第7話 女の子同士なんだから


「あれが私達の村だよ!」


 妖狐の里への到着までは、ルカの言葉通り、さほど時間はかからなかった。ルカが指し示した先、木々の隙間からは、家が数軒顔を覗かせていた。妖狐達の里なんていうからには、正直もっと原始的な村を想像していたが、思っていたよりはずいぶんと、文明的な村といった様子である。木で作られた家々は、なかなかに本格的な造りであり、現代の田舎の村といわれてもさほど違和感はない。ルート達も驚きの表情を浮かべながら、小さな声を漏らす。


「こんな所に村があったとはな……」


 周囲を木々に囲まれた、妖狐達の住まう里は、外からはそう簡単には見つからないだろう。現にルカがいなければ、俺だって妖狐の里までは、たどり着くことはできなかったはずだ。


「ちょっと待っててね! 皆に事情を説明してくる!」


 そう言い残し、村へと姿を消したルカ。里の入り口近くで帰りを待っていた俺達の元に、すぐに笑顔を浮かべながら戻ってきたルカ。そして、戻ってきたルカの隣にはよわいにして50くらいだろうか、初老の男の姿があった。彼は深々と頭を下げ、丁寧に言葉を返してきた。


「ようこそ私達の里へ、イーナ様。そして、人間の皆さん。ルカから事情は聞きました。ルカや九尾様が大変お世話になったようで……」


 突然、男の口から出た『九尾』という言葉にルート達も混乱したのだろう。思い当たる節がない、そう言った様子でルートは疑問を投げかける。


「九尾……? 世話なんてした覚えはないのだが……」 


「何をおっしゃいますか。そこにおわすお方こそが九尾様。そうイーナ様ですぞ。姿は変わっても私達にはわかります」


「イーナちゃんが九尾!?」


「おい、マジかよ……」


 驚きを隠せない様子のルート達4人。まあばれてしまったのならこれ以上隠したところで仕方が無い。ここは正直にルート達に打ち明けることにする。まあ、まだ彼らのことは良く知らないとは言え、見ず知らずの俺達を助けてくれたし、ここまで背負ってきてくれたし、少なくとも悪い人達でないという事はわかっている。


「まあ色々あってね…… お…… いや、私が九尾になったんだ。とは言っても、実際は九尾代行みたいな形なんだけど。ごめんなさい、皆に隠すような形になってしまって……」


 別に隠したくて隠していたというわけでは無い。だが、それでもやはり、罪悪感というか、後ろめたさというか、そんな感情が俺を襲う。なんといっても俺達を、あんな化け物みたいなオーガの魔の手から、命がけで助けてくれた皆。そんな彼らを結果的にはだますような形になってしまったのだ。素直に頭を下げる、俺にはそれしか出来なかった。


「おう、まさかお前が九尾だったとはな! 夢にも思わなかったぜ!」


 深くこうべを垂らした俺に、全く気にする素振りもなく、言葉をかけてきたのはハイン。他の3人も最初こそ、狐につままれた様な表情をしていたが、すでにもう、私が九尾であると言うことを、気にしているような様子はなさそうだった。


「ずるいですよ! イーナちゃん! 私達に内緒にしていたなんて!」


「そりゃ、ハンターだ何だってルートがいうから…… イーナが言えないのも当然だよ」


「おいおい、俺が悪いって言うのか、ロッド」


「そうですよ、ルート君が物騒なことを……」


 メンバーのいじりの矛先は俺でなく、何故かルートへと向けられていた。先ほどまでのクールなルートとは全く別人と言った様子で、皆の矛先が向いたことに、すっかり慌てふためいてしまっていたルート。そんなルートの姿を見た俺は、つい笑いがこらえきれなかった。そして、他の4人達もそれは同じだったようだ。俺達の間を笑い声が包む。


「まあ、積もる話もあるでしょうが、本日はお疲れでしょう。良ければ私の家にお越し下さい。是非ともお礼をさせて頂きたいのです」


「ありがとう! えーと……」


「私はこの里の長、ルクスと申します」


「私のお父さんだよーー!」


 まさかルカの父親が、里長だとは全く予想していなかった。が、まあ俺にとっては好都合。この世界に来たばかりで、どこにも行く当てのない俺にとって、何よりも重要なことは、知り合いを増やすと言うことである。ルカのお陰でスムーズに妖狐の里に受け入れてもらえそうだし、滑り出しはなかなか好調だ。


 ルカの家は村の一番奥、少し高台になった場所にあった。家に入った直後、早速ルカが家の中を案内してくれた。


「イーナ様とナーシェはこっち! 3人はあっちの部屋を使って!」


「え…… お、私とナーシェが相部屋?」

 

 突然のルカの提案に少し焦る俺。そんな俺の様子を、不思議な表情で見つめる4人。俺の正体を知らない彼らにとっては何ら不自然な話ではないだろう。男と女で部屋を分ける。普通に考えれば当たり前のことである。


「そりゃそうですよね! ここは女の子同士、仲良く女子トークでもしましょう! 夜は長いですよ! イーナちゃん!」


 俺の手を握り、勢いよく部屋に向かうナーシェに、俺はなすすべもなく連行される。パーティの中に女性はナーシェ1人。同じ性別の女の子、つまり『俺』と出会えたことがよほど嬉しかったのだろう。普段からこれだけ男に囲まれているのなら気持ちもわかる。ナーシェの足取りはうきうきと軽かった。ナーシェに連れられて部屋に向かっていた道中もひたすらに自らの倫理観りんりかんに問いかけていた俺。


 いやさすがにまずいんじゃないか? 別にナーシェと一緒が嫌とかじゃなくて…… やっぱり年頃の女性だし、それに俺はこんな姿をしていても元々は男だし…… いやでも、今はこの姿だし問題ないといえば問題ないのかも知れないが……


 そんな俺の葛藤かっとうなど露知つゆしらず、部屋に入り扉を閉めるナーシェ。ナーシェは部屋の隅っこに持っていた荷物を下ろし、なにやらごそごそと荷物の中を漁っていた。


「あったあった!」


「何を探してるのナーシェ?」


「着替えですよ! 服も汚れちゃったので、着替えなきゃと思って!」


「あー……」


 同じ部屋に泊まることはまあ良いとしよう。ナーシェも冒険者らしいし、別に男と一緒の空間で寝る事くらい普通にあるだろう。だけど、着替えは流石にまずい。いや、全然まずくはないし、むしろありがたい話といえばありがたい話だけど、やっぱりここはよろしくない。なんといっても俺は紳士なのだから。うん。


「了解。じゃあ、お…… いや、私はあっち見とくね!」


 そう言って目を背けた俺に、不思議そうな表情を浮かべながら尋ねてくるナーシェ。


「え? なんでそっち見てるんです? それに、イーナちゃんも一緒に着替えましょうよ! さっきのオーガの件で大分汚れちゃってますよ?」


「いや、でも私着替え持ってないよ……」


 俺がそう口にしたちょうどその時、扉の開く音が部屋に響き渡った。扉を開いたのはルカである。ぱたぱたと忙しそうにしていたルカの手元には綺麗に折りたたまれた服が数着あった。


「イーナ様、さっき転んだときに大分汚れちゃったでしょ? 着替え持っていないかなと思って! ルカの服で良かったら使ってね! 後、インナーがこっちで…… こっちはまだ使ってないやつだから全然気にしなくて大丈夫だよ!」


「良かったですね! イーナちゃん! 早速着替えましょう!」


 笑顔で俺に迫ってくる2人。俺は引きつった笑顔を浮かべ、ルカから服を受け取ることしか出来なかった。ここまで用意してくれたのに、それにわざわざ家に泊めてくれるというのに、汚い服のままお邪魔するというのも申し訳ない話であったのだ。


「うん…… ありがとうルカ……」


 ルカが扉を閉めた直後、早速着ていた衣服を脱ぎだしたナーシェ。裾が汚れたローブを脱ぎ捨て、ナーシェはインナーにも手をかけた。


 いや、変に意識するからいけない。今の俺は少女。今の俺は少女。何ら問題の無い行為であるのだ。うん。俺はひたすらに自分にそう言い聞かせていた。


 まあ、ナーシェの着替え問題はこの際良いとしよう。もう一つ、俺には直面している大きな問題がある。


――俺…… こんな服を着るの……?


 ルカが持ってきてくれた服はひらひらがついた可愛い女の子らしい服であった。そして女性もののインナー。ルカの物という事実がまた俺の罪悪感に拍車はくしゃをかける。いくら使ってないとは言え、女性物のインナー…… もちろん今まで何回も見たことはあると言えばあるが、いざ自分が着るとなれば話は別だ。気にしないでと言われても、それもなかなか難しい話だ。


 まあ、いずれにしてもまずはこの汚れた服を脱がないことには話は始まらない。服を脱いだ俺に、突然にインナー姿のナーシェが目をきらきらさせながら言葉をかけてきた。


「イーナちゃん本当に可愛い! お肌真っ白なんですね!」


 そういって俺の肌に触れてくるナーシェ。いや、まって近づいてくるのは反則だろう? 胸が眼に入るし…… あられもない姿を無防備むぼうびさらすナーシェに俺はもう我慢の限界だった。


――人間とは本当に難儀な物じゃな……


 かっかっかと笑うサクヤ。火照るように顔が熱くなる。同時に、俺の頭の中で何かが切れたような音が聞こえた気がした。そして、俺は思わず頭の中で叫んだのだ。


――だ、だれか助けてくれ!!!! もう勘弁してくれ!!!!

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