3

 

「どうでしょうか」

「相当無茶をしたようですからな。でも二、三日したら、歩けるようになるでしょう」

「そうですか……。一時はどうなるかと、心配しましたけど」

「静かに休ませてあげなさい。精神的にも疲れているようですから」

「はい。どうもありがとうございました」


 時子と医師の会話が、おぼろげに聞こえる。目を微かに開けると、さあっと天井が落ちてきそうだった。

「今、夜、それとも昼?」

「夜ですよ。……気がついたのね。きのうは一日中、酷い熱だったのよ」

「まだ、だめだ。なんにもできない」

「あたりまえよ、あんなことするんですもの。わたしはね、病人だからと言って、優しくしないから」

「分かっている。そんなに、怒らなくても……」

 卓哉は、また心が消えていくのを感じた。


 明るい日差しで目を開けると、時子が枕元で正座して編物をしていた。長い年月、ずっと眠っていたようだった。

「気分は、どう?」

「うん、もう大丈夫」

「何か、食べる?」

「いや、まだいい」


「どうしたの、何があったの」

 時子がぼくを見詰めて言った。

 ぼくは答えず、目を閉じた。

「安心した……」

「うん?」

「東京に帰ったしまったんではないかと、思った」

「馬鹿ね、わたしは、ここにしか、いるところがないの」


 卓哉は大きく息を吸い込んで言った。

「温かい。太陽がこんなに優しいなんて、今まで知らなかった」

 太陽の日差しの中で、またウトウトした。


 目を覚ますと、時子はいなかった。

 全身から力が湧いてきて、卓哉はそっと起き上がってみた。ふらっと体が揺れたが、立っていることができた。パジャマを脱いで、セーターとジーンズに着替えた。そして、ゆっくりとした足取りで庭に下りた。


 小春日和の夕暮れだった。

 今日も焚火の煙が白く上がっている。煙は白く揺らいで天空に溶けていく。足音も、焚火の音も、枯葉の揺れる音も、すっと立ち上っていく。


 卓哉はゆっくりと本堂に向かって歩いていった。

 祖父が美しい声で経を読んでいる。遠い夢の国のようだった。

 本堂の前で白い菊の花を一本摘んで墓地のほうに歩いていった。


 まだ、感情は白い霧の中でさまよっている。自分の心を、卓哉はまだはっきりと掴めていなかった。それでいて、自分を確かめたいという気持ちも起きないのであった。


 卓哉は父母の暮石の前に立つと、無造作に菊を供えた。そして黙とうする。長い間そうしていた。

 枯葉がまばらになった木々の梢から、黄昏時の淡い空が見える。

 そっとその場から離れた。


 時子が祖母と共に庭を掃いていた。


 大空を見上げた時、卓哉は無性に可笑しくなった。何も考えていなかったし、はっきりした意思もなかった。それでいて、腹の底から得体の知れない虚ろな笑いが湧いてくるのだった。


 卓哉はただ可笑しかった。コトコト笑いながら境内を回って行った。


    完結

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枯葉降る季節に サトヒロ @2549a3562

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