第4話 武雄の審判・拓実の策略

 俺は翌週の水曜日に武田家に向かった。


 そして商談の席で開幕から両親に告げた。


「ここまで話を進めといてすみませんが、御社との取引を改めさせてもらおうかと考えております」


「──は? な、なんでですか!? 何か至らぬところでもあったでしょうか?」


 最後の商談成立というところでいきなり覆されたらそう思うのも仕方ないだろう。

 だが、ある意味においては至らぬところがあった。


「あなたのご子息が私の妹に乱暴を働いたようでして……その様な家族が経営する会社が、信用できるとお思いでしょうか?」


 両親は青筋浮かべてキレている。


「これもあなた方の"しつけ"がなっていないせいでもあります。こちらは大事にはしたくありません、妹も同じ意向です。かといって御社に慰謝料を請求すれば間違いなく経営は傾く……」


「お、お願いします! なんでもしますから! どうか、どうかご容赦を!!」


 リアルで土下座されれば俺も寛大にならなくてはいけないな。


「わかりました……あなた方が"これまで以上の徹底的な"躾をしてくださると、約束していただけるのでしたら全てを忘れて取引に応じましょう」


「あ、ありがとうございますぅぅぅっ!!」


「良いですか? "徹底的に"ですよ? では最終的な書類は後程持ってきますので、今日は帰ります」


 俺は1度学校で喧嘩をして両親が呼び出されたことがあった。家に帰った時はホントに凄い暴力を受けたものだ……俺の親よりイカれてることを切に願うばかりだ。


 ☆☆☆


 翌日、美雪が話しかけてきた──それも真剣な表情で。


「兄さん、私達のことについて後でお話があります。今日は早く帰られそうですか?」


「いや、今日は休むよ。最近ダルくてな、でも……良いこともありそうだ」


 恐らく、別れ話だろう。そしてテレビから唐突にニュース速報が流れてきた。

 工場を経営するとある一家で殺人事件が起きた、そんな内容だった。


 ふむ、まぁこうなるだろうなとは思った。俺が喧嘩したあの時だって首を絞められたからな、いつもは外に見えないようにやるあの両親も、取り繕った体面を傷つけられたら血が頭にのぼるのも無理はない。


 画面では、ちょうど奴の家の前でレポーターが色々と状況を説明している場面だった。


 ──パリンッ!


 これも想定済み、美雪がショックのあまり皿を落としてしまったのだ。俺は心配するフリして肩を抱く。


「美雪、"友達"が亡くなって辛いよな……」


「──兄さん、どうして?」


 おやおや、流石は妹……何かに気付いたのか、勘が良い彼女だ。

 俺は心中を察してくれたことがとても嬉しく感じてしまった。


「"友達"が、亡くなって悲しいんだよな? 俺も美雪がとても心配だ」


 一筋の涙を流したあと、美雪は何も言わずに部屋へ引きこもってしまった。


 ☆☆☆


 あれから数年……美雪も社会人となり、家から元気に社会人生活を送っている。

 武雄が死んだ直後は1年ほど元気がなく、俺と交わることもなかったが、妹に献身的に尽くした結果──晴れてまた恋人に戻ることができた。


 そもそも振られてはいないので戻るも何もないのだが、実は前よりも俺達の関係は進展しちゃってるのだ。


「兄さん、愛してます。いってきます」


「俺もお前を愛してる。いってらっしゃい」


 彼女の左薬指には俺の送った結婚指輪がはめられている。勿論法的には結婚できないが、それでもこれがあればもう間違えない──美雪からの提案でもあった。


 去年、美雪は武雄の墓の前で全てを話してくれた。


 涙ながらに恋と同情を混同して過ちを犯したと、そして墓に1度だけ謝ったあと、もう二度と来ないと彼女は誓っていた。


 あれ以来、俺達の間で武雄の話はタブーとなり、どんな些細な悩みも打ち明けて共に解決することにしている。


 桜がベランダにまで落ちてくるなか、2階からスーツ姿で出勤する実妹を見送りながら、俺も出社の準備を始めるのだった。


 きっとこれからも困難にぶち当たるであろう道のりだけど、きっと2人でなら乗り越えていける。


 ──俺はそう思っている。

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