後編



 十二月のある日、関東全域に大雪が降った。

 引退した身としては炬燵こたつ熱燗あっかんでもチビチビやりたいものだが、学校が休みにならぬのであれば出かけていかねばならない。

 雨合羽と長靴で完全武装して出かければ、二十八号の奴は頭に笠を被って雪をしのいでいる。まるで笠地蔵だ。肩幅が広くて笠ではカバーしきれず胴には雪が積もっていたが。

 見ちゃいられない。手袋をはめ払ってやると、奴は申し訳なさそうに応じる。


「どうもスイマセン。今日はお休みなのかと思っていました」

「どうしてだ? お前だけを雪の中に立たせておくと思ったのか?」

「だって、近頃は……具合が悪そうなもので」


「……気付いていたのか。お前のことだから病院のデータはネットで閲覧えつらん済みなんだろう?」

「もう仕事は私だけでもこなせます。どうか、こんな日は自宅で体を休めて下さい」

「残り少ない寿命が更に縮んでしまうからなぁ……」


「寂しいことを言わないで下さい」

「馬鹿野郎。ついさっき一人でもやれると言ったばかりだろうが。そんな顔をするな、もう子ども達がやって来るぞ」

「私はいつもこんな顔です」


 雪は一向に止む気配もない。

 並んで黙りこくっているのも何だ。

 この際だ。もう、この機械に胸の内をぶちまけるしかないだろう。


「前にも言ったかな。このボランティアは成り手が少ないって」

「イエス。その為の私です。登下校ロボット」

「随分身勝手だよな、人間って奴は。子ども達の安全を守る為に、雪の道に立つ役目をロボットに押し付けている」

「しかし、失礼ながら、先輩も定年退職後だからこそ出来ているのでしょう?」

「ハッキリ言う奴だ。だが正しい。ここ数年、日本は何度も未曾有みぞうの災難にあった。その対策におわれて経済も苦しい。社会経済が苦しければ大人も苦しいものさ」

「そして、大人に余裕がなくなれば、子ども達を見守る時間もなくなってしまう」

「そういうことだ。社会が不安定になれば犯罪や事故も増える。無茶をしなければ生きていけないまでに追い詰められるからだ」

「この通学路はますます危険になる一方なのですね」

「見た目は何も変わらないのにな。変わるのはいつも人の心さ」


 私の拳に思わず力が入る。


「ふざけているよな。どうして、大人のツケを払わされるのが無力な子ども達なんだ?」

「なんで先輩が道に立ち続けたのか。それが初めて理解できた気がします」

「仕事漬けで女房と子どもに逃げられた輩のたわ言だ。聞き流していいぞ」

「ノー、私のみならず後継機までにも語り継ぎます」

「厄介なものを背負わせちまったようだな、二十八号。けれど頼もしいよ。この通学路に忍び寄る冬の時代。お前なら乗り越えられると信じている」




「ならば、私を信じてくれたのなら、もう、すべきことはお判りのはず」

「ああ。老兵は死なず。ただ去るのみだ」

「人の為に尽くす。私の存在意義です。どうかお任せを」


 いい年した大人の涙なんて見せるもんじゃない。

 アイツは多分、去っていく私に敬礼でもしていたのだろう。

 極寒の中に居るのはお前なのに。

 遠くから聞こえてきた子ども達の声がとても印象的だったのを覚えている。


 未練がましい事は性に合わない。

 警察時代の癖で書いたこの日誌も今日限りにしようと思う。

 もし、私の葬式で気まぐれにでもこれを読む者が居たら……どうか交差点に立つロボットのことを少しだけ気にかけて欲しい。アイツは孤独なままで未来永劫、私の押し付けた荷物を背負って闘い続けているのだから。


 すまない、登下校監視ロボット二十八号。

 しかし、その名前は圧が強過ぎていけない。監視という単語には嫌悪感を示す者も居るものだ。出来る事なら改名した方が良いだろうに。我々ボランティアの運動にはもっと優しい言葉が使われていたはずだ。

 それを伝え忘れたのが、何とも心残りだ。

 されど、いまさら弱った姿を見せるのは心苦しい。


 何とも勝手な話だが、これを読んでくれた人に一つだけお願いがあるのだ。

 文字通り、後生だ……。



 ―――


 そして五年の歳月が過ぎた。

 とある老刑事が危惧きぐしたように時代は激動の渦中にあった。

 人々の心はすさみ、日常から余裕はどんどん失われていった。


 目に付くものにはケチをつけねば気が済まない輩が社会にあふれた。

 交差点に立ち続けるロボットにも、当然のように害は及んだ。

 やれ、デカすぎて交通の邪魔だ。目立ちすぎる、ドライバーのよそ見を誘って危ない。それはもしかすると単なる難癖なんくせではなく真理も少なからず含まれていた。


 そして地元の人々が気付いた時、交差点からそのロボットは撤去てっきょされていた。

 かつて子どもだった人々から惜しむ声も上がったが、それも長くは続かなかった。


 その交差点から、かつての明るさは失われてしまった。

 老刑事の想いも途絶えてしまったかのように思われた。だが……。



 ―――


 更に五年の月日が流れた。

 当時の小学生も、もうそろそろ大人になろうという頃。

 この街を見限って飛び出した悪ガキが一人、里帰りを果たそうとしていた。


 手にはショットガンと札束の詰まったカバン。

 目だし帽を被った「立派な銀行強盗犯」のお帰りだった。


 その名はZ氏。警察に追われた逃亡の果て、最後に辿り着いたのが土地勘のある地元であった。乗ってきた車は故障パンク中。どこかで新しいアシを手に入れねばならなかった。


 荒い呼吸をしながらZ氏がやって来たのは、見覚えのある交差点だった。

 時刻は深夜、人っ子ひとりなかった。


 パトカーのサイレンが遠くで鳴り、Z氏は慌てて近くにあった地蔵の陰へ隠れた。


「へっ、捕まるもんか。この辺の道はガキの頃から知ってんだよ」


「私も貴方の事を昔から存じ上げています」


 不意に耳元で声が聞こえた。

 Z氏がそちらに銃を構えると居たのはなんと目を赤く光らせた地蔵だった。


「な、なんだテメェ?」

「この交差点を任されたロボットです。景観に溶け込むよう、小型化されました」

「ち、ちくしょう黙れ」


 発砲。地蔵の頭が砕け、ロボットは沈黙した。

 Z氏が額の汗を拭ったその時、さらに背後で恐ろしい事が起きようとしていた。

 自動販売機が変形して手足を生やした。マンホールが外れて立ち上がった。街灯が向きを変えてZ氏を照らし出した。みんなみんなロボットだった。


「なんだよ、これ? 何なんだよ、お前ら!」


 皆を代表して自動販売機ロボットが答えた。


「私は、二十八号。登下校ロボット十万とんで二十八号です。お久しぶり、Z君。積もる話は君が刑期を終えてからしましょうか」




 偉大なる男の意志は途絶えない。

 ロボットが人に道義を説く、そんな時代がもうすぐそこまで来ていた。



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登下校見守りロボット二十八号 一矢射的 @taitan2345

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