は胸に手を伸ばした。優しい手付きで解されていく。
思わず「んっ」と声が漏れてしまった。窓から見える夜景、橙色のランプ、それらが作り出すムードと、彼の悲しげな表情は少しずつ近付いてくる。
私はそれを押し退けることなく、受け入れてしまった。
“最後”という言葉を免罪符に、私の中の情欲は燃え上がる。彼の首に腕を回し、より濃厚なキスを交わす。そこには今まであった形だけの抵抗すら存在しない。
「あっ……」
「どうかしたの?」
「ここ、アメニティが無い」
「……最後、なんでしょ? いいから」
「分かった。じゃあ────」
「ん、んんっ!? あぁっ!」
私は武雄君となんの隔たりもなく繋がってしまった。カバンにピルがある、だけど完璧ではない。それを知ってて情欲に飲まれた私は彼の絶頂を何度も体内で受け入れた。
翌朝、私達は後腐れなくホテルのロビーで別れた。ただ、その後に押し寄せたのは過去最高の罪悪感。
家に帰ると、涙を流しながら身体をひたすら洗い続けた。情欲とムードに負けた自分の身体が、女であることが、とても憎い────。
それから彼が私を脅すことはなくなった。最初は徹底的に彼を避けていたが、少しずつ普通の会話ができるようになっていった。
「虫のいい話しなんだけどさ、友達からまた始めたいんだ」
「友達……私のことは諦めてくれたの?」
「ううん、正攻法で振り向いてもらえるように頑張るよ、だけどまずは友達から……ダメかな?」
「私の嫌がることをしないなら……」
「ありがとう美雪さん、それとケジメをつけさせてほしい。罪と向き合うために──」
彼と話し合いをした結果、彼は兄さんに全てを話して謝りたいと言ってきた。
私はそれを承諾し、兄さんと私と武雄君で話し合う場を作ろうと考えた。
その矢先、彼の両親が武雄君を殴り殺してしまった。
スマホの画像を消してくれた今の武雄君なら、平和的な解決ができるはず……そう思っていたのに。
兄さんが私の肩を抱いてくる、久し振りに嗅いだ恋人の匂いに安心した私だったが、兄の僅かな変化に気付き、全てのピースがカチリとはまった。
私よりも暴行を受けていた当事者の兄はあの手の親の心情を熟知しているはず……もし私との関係に気付いていたのなら、兄が何らかの形であの親を煽ったとしか思えない。
私の……せいだ。優しかった兄は変貌し、武雄君は命を落とした。
その事に気付くと、体が震えて悪寒が走り始めた。そしてそのまま私は倒れてしまった……。
☆☆☆
私は兄さんが怖くなって1年ほど距離を置く日々を送った。兄さんは優しい顔で私に尽くし始めた。
でも、兄さんは寝てるときいつも
時間を置けば色々見えてくる、私が最初に相談していればこうはならなかった。禁断の関係を歩むには覚悟が必要だったのに、兄にばかり背負わせている。
この罪は永遠に償うべきだと私は思う。男性との接触は限りなく減らし、兄の為にこの身を捧げ続けた。
罪と向き合うこと1年────私は兄に指輪をおねだりした。戒めであり、愛の形であり、男避けでもある。もう二度と間違えないための愛の誓いだ。
その日を境に私と兄さんは0.01mmという絶対的な壁を取り払った。1年という失われた時間を取り戻すように身体を重ね、遂に子供ができた。
私達は両親みたいにはならない、そう誓って大事に育てた。成長する子供を見ていると、心が洗われるような心地いい気分になる。
勿論、武雄君のことは忘れていない。今日は武雄君の命日、兄さんと娘と3人で墓参りに来た。
「兄さん」
「どうかしたのか?」
「私は幸せです。来世もあなたと一緒に生まれたい程に……」
「そうだな。例え来世が兄妹だったとしても、俺達なら上手くやれると思う」
隣に立つ兄の手を握る、兄も握りかえす。そして兄に愛を語る。
──「兄さん、愛してます」
fin
禁断の果て ~寝取られた実妹~ 短編全5話 サクヤ @sakuya_a
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