わたし、九尾になりました!! ~前世は獣医師だった俺、転生して九尾の少女になったけど、モンスターに囲まれた異世界ライフも悪くはなかったみたいです。というか、最高です~
惟名 瑞希
わたし、九尾になりました
第1話 何処かで聞いたようなよくある話
「今日からは、おぬしが
目の前で、そう語ったのは、九尾の妖狐。彼女は九尾という名にふさわしく
彼女の名はサクヤ。俺に向けてゆっくりと自らの手をさしのべたサクヤ。透き通るように白く、細い彼女の手に、俺もゆっくりと自らの手を差し出す。手の平にサクヤの熱を感じると共に、俺は、自らの身体の中に何かが入ってくるのを感じていた。
――頼んだぞ、イーナよ。
俺が俺でなくなっていく感覚の中、脳裏に響き渡るのはサクヤの声。次第に白に包まれていく視界。もう身体の感覚は無い。意識だけが残された中、不思議な浮遊感に包まれた俺は、少しだけ恐怖を感じていた。
自分が自分でなくなるという未知の感覚。真っ白な海の中に、自分の意識だけがふわふわと浮いているような…… そんな、不思議な感覚。
次第に身体の感覚が戻ってくる。最初は顔、首…… そして、胴体、四肢と広がっていく。
腕は…… うん動かせるな。脚も動かせる。だが、どうにも違和感がすごい。
視界が鮮明になってくる。確かに、先ほどまで自分が立っていた場所である事は間違いない。だが、何かが違うのだ。明らかに何かが違うのだ。天井がさっきよりも遠くなり、世界が広がったようなそんな感覚。
そして、自らの新しい身体を確認した俺はようやく気付く。
実際に世界が広がったということに。手も足も、そして身体も今までの俺とは全く異なるのだ。すっかり小さくなってしまった『新しい俺』の身体は、『今までの俺』の身体ではなかった。
そう、この時より俺は九尾の少女『イーナ』になったのだ。
事の発端は、少し前に遡る。
………………………………………
俺、イーナこと
次々に訪れる動物たちを相手に走り回っているうちに一日が終わり、たまの休みの日といえば、疲れ果てて眠ってしまい、気が付けばなにもしないまま一日が終わっていく。そんな繰り返しの毎日。
同じく、この世界を志した友人も沢山いた。一緒に臨床の世界で生きていこうなんて、夢を語り合ったこともあった。だけど、気が付けば、そんな友人も1人、また1人と減っていき、皆違う道に進んでいったのだ。所詮雇われ医である以上、収入が良いというわけでも無ければ、決して安定した仕事というわけでもない。
だけど、それでも俺は、動物が好きだというその一心で、何とかこの道に残り続けていた。
その日も、いつもと同じ
そして、うとうとしたのが運の尽き、気が付けば、目の前には崖。慌ててブレーキを踏むも、時すでに遅し。ガードレールに勢いよく突っ込んだ俺の車。激しい音を上げながら、そのままガードレールを突き破っていく。眼下に広がるのは、俺を地獄に引きずり込もうとしているとさえ思えるほどに深い、それは深い闇。
――あ、死ぬ……
そう悟ってからの時間は大変長く感じた。まるで永遠の時かと思うほどに、周りの風景がスローモーションで流れていく。そこからはよく覚えていない。だが、俺の人生がこれでおしまいだということだけはわかった。なんと言っても崖に車ごと突っ込んでいったのだから。
………………………………………
ふと優しい風が吹き込んで来て俺を包み込んでいく。心地よい風が自然の爽やかな香りを運んでくる。次第に明るくなっていく視界。俺の目の前には、鮮やかな緑の木々と、澄んだ青い空が広がっていた。
「天国って本当にあったんだ」
思わず俺の口からそんな言葉が漏れる。ここがどこなのかはわからなかった。それでも、こんな楽園のような場所、俺が事故で死んだという事実から考えると、天国であると言うこと以外、俺には考えられなかった。
俺にそう確信させたのは、日頃の仕事の疲労で、鉛のように重かった身体が、嘘のように軽くなっていたと言うこともある。あのとき俺は、確かに崖から落ちたはずなのに、身体に怪我もなければ痛みも全くない。そんな事、死んで天国に来たと言う以外、他に理由なんて考えられない。
寝そべりながらそのまま呆然と宙を眺めていた俺。木々の隙間をさえずりながら小鳥が数匹飛んでいくのが見える。まるで天使のダンスのように踊る小鳥たち。気まぐれで、俺は身体を起こし、そっと彼らに近づいてみた。
ゆっくりと小鳥に手を伸ばそうとしたとき、首元にかかっていた聴診器がぶつかり合い、小さな音が響く。
その音に驚いたのか、ばさばさと羽音を立てながら、飛び去っていく小鳥たち。先ほどまで小鳥たちのダンスで賑やかだった世界は急に静かになり、俺はふと1人見知らぬ世界に取り残されてしまったんだという寂しさに襲われた。
「俺、本当に死んじゃったのかなあ……」
不思議なことに、俺がその時一番に思い浮かんだのは、自分が担当をしていたわんちゃんや猫ちゃん達の事であった。
別に俺がいたっていなくたって、他の獣医さんがいるし、あの子達の治療には何ら影響ないことはわかっている。
それでも俺は、あの子達を最後まで診てあげられなかったという事、何よりもう彼らに会えなくなってしまうということが辛かった。
なにせ、彼らと触れあうことは、忙しい日々の中で、俺にとってはまさに唯一の生きがいと言っても良かったのだ。
「……あの子達元気で生きていけるかな」
ふと心の声が漏れる。そしてそう呟いたのと同時に、がさっと茂みの揺れるような音が俺の耳に届いた。ぱっと音がした方に反応した俺。目に飛び込んできたのは、小さな動物の姿であった。
モフモフとした耳、そして尻尾。その動物はすぐに茂みに隠れてしまったため、正体まではわからなかったが、おそらく犬か狐かそのくらいの小さな動物だろう。
「……待って!」
思わず、俺はその動物を呼び止めていた。言葉なんて通じるはずがないのに。だが、俺の声に呼応するかのように、がさがさと揺れていた茂みの音が止まる。
茂みの隙間から、先ほど少しだけ見えた小さな耳がひょこひょこと時々顔を覗かせる。どうやらその動物は動きを止めて、こちらの様子を伺っているようだ。まるで俺の言葉を理解したかのように。
「大丈夫……怯えなくても大丈夫!」
俺はゆっくりと音のした方へと近づいていった。茂みの奥からこちらを伺っている小さな動物はこちらに関心があるのか、はたまた恐怖で動けないのか、全く茂みから動こうとしない。
茂みの間から見える黄色がかった動物の毛並みは、野生の動物とは思えないほど綺麗に整っていた。くりっとした丸い目が草むらの間から見え隠れする。
さらに近づくと、俺もよく見たことのあった動物の姿が
――こんな狐見たことない……
先ほどまでの寂しさはどこへやら。俺は珍しい動物を見つけた興奮で胸を躍らせていた。いろんな動物をこれまで見てきたつもりではあったが、尻尾が分かれている狐を見たのは初めてである。
狐を怖がらせないように、そっと近くへと寄っていった俺。狐はこちらの様子を伺いながら、何処か怯えているようであった。
よく見ると、狐の脚からは血が流れている。
「そっか、怪我をしちゃったんだね」
狐は全く逃げるような様子はなかった。そっと近寄り、狐の傷口を確かめてみる。少し出血こそしているものの、傷は浅そうだ。これくらいならば、止血だけしておけば問題は無いだろう。本当は消毒もした方が良いだろうが、手元に消毒薬がない以上仕方が無い。
一応何か持っていないかとポケットに手を突っ込んで確認してみる。そこにあったのは愛用のハンカチ。まあこれでも何もしないよりはマシだろう。ハンカチで、狐の脚を優しく縛る。すると、狐は立ち上がり、俺を誘っているかのようにゆっくりと歩き出した。
「待って!」
慌てて追いかける俺。だが、狐は俺から逃げる様子は見せずに、こちらの様子をちらちらと見ながら、ゆっくりと何処かへ向けて歩いて行く。そして、狐に誘われてたどり着いた先、そこは岩肌にぽっかりと開いた洞窟であった。
洞窟の中は暗くてよく見えない。だが、俺をここまで導いていった狐は確かにその奥へ入っていったのだ。俺は夢中で狐の後を付いていった。もう見知らぬ世界への不安や恐れというような感情は何処かへと消え去っていた。
「おーい!」
すっかり狐に夢中だった俺は、つい無防備にも洞窟の中に向けて大きな声を上げてしまったのだ。そして、俺の声に呼応し、突然聞こえてきた声に、俺は一気に冷静を取り戻すことになる。
「……だれじゃ?」
聞こえてきたのは女の声。声が聞こえてくるのとほとんど同時に、洞窟の中、直線に配置された、たいまつに一気に火が灯り、内部が明るく照らされる。明るくなった洞窟の奥、俺の目に飛び込んできたのは、怪しげな女の姿であった。
白い髪をなびかせながらこちらの様子を見ている女。その姿は大変美しかったが、普通の女ではないことは明らかである。女の背中には大きな尻尾が九本、ちらりちらりと見え隠れしていたのだ。
まあそもそもこんな洞窟の奥に1人でいる女なんて普通じゃない。だが、何よりも普通ではなかったのは、女の口の周りは血にまみれ、手には
「……間違えたので、これで失礼しますね!」
これはやばい。こいつはやばい。明らかにやばい。震える身体を押さえながら、俺は何とかこの場を去ろうと、ごまかすようにそう口にした。だが、そんな俺に
「……待つのじゃ」
いや、美味しくないです。僕、美味しくないです。こんないい年した男なんてクソも美味しくないです! 獲物ならもっと美味しい奴がいますから!
「わらわが誰か分かるか? 人間よ」
わかりません!そう元気に答えようとしたが声が出ない。とんだ狐の恩返しである。まさか怪我を治して上げたら、こんな恐ろしい目に合わされるなんて…… そんな俺の心の声を理解していたのだろうか、女はさらに言葉を続けた。
「そんなに怯えずとも、取って食いはせん。わらわは
「……飯名…… 飯名航平……」
なんとか声が出るようになった。おぼつかない口ぶりで、俺は自らの名を口にする。
「ふむ、なにやらよくわからんがイーナで良いじゃろう」
状況がよくわからないが、何とか会話は出来ているようだ。ひとまずは襲ってくるような様子も無いようである。全くもって油断は出来ないが……
――それにしても…… この女、さっき妖狐って言ったよな……
こいつも狐だって言うことなのか……? さっき助けた狐が女の姿に化けて俺に恩返しをしようとしてくれているのか? まさか…… ファンタジーの見過ぎである。そう思っていた俺に、驚くべき事に、九尾は頭を下げながら礼を言ってきたのだ。
「イーナよ、さっきはわらわの一族を助けてくれたようじゃな。礼を言う」
やはり、さっきの狐と何らかの関係があるようだ。それに、この女、どうやら第一印象で感じた恐ろしい雰囲気とは異なり、そんなに悪い奴ではなさそうだ。とりあえずいきなり取って食われると言ったような雰囲気ではなさそうだ。少しだけ冷静を取り戻してきた俺は、まだおそるおそるではあったが、九尾の狐に言葉を返した。
「……見てたの?」
「九尾の力なめるでないぞ。わらわにはわかるのじゃ。それに、おぬしはどうやら不思議な術を使うようだ……」
「術……?」
術なんて今まで発動した事も無ければ、見たことすらない。不思議な術を使えるとか、まだ小さかった頃の俺はそんな少年漫画に夢中になったことはあれど、大人になった今、そんなものの存在なんて到底信じられるような話ではなかったのだ。そして、まだ状況を読み込めていなかった俺をよそに、女は小さな声で呟く。
「おぬしの力なら……わらわも助かるかも知れん……」
助かる?それってどういう……
すっかり話について行けず困惑している俺に、九尾は妖しい笑みを浮かべながら問いかけてきた。
「イーナよ、おぬし…… 九尾として生きていくつもりはないか?」
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