登下校見守りロボット二十八号
一矢射的
前編
私が小学生の登下校を見守り続けて、もう丸五年。
五年前に警察を定年退職してからは、ボランティア活動の一環として毎日欠かさず通学路へ立つようにしている。街へ出ればよく見かけるだろう? 交差点で黄色い旗を持って立つ大人、それが私という男なのだ。
ご存じかな? 登下校の見守り活動というものを。
赤信号もしくは車が来た時に子どもが道路を渡らぬよう、注意するのが仕事だ。
たったそれだけか。そう我々を笑う奴も居るだろう。だが、なかなかどうして大変な役割なのだよ。
雨の日も、雪の日も、たとえ台風の日だって、学校が休みにならぬ限りは朝と昼過ぎに持ち場を訪れねばならない。全ては子ども達の安全と地域社会への貢献。老いた我が身が少しでも役立ち、皆に感謝されるのなら苦労なんて「へ」でもない。
だが、そう考えるのはどうも少数派らしい。
こういったボランティアの成り手は少ないものだ。
ただでさえ忙しい教師や、共働きの両親、シングルの親御さんにこれ以上の負担はかけられない。順当に考えたらそう思いそうなものだけど。それも仕方がないか、誰にだって生活があるし、収入がなければ生きていけないのだから。ボランティアなんてする時間があれば少しでもお金を稼ぎたい。それが本音なのだろう。
そんなわけで年々、道に立つボランティアの数は減る一方。
十年後には、この街は、日本は、いったいどうなってしまうのか。
保護者や教員にとっても頭の痛い問題といえよう。
しかし、だからといって……コレはないんじゃないのか?
私は
「デカいな、このポンコツめ」
「失礼ながら、ワタクシにはK28号という名前があります。その呼称は間違っているのではないかと考えられます」
「あぁ、そうだな。すまなかった二十八号。登下校監視ロボット二十八号だったな」
私は溜息をつきながら応対する。
そう、本日
ロボットの実用化が近いとは聞いてはいたが、まさか自分が生きている間に こうも身近な存在になろうとは。
チュイーン、チュイーン。動く度に関節のアクチュエーターが鳴り、
刑事生活四十年、そうやって縦社会で折り合いをつけてきたのだから。
今日からコイツを相棒として認め、仕事を教え込んでやらねばならない。
ロボット教育の免許なんて所持していないが、単純な作業だ。どうにかなるだろう。
考えてみれば殆ど同じ所に立ちっぱなしで同じことの繰り返しなのだから、ロボット導入には最適の職場ともいえる。
「宜しくお願いしますね、山岸先輩」
その台詞、いったい何年ぶりか。
搭載AIの口調が論理的かつ
私、山岸トオルは引退しても未だ警官のまま……か。
しかし、いつどこであっても理想と現実はかけ離れているものだ。
アニメや漫画のカッコいいロボットとは違う。いかつい工業用ロボットを使い回した二十八号は肝心の子ども達からも怖がられる始末だ。
「うわ、なにあれ」
「ロボットだ! ロボットがいるぞ」
「どうしよう、違う道にする?」
「遠巻きに見守られていますね。非武装の
「ついでに鳩でもあったら出してやるといい。まぁ最初はこんなモンだろう。子どもは正直だし、異物に敏感なものよ」
「先輩も最初は怖がられたりしたんですか?」
「ああ、怖い顔の元刑事なんて好かれるわけもない。まぁ慣れだな。せいぜい、愛想を振りまいてやるといいさ」
結果、その翌日から二十八号は造花の首飾り、レイみたいな物を身につけるようになる。ハワイの観光客が身につけているアレだ。二十四時間立ちっぱなしのコイツがどこからそんな品を仕入れてきたのか? 訊けば定期的にメンテナンスが入るという。整備士が来た折に頼んだらしい。
なんとも軽薄だが単純なものほど子どもには効き目があるものだ。
「おはよーう」
「おはよう、ロボ! おはよう、山さん」
二十八号はたちまち交差点のアイドル扱いである。
逆に現場に子ども達が集まり危険なくらいだ。
ロボットの
だが、それも居るのが当たり前になればやがては落ち着いてくるもの。
そこから先は本来の業務指導だ。
「ただ児童が来たら道路を渡してやれば良いってもんじゃないぞ、後輩。毎日通る子ども達の顔ぐらいは把握しておくんだ」
「イエス、先輩。記憶力には自信があります。撮影した情報はネット回線を通じて他の個体とも共有できます」
「あまり笑わせるな。ただ知っているだけじゃ意味がない。情報ってのはちゃんと活用しないと意味がないぞ。例えば、いつも通る児童が見当たらないのなら友達にどうしたのか聞いておけ」
「成程、万が一事件に巻き込まれていたのなら早期発見に繋がりますね。流石は元刑事」
「よし、いいぞ。お前が道端の置物じゃないことを世間に判らせてやれ」
言葉はキツイかもしれないが、昭和生まれの指導なんてこんなもんだ。
通学路は第二の教室みたいなもの。
たとえばこんな感じに。
「あっ、先輩。A君が一人で五つもランドセルを持っていますよ。体を
「このポンコツ、いじめに決まっているだろう。ガイシャから事情聴取だ」
聞けば、やはりクラスメイトのZ君に押し付けられたランドセルとのこと。
「やれやれ、またアイツか。幾ら言っても判らん奴だな」
「データ検索中……Z君は政治家の次男で学校のブラックリストに登録されている札付き……と出ました」
「初対面で
「我々のやれることにも限度はありますね。一応、学校にはオンラインで報告しておきます」
「A君、そのランドセルは
自宅まで行けばだいたい煙たがられるが、原因はオタクの子どもなのだから仕方あるまいよ。そして、見張るべき相手は子どもだけではないのだ。
時には このような事も起きる。
「先輩、先輩! もうすぐ下校の時間ですが、あそこの男性は何度も同じ道を通って何がしたいのでしょうね? これで三回目ですよ」
「いい着眼点だな、後輩。最近は『なんちゃらGO』とかいう位置情報を利用した携帯アプリゲームもあるから、もしかすると単なるアウトドア派のゲーマーかもしれんが、話してみればわかるさ」
そう、子ども達を狙う不審者が居ないとも限らない。
このケースでは、私が少し話すだけでお引き取り頂けた。
未然に犯罪を防ぐことで、道を踏み外す者も出さない。最良の結末だ。
「少し話しただけで真っ青になって逃げていきましたね。何を言ったのです?」
「いやなに、ちょいと警察手帳を見せてやったのさ」
「先輩は退職済みのはずでは? 手帳は警察本部に返却したんですよね?」
「ふふふ、さぁて何のことやら」
「……ログから今の会話を
ロボットと打ち解けるなんて妙な話だが。
私達の間には奇妙な絆が芽生えつつあったように思える。
私も歳だ。そろそろ私が居なくなった後のことも考えねばならない。
少々抜けている所もあるが、二十八号は優秀な奴だ。
いずれこの街を襲う本当の恐怖からも、コイツなら子ども達を守ってやれるかもしれない。それは都市伝説の口裂け女よろしく
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