第2話 取引と偶然・拓実の疑念

 補佐役のいない俺一人の取引……緊張の中、事務所のチャイムを鳴らす。


 出てきたのは初老の夫婦、つまりはここの経営者だ。初見ですぐにわかった……この夫婦の笑みは偽物だと。


 仕事の話をしながらも、先方の一挙手一投足が虐待する人間のソレに通ずるものがあった。


「失礼ですが、お子さんがいたりしますか?」


「あら、よくおわかりで! 愚息ですが、武雄という大学生がおりまして……それがなにか?」


「いえ、ちょっと気になっただけです。それでは──」


 美雪の友達が"武雄"という名前だった気がするな。まぁいい、それよりも確実にわかることがある。

 両親とも拳に殴りタコができていることから、かつての俺と同じかそれ以上の暴行を受けていることがわかる。


 その日、美雪に聞いてみたところ、武田 武雄なる人物と一致することが判明し、偶然なんてあるもんだなと笑いあった。


 疑惑を抱いた俺は水曜日に取引の話をするために武田家に向かった。

 事務所の隣にある家から悲壮感漂う男が出てきた。恐らくこの男が武雄なのだろう。外観には痣等の傷は見当たらない、つまりは見えない位置に暴行を受けているということだ。


 正直なところ、そんな家庭を持つ経営者に信頼なんて抱けないが、部長を強引に説得した手前、簡単には引き下がれない。


 取引の話を詰めていき、家に帰ると美雪が暗い表情で電気も付けずに佇んでいた。余程ショッキングなことがあったんだろう……俺に気が付くと作り笑顔でご飯を作り始めた。


 今度デートした時、聞いてみる必要がありそうだな。この時の俺はそんな風に楽観的に考えていた。


 ☆☆☆


 翌週の土曜日、美雪を連れてデートに向かった。映画を観て、ウィンドウショッピングをして、夕飯はちょっと豪華なレストランで取ることにした。


「美雪、大学で何かあったか?」


「──え、なん……で?」


 それまで笑顔だった美雪はその質問に酷く驚いて明らかに動揺しているのが見て取れた。


「いや、水曜日に浮かない顔してたからさ」


「な、なんでもないよ! ちょっと、武雄君といざこざがあっただけだから……」


「そうか? 解決できなくなったらすぐに言えよ? 俺がすっとんでくるからさ!」


「あ、ははは……もう、兄さんシスコンですね」


 はぐらかしているのはわかったが、言いたくなさそうなのを無理に聞く必要もない。もう彼女だって大人なんだから……。


 それから美雪は時折浮かない表情をしていたが、3ヶ月過ぎた辺りからそれもなくなった。

 それはいいのだが、決まって水曜日は美雪の帰りが遅くなりはじめたのだ。


「おい、なんで水曜日はこんなに遅いんだ? もう10時近いぞ?」


「──ごめんなさい。友人と飲んでたら遅くなって」


「その友達って武雄か?」


「女ですよ! やだなぁ、流石に男性と遅くまで飲んだりしません! 私には……兄さんという彼氏もいますから……」


 何年彼氏してきたと思ってんだ……嘘なんてお見通しだよ。俺、彼氏だよな? なんで嘘つくんだよ……。


 俺は悲しくなってそれ以上の追求を止めた。信じたくない、俺の思い違い、その場はなんとか自分を誤魔化した。

 だけど一度抱いた疑惑はそうそう払拭できず、俺は水曜日に早退して美雪の動向を探ってみることにした。

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