第6話 ガール・ミーツ・カルテット


 パーティーのリーダー、ルートと名乗った青年に続き、他のメンバー達も自己紹介を始める。双剣を武器にオーガを攪乱かくらんしていた青年がハイン、そして魔法を使いこなしていた少年がロッドと言うらしい。


「イーナ様!! ご無事で良かった!」


 パーティの自己紹介も途中に、ルカが私の元へと駆け寄ってくる。心配そうな様子で慌てて走ってくるルカに、俺は笑顔で言葉を返した。


「ルカ、私は大丈夫! この方達が助けてくれたんだ!」


「イーナ様を助けてくれてありがとう! ございました!」


 まだ少し息を切らしていたルカは、ルート達に向かってぺこりと頭を下げる。


「おう! またずいぶんとちっこい子供だな! 元気そうで何よりだ!」


 頭を下げたルカに、声をかけたのはハインである。爽やか系のイケメンであるルートに比べると対照的に、切り揃えられた短髪、鍛え抜かれた筋肉質な身体のハインは、熱いスポーツマンと言ったような見た目であった。言動もまさに気のいいお兄さんといった感じだ。そんなハインのからかいに、ルカはと言うと、少し不満そうに、むくれていた。


「むー! ちっこい子供じゃないもん! ルカって言う名前だもん!」


 そんなルカの様子を見て、他の皆も笑顔を浮かべる。それにしても本当に彼らに出会えたことは幸運であった。


 もし、彼らがいなければどうなっていただろうか、想像しただけでも恐ろしい。すっかり笑顔に包まれていた俺達だったが、ふと、俺の足元へと目を移したナーシェが、心配そうな様子で口を開く。


「あ、イーナちゃん…… 怪我!」


「ホントだ」


 どうやらあの華麗なヘッドスライディングを決めたときに脚をすりむいていたようだ。


 あのときは夢中だったから全く気が付いていなかったが、落ち着いた今改めて自分の足を見るとなかなかに痛々しい傷が残っている。少しひりひりとはしているが、まあ処置をするまでのほどではないだろうと、俺はナーシェに言葉を返す。


「ああ…… このくらい大丈夫だよ! すぐに治るし……」


「駄目ですよ! 無理をしちゃ! ほらお姉さんに任せなさい!」


 そう言って俺の脚のすぐそばにしゃがみ込み、何かをとなえ始めたナーシェ。何を呟いているのかはわからないが、何かがだんだんとナーシェの元に集まっていくような、そんな感覚を俺は覚えていた。そして、ナーシェの手が俺の脚に近づくと同時に、なんだか傷口の辺りが温かい感覚に包まれていく。


「ねえ、ナーシェ。これは一体?」


「お前、まさか治癒魔法ちゆまほうを知らないのか?」


 俺の問いかけに言葉を返してきたのはルートだった。他の皆も驚いたような様子で俺の方を見つめていた。とはいえだ。知らないものは知らないし、ここで変に知ったかぶったところで仕方がない話。俺はルートの返答に、おそるおそる首を縦に振ったのだ。


 それにしても…… 治癒魔法。そんな便利なものがあるのか。俺は内心うらやましいと言う気持ちで一杯だった。それと同時に一体どういう原理で治癒するのか、そのメカニズムに俺は興味津々だったのだ。


 なんと言っても俺だって一応は医療の道を進んでいたのだ。それにサクヤを救うためにも、この世界の医療がどの程度進んでいるものなのか、それを知ることは俺にとって、そしてサクヤにとっても最も重要な第一歩であると言っても過言ではない。


 再び俺に治癒魔法を施してくれていたナーシェの方に視線を戻す。先ほどまで血がにじみ出ていた傷口が、ジュワジュワと言う音を立てながらどんどんと治っていく。不思議と痛みは全く感じない。


 初めて目の当たりにする、魔法で傷が治っていくという光景に、俺は完全に目を奪われていた。こんな光景を目の前に、興味が湧かない方が無理な話であるのだ。


「すごいね! 治癒魔法って一体どうなってるの!!」


「マナの力を借りて生き物の持っている再生力、それを高めているんですよ!生き物は細胞って言う小さな塊がいくつも……」


「おいおいナーシェ、そんな難しい話をしてもわからんだろ?」


 あきれた様子でそう呟いたのはハインであった。そして、はっとした様子で少し残念そうに凹むナーシェ。


「大丈夫だよ! 私もっと知りたい!」


 俺がそう言葉を返すと、落ち込んでいたナーシェの表情がぱあっと明るくなった。そして、そんな俺達の様子を見ていたハインが、笑顔を浮かべる。


「こりゃあ将来有望かもな! ナーシェ、お前の弟子にしたらどうだ?」


「こんな可愛い弟子なら100人でも200人でも欲しいくらいです! どうですかイーナちゃん、それにルカちゃん!」


 突然にナーシェに話を振られたルカは、ナーシェ達が何を言っているのかちんぷんかんぷんといった様子であった。一方で俺に取っては、その申し出は何よりも魅力的であったのは言うまでもない。そもそも、このなんだかよくわからない世界で、ようやく人間と出会えたのだ。治療魔法への興味もさることながら、もっと彼らの話を聞きたい、俺はもうその気持ちを抑えられなかったのだ。


「お兄さん達はどうしてここに? ここら辺は人間の住む街はないはずじゃ?」


「俺達はギルドに所属しているハンターだ。ギルドについては…… 知ってるか?」


 突然、ギルドなんて言われても、なかなかぴんとこない。ギルドという言葉自体は、ゲームやアニメ等で何度も見聞きしては来たが、実際には何をしている組織なのか俺もよくわかっていない。


「ギルドは人に被害をもたらすようなモンスターの討伐や、まだ調査の進んでいない地域の調査を主にしている組織なんだ」


 小柄な少年、魔法使いのロッドは、ルートの説明にいまいち、ぴんときてないような俺の様子を見かねて、補足するように言葉を続けた。


 ルートとハインに比べると、何歳か年下に見えるロッド。それでもロッドがかもし出している雰囲気は子供とは思えないほどずいぶんと大人びており、一目でとても賢そうな少年であると言うことは明らかだった。


「ここに来たのは?」


「調査だよ。ここら一体はモンスター達が暮らす世界。ここら一帯が『レェーヴ原野』と呼ばれているのは流石に知ってるだろ? 最近、この原野の支配者、『九尾』の力がずいぶんと弱ったらしくてな。生態系が大きく動いているという報告が相次いでいるというわけだ。レェーヴ原野はまだ調査が進んでいないこともあって、最近のギルドの調査の主要地域の一つなんだ」


 レェーヴ原野…… 全く聞き覚えない地名である。少なくとも俺の住んでいた日本でないことは確かだ。やっぱり俺は違う世界に来てしまったらしい。


 というか、九尾がレェーヴ原野の支配者? まさかサクヤがそんなすごい奴だとは夢にも思っていなかった俺は、その言葉についつい驚いてしまった。


――そうじゃぞ、わらわを見くびるなよ


 得意げに語りかけてくるサクヤ。まさか彼らも、話題にあげていた九尾がこんなに近くにいるとは想像すらしていないだろう。


 話し込んでいた間にどうやら俺の怪我の治療も終わっていたようだ。ナーシェが顔を上げ優しい笑顔を向けてくれた。


「はい! これで大丈夫ですよ!」


「あ、ありがとう……」


 脚の傷口は完全に治っており、元の真っ白でもちもちとした肌が見える。痛みも全くと言っていいほど感じない。凄まじい力だ。治癒魔法…… 恐ろしいとすら思えるほどの力である。


 もちろんルートやハインの剣の腕や、ロッドの魔法というのも俺からしたら信じられないほどの力である事は確かだが、何よりも俺が関心があったのは他ならぬナーシェの力である。


「さてと…… ナーシェの治療も終わったし移動するぞ! イーナ、ルカ、お前達の村はここから近いのか?」


「うん! ここからもうちょっとの所だよ!」


 ルートの言うとおり、この場にずっと留まっていると言うのも危険である。いつあのオーガが襲ってくるかと思うと冷や汗も止まらない。


 俺もルートのその提案には賛成だが、気になることと言えば、4人はおろか俺もまだ妖狐の里とやらに行ったことがないのに、いきなり里に押しかけてしまって良いものかと言う事だ。妖狐の里の皆がルカのようにフレンドリーな妖狐達ばっかりというのなら大丈夫そうだが……


 そんな俺の心配をよそに、ルートは背負っていた大きな大剣を下ろしハインへと預けた。一体何をしているのだろう? そんな事を思っていた俺だったが、ふと身体が宙に浮くような感覚を感じる。

 

「なっ……」


「イーナ、お前怪我が治ったとは言え、まだ安静にしておいた方がいい。気にするな、大したことは無い」


 気が付けば俺の目の前にはルートの鍛え抜かれた背中が広がっていた。


「いや…… でも!」


「そうですよ! 安静にしておかないと……!」


 ナーシェが真剣な表情で俺を諫める。ルートに負担をかけて悪いという気持ちはもちろんあったが、何よりも急に自分の身体が宙に浮いたと言う事に俺が驚いてしまったというのが大きい。俺だって言ってしまえばいい年の大人。おんぶなんて思い返せば子供の時からされたような思い出はない。


 それに何となく気まずいのだ。今は少女の姿をしているとは言え、男に抱かれている自分が少しこっぱずかしいというか、情けないというか、まあ要は複雑な感情が俺の中で渦巻いていたのだ。


――人間とは難儀なんぎな生き物なのじゃな……


――こんな扱いをされるのに、慣れてないんだから仕方無いでしょ


 そうは言ってもだ。最初こそ抵抗があったものの、しばらくルートの背中に揺られていると、不思議なことにだんだんとその揺れが心地よくなってきた。これはこれで悪くはない…… のかも知れない。


 それからルートの背中に揺られること30分ほど、遂に俺達は妖狐の里へとたどり着いたのである。

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