第10話 私、もっと強くなりたいです!


「近接戦闘? でも魔法が使えれば大丈夫なんじゃ……?」


 確かに、近接戦闘という言葉はかっこいい。剣を手に前線をかける姿は、何よりもロマンが溢れるものだ。だけど、俺はただの少女。今は九尾の力を持っているとは言え、元々はただの一般人。スポーツに関しては、俺はどちらかと言えば苦手な集団の1人だったし、ルートやハインのように、華麗に戦う自分が全く想像できなかった。


「甘いな。近距離では魔法よりも剣の方が早い。それにいくら魔法が得意だからと言って、自ら可能性を狭める必要は無いだろう。ほら、これを受け取れ」


 持っていた木刀を俺に渡してきたハイン。木刀を握ってみるが、この身体になって筋力が落ちたせいか、木で出来た刀は、ずいぶんと重く感じた。ずっしりと俺の腕を包み込む剣の重みに、構えるのも一苦労。剣を振るどころか、手にしているだけでも、すぐに筋肉痛になってしまいそうである。


「イーナ、かかってこい。俺から1本を取る、それが出来れば、お前はさらに強くなれる」


――かかってこいって言ったって……


 どうあがいたって無理に決まっている。そもそも剣を構えることだけで、なかなかにしんどいというのに、この状態で素早く動けるなんて、とても思えない。そんな諦めにも似た感情を持っていた俺に、サクヤが声をかけてくる。


――やるのじゃイーナ。おぬしには強くなってもらわねば困るのじゃ。


――やるったって、どうするのさ…… 


――九尾の真の力、それを引き出すためには、心技体のバランスが必要になる。この特訓は必ずやおぬしのためになる。それにやつは中々の腕前と見た。こんな機会はそうはあるまい。


――でも……


――ええい、『でも』だの『だけど』だの、言い訳が多いぞイーナ! おぬしは今は九尾なのじゃ! それもおぬしが自分で選んだのじゃろ? わらわを助けるって言ってくれたじゃろ? このくらいこなすことが出来ないで何が九尾じゃ!


 確かに言われてみればその通りだ。外に出れば、オーガみたいな化け物が闊歩かっぽしているであろう、この世界で生き抜いていくためには俺自身が強くならねばなるまい。結局九尾の魔法の力にだけ頼っているというわけにはいかないのは俺もわかっている。そう俺の考えが甘かったのだ。ここは油断をすればすぐに死が待っている世界。強くなければ、強くならなければ、生き残れないそんな世界なのだ。


――ごめんサクヤ。俺が間違ってたよ! やってみる! やらなきゃなにも変わらないよね!


――そうじゃイーナ! おぬしなら出来る! わらわが選んだおぬしなら!


――ええい、駄目で元々よ!


 剣を構えるハインに、俺は思いっきり突っ込んでいった。剣の振り方も、立ち回りも何にもわからなかったが、もう半ばやけになり、俺はハインめがけて全力で剣を振るうべく、脚を、そして身体を動かしたのだ。


「うりゃああああ!」


 良かったのは威勢いせいだけであった。いざ剣を振ろうとしたそのときに、剣の重さに俺の腕の方が負け、思いっきり身体のバランスを崩す。俺のへなちょこな兼筋は、もはや『剣を振る』と言うよりも、『剣を手から落としかけた』という表現の方が適切であった。ハインにとっては受けるまでもなかったのだろう。軽々とかわすハイン。そして、苦笑いを浮かべながらハインは俺にむけて言葉をかけてきた。


「……まあ、人には向き不向きって物があるものだ…… 良いじゃないかイーナ、お前は魔法の方が向いているようだ……」


 そんな事なんて、言われなくてもわかっている。だけど、ここまで何も出来ないという自分が情けなくて仕方無い。以前の俺なら、向き不向きという便利な言葉を盾に、ここで諦めていただろう。だけど、俺は生まれ変わった。この世界にせっかく生まれ変わったというのに、また逃げ続けているというのではなにも変わらないのだ。今の俺は九尾という名を背負っているのだから。


「ハイン、無理を承知でお願いしたい。私に剣を教えて欲しい。もちろん魔法の方が『今の私』に向いているなんてことはわかってる。それでも…… ハインの言葉通り、自分の可能性を狭めたくないんだ…… もちろん、魔法もきちんと鍛える! だからお願い!」


「だが……」


 複雑そうな表情を浮かべたハイン。だけど、そう簡単に引き下がるつもりはもう無い。俺にだって意地はある。


「頼む! 稽古をつけてくれるというのなら何だってする! お願い!」


「……わかった、そこまで言うのなら、ここにいる間、俺がお前の面倒を見る。だが、俺からも一つ条件がある!」


「条件……?」


 聞き返した俺に、ハインはニヤニヤと笑みを浮かべながら迫ってくる。そうここで、俺は先ほど自分が勢いで口走ってしまった言葉を思い出した。


『稽古をつけてくれるというのなら何だってする』


 なんだ、いやらしいことでも俺にするつもりか? くそおおおおお! でも約束とあらば仕方無い。覚悟を決めた俺は、諦めながらハインに言葉を返した。


「……私に出来ることなら良いよ……」


 近くで見れば見るほど、がたいのいいハイン。きっとハインに迫られれば、今の非力な俺ではなにも抵抗ていこうできないだろう。だけどもう言ってしまったものは仕方が無い。男に二言はないのだ。


「おまえ…… 何か勘違いしていないか?」


 もじもじとしていた俺に、ハインはというと、あきれた様子を浮かべていた。急に恥ずかしくなってきた俺。少しでも、変なことを考えてしまっていた自分が情けないというか…… そんな事など露知らず、ハインは何も変わらぬ様子で、言葉を続ける。


「今日から毎日、剣を1000回振るんだ。それが出来なければお前に教えられることは何もない」


「1000回!?」


「何でもするって言ったよな? イーナ?」


 そう言ってしまったものは仕方が無い。後悔したところで今更遅いのだ。男に二言は…… ない……


「わかったよ……」


 それから俺は、ハインと共に夜まで剣を振り続けた。他の3人は里の周辺の調査を行うとのことで、早々に俺達の元を去ってしまったが、それでもハインは1人残り、俺の剣術訓練に付き合ってくれていた。素振りの最中、時々入ったハインの指導により、少しずつであるが、正しい剣の振り方というのもわかってきた気がする。


 最初はまともに木刀を振ること自体、俺に取っては大変難しかったが、繰り返し剣を振るにつれだんだんとコツも掴みかけてきた。九尾の若い身体になったからか、不思議と人間だった頃よりは疲れなかったが、それでも流石に腕は鉛のように重くなっていた。


「お疲れ様! イーナ様!」


 家へと戻った俺達を、笑顔で出迎えてくれたのはルカだった。もうすっかり疲れ果てた俺だったが、ルカの笑顔を見ていると、なんだかたまっていた疲れも少し抜けた気がしてくる。


「イーナ、明日は俺も調査に合流する。明日は1人でやるんだ。大丈夫だよな?」


 今日つきっきりで俺の指導をしてくれたハインが、そう俺に伝えてきた。ハインにもハインの事情がある以上仕方の無いことだ。それでも、ルート達はしばらくこの村を拠点に周囲の調査をするらしく、夜にはこの村に帰ってくるとのことだ。


「ありがとうハイン! 大丈夫だよ! ちゃんと振っておく! 約束だからね!」


 俺の言葉に笑顔を返すハイン。そんな俺達にルカが嬉しそうにはしゃぎながら言葉をかけてきた。


「イーナ様! あのね! 修行お疲れ様! それでね…… ルカ、皆と行きたいところがあるんだ!」


「行きたいところ?」


「ちょっと待っててね! ナーシェ達にも声をかけてくる!」


 正直、すぐにでも布団に入ってしまいたいところではあったが、楽しそうにしているルカの姿を見ていると、なんだか断るというのも申し訳がない。かろやかな足取りでナーシェ達を呼びに行ったルカを、俺はハインと2人で待っていた。


 そして、すぐに戻ってきたルカ。合流した皆と共に、俺はルカにただただついていく。一体どこに行くというのだろう?


「ついたよ!」


 ルカが足を止めたのは、里の奥にあるお店の前だった。次々と中に入っていく妖狐達の姿が見える。なにかのイベントスペースだろうか。


 ふと、周囲に良い香りが漂ってくる。それと同時に、俺はここが何の施設なのか理解した。あの独特な臭い。疲れがたまっていた俺にとっては、何よりものご褒美ほうび


「ルカ、ここって……」


「妖狐の里にある温泉だよ!」

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