第9話 九尾の力
「俺達に
「そう! この前、オーガに襲われたときによくわかったんだ。お…… 私も、もっと強くならないとって。でも戦い方なんてわからないし……」
翌日、ルート達4人に、戦い方を教えてほしいと頼み込んだ俺。もちろん皆が別の任務があるであろう事は、当然わかった上で、無理を承知でお願いしていた。
九尾になったのはいいが、それにしたって今の俺はただの足手まといすぎる。このままではサクヤを助けるどころか、その前に俺が死んでしまうだろう。まずは、サクヤを助けるためにも、新たな世界へ向かうためにも、強くなる必要があるのだ。ルート達の助けを借りなくても、1人で生き抜いていけるように。
俺の思いが伝わったのだろうか、ルートが真剣な表情を浮かべ、問いかけてくる。
「イーナ、お前魔法は使えるのか?」
「わからない…… 試したことがないから……」
試したことはない。だけど、サクヤの言っていた九尾の力、本当に俺が使うことが出来るのなら、きっと魔法を使うことが出来るはずだ。確証こそ無いが自信はある。
「いいよ、それなら僕とナーシェで見てあげるよ! 九尾の力とやらも気になるしね! 外においでイーナ」
あっけらかんとした様子で、そう答えてくれたロッド。その言葉に、俺は安堵し息をつく。そして早速、俺はロッドについて外に向かった。他の3人も、そしてルカも、俺達の後ろをぞろぞろとついてくる。ロッドが向かったのは妖狐の里の外れにある少し開けた場所。
「イーナ、魔法の仕組みについては知ってるかい?」
俺はロッドの言葉に首を横に振った。魔法なんてわかるわけ無い。今まで俺の人生の中で、魔法なんて見たことがなかったし当然だ。ロッド自身も、その答えは想定済だったようで、そのまま説明を続けてくれた。
「この世界にはマナと呼ばれる成分が沢山ある。そのマナを利用して発動するのが魔法なんだ」
「マナを使って発動する……」
「そう、でも誰もがそう簡単に、マナを自由に使えるというわけじゃない。そこで、マナを使うための手段が
なんだか難しい話であるが、何となくはわかってきた。要は、空気のようにそこかしこにあるマナという物質を、魔法使い達は術式という儀式を通じて使用して、派手な魔法を発動しているのだ。
「じゃあ、術式ってやつさえ上手く使えれば、誰でも魔法が使えるって言うこと?」
「まあそうなんだけど…… そうも簡単にいかなくて、どういう原理かはわからないんだけど、使える魔法の属性は人によって違うんだ」
「属性?」
「そう、例えば僕は炎の魔法、ナーシェは治癒魔法って言う感じでね。マナを使えたとしても、誰もが同じ魔法を使えるとは限らないんだ。もちろん魔法を使えない人達だって沢山いる。ルートやハイン達もそうなんだよ」
なるほど、魔法使いというものは結構選ばれた存在であるようだ。当然と言えば当然だが、誰でもかんでも魔法なんて使えるなんて、そんな夢みたいな話はなかなか無いようだ。
もし、魔法が使えたとして、自分の魔法属性は何なのか? まずはそれを知ることが重要そうである。治癒魔法というのは非常に魅力的だが、ロッドが使っていたような炎の魔法というのもまた格好いいし……
「炎? 炎なら私も出せるよ! 見てて!」
そんな事を考えていた矢先のことである。俺と一緒にロッドの話を聞いていたルカが元気よくそう答えたのだ。そして、ルカは得意げな様子で、自らの小さな手をゆっくりと身体の前へと差し出した。ルカの周りにだんだんと空気が
「えい!」
ルカの言葉と同時に、ルカの小さな掌の上に小さな炎の魂が生成する。その光景に俺だけではなく、ロッドも他の3人も驚きの表情を浮かべていた。
「まさか……
――おい、サクヤ…… 妖狐ってこんな力を持っていたのか?
――そうじゃ、あまり妖狐の力をなめるでないぞ。妖狐は炎を操る一族。九尾となった今なら、おぬしだってそのくらいすぐに出来るはずじゃ。手を差し出して掌に集中してみろ。炎をイメージするのじゃ。
掌に集中…… サクヤの言葉通り、俺はゆっくりと手を身体の前へと差し出し、掌の中央に意識を集中させる。だんだんと掌の真ん中が熱くなっていくのがわかる。炎をイメージ…… 炎をイメージ…… 炎……
「……!」
もう少しで上手く行きそうだ。目を瞑ったまま、俺はひたすらに掌の先に集中する。炎だ、炎をイメージするんだ。大丈夫、大分掌の先に不思議な力は感じられている。
……集中。集中。
「おい、イーナ!!」
突然にロッドの声が響く。ふと、現実に引き戻されて目を開けた俺。気が付けば、俺の掌の先には、ロッドやルカが作り出した炎の塊とは比べものにならないほど大きな炎の塊が、渦を巻くような音を立てながら作り出されていた。
「すごいじゃないか! それも九尾の力ってやつ?」
興奮した様子で俺に近づいてくるロッド。どうやら私の使える魔法は炎の魔法だったようだ。治癒魔法ではなくて少し残念ではあるが、思ったよりもスムーズに魔法の発動はできたようで、一安心である。あとは……
あとは……?
「……ねえ、ロッド? ところで、これどうやって消せば良いの?」
炎の玉を生成することに全集中していた俺は、その後のことを考えていなかった。とりあえずルカが先ほど作り出した炎の玉はすごく小さかったため、すぐにそのまま消えたが、俺の目の前にある、『この大きな塊』はとても自然には消滅しそうにないほどの大きさであったのだ。
「……」
黙りこむロッド。どうやらこれは結構まずい事態のようだ。大きくなった炎の塊はもう掌の先に留めておくのも限界が近い。何とか形を保つことをイメージするのだけで精一杯である。
「ちょっと? ロッド?」
「ごめんイーナ。まさかそんな大きな魔法を発動できるなんて思ってもなかったから…… その後のことは考えてなかった」
いやいやいや。ちょっと待って! こんな大きな塊。暴発でもしたら、死人が出たとしても不思議ではない。
「やばい! やばい! もう限界!」
目の前の大きな塊はすでに半ば俺のコントロールを失いつつあった。もういつ俺の手を離れてコントロールを失っても不思議ではない、そんな状態。そんな中、とっさにロッドの声が聞こえた。
「あっちだ! イーナ! あっちに飛ばして!」
「あっち?」
「大丈夫! 平原の方向なら、誰もいないから!」
必死で、目の前に広がるレェーヴ平原の方を指さし叫ぶロッド。確かに平原の方向なら、魔法が暴発してしまったとしても、被害は出ないはずだ。俺は手元に生成された火の玉を、ロッドの指さした方向、開けた平原の方に持っていこうとした。出来るだけ刺激しないように、慎重に…… 慎重に。
そして、ちょうどそちらの方を向いた瞬間に、俺の作り出した火の玉は、俺のコントロールの元を離れた。凄まじい光と共に放たれた魔法。気が付けば、俺の目の前100mほどは更地に変わっていた。
「やば……」
まさかこんな力を秘めているとは全く思っていなかった俺は、呆然とその更地を眺めていた。そんな俺の元に、ロッドとナーシェが駆け寄ってきた。
「すごいよイーナ!」
「イーナちゃんすごい!」
興奮した様子の2人。俺だってまさかここまでの魔法が使えるだなんて、思っても見なかった。凄まじい威力の魔法であるが、ここまで高出力ともなれば、制御すること自体難しい。
「どうしたのイーナ? そんな複雑そうな顔をして?」
「だって、ここまでの威力なのはいいけど、こんなの制御出来る気がしないんだもの……」
「大丈夫、そのために術式があるんだよ! 術式って要はマナを制御する為の物だから、きっとここまですごい魔力を持っているのならイーナならすごい魔法使いになれるはずだよ!」
笑顔で答えるロッド。ロッドの表情を見ているとなんだか俺もいけそうな気がしてくる。少なくとも、九尾の力を俺も使えると言うことがはっきりしたのだ。後は…… この力を俺が使いこなせれば、きっと危険なモンスターで溢れるこの世界でも生き抜いていける。
気を取り直した俺は、ロッドから教えてもらった術式の言葉を口にしながら、もう一度魔法を発動しようと試みた
「炎の精霊カグツチよ…… 我に力を与えたまえ……」
手の先に集中しながらそう言葉を口にする。さっきと同じように掌に温かい感覚が伝わってくる。たったそれだけの言葉ではあったが、何故か先ほどとは異なり上手く魔法を制御出来そうであった。不思議なものである。
「いいよ! イーナ! さあ術式を唱えて!」
「炎の術式!
魔法というものは使う人間によって姿を変える。この術式と呼ばれるもの。それはある種のルーティンのようなものだ。その原理まではまだ詳しくはわかっていないらしいが、術式を詠唱することにより、集中力を高め、より鮮明な魔法のイメージを使用者の脳裏に浮かび上がらせるというものらしい。そして、術式は使う人によって違う。この『紅炎』という名は、俺が炎の魔法をイメージしたときに、最初にぱっと思いついた言葉だった。
実際に使ってみて初めてわかったが、術式というものは実に便利なものだ。現に、炎の玉は俺の思い描いた方向へと飛んでいった。術式を使えば、十分制御出来そうだ。実践でも使えそうである。これは俺にとっても大きな収穫だった。
「すごい、すごいよロッド! この炎の魔法なら使えそうだよ!」
サクヤとロッド達のお陰で少し希望の光が見えてきた。まだまだ鍛錬は必要そうだが、俺もこれならば皆と共に戦えそうである。喜びを共にする俺とロッド。はじめて魔法が使えたという喜びに浸っていた俺の元へと、ハインが近づいてくる。
「おい、イーナ。次は近接戦闘だ。今度は俺が教えるぜ!」
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