3.夕景に溶ける君と嘘〈Side.横山瑞穂〉
好きじゃないくせに、五十嵐は「彼女がいると安心感がある」と見栄を張る。
いつも申し訳なさそうに手をつなぐし無言だし、仕方なく私の嘘に付き合ってるだけじゃん。あれもただ長尾くんの手前、適当に話を合わせていただけでしょ。ほんと、調子に乗らないで欲しい。でも、悪い気はしなくもない。
こうして一緒に歩いて帰るのも、別れのタイミングをうかがっていること三ヶ月。手をつなぐことに抵抗はないけれど、私の気持ちは安堵に満ちていた。いまや、放課後が息抜きの時間になっている。
「気を使わなくていいからかなー」
「え?」
私の突然の言葉に、五十嵐はこちらを見ずに反応する。
「いや、ほら、好きじゃない相手だから気を使わなくていいわけじゃん?」
「あー、うん。そうだな」
相変わらずそっけない。私はもうなにも言うまいと口をつぐむ。
すると、五十嵐は
「好きになるわけないもんな……じゃあさ、もうやめない?」
思わぬ言葉に、私は道の真ん中で立ち止まった。すると五十嵐も立ち止まり、つながった手が空中で水平になる。
「もういいだろ、そろそろ」
そう言う彼の声は、真っ赤に燃える夕焼けの中でも冷え冷えとしていた。逆光で彼の表情が見えず、私は急激に不安に襲われた。
「そう、だね……何ヶ月だっけ? 意外と続いたよねー。あはは」
すぐに笑いが
あれ? おかしいな。私、どうして落ち込んでるんだろう。
「なぁ、横山」
「……なに?」
「なんで石丸さんとめんどくさい友達やってんの?」
なんで急にそんなことを。
五十嵐の問いに、私は言葉に詰まった。
中学のときから男子と距離をとっていたけど、高校生になったら私も好きなひとができるんじゃないかと思っていた。でも、自然と男の子を好きになるなんて難しい。
そんな時、
『瑞穂も男子と付き合えば世界が変わると思うよー?』
高校に入学してすぐ、七海と仲良くなった。でも話が合わなくて困った。つまらないと思われたくない。私だって、ひとを好きになれる。でも、このままだったらどうしよう。その不安から私の狭い心が揺れた。
「ひとりになりたくない……」
たとえ性格が合わなくても、ひとりになりたくない。そんな自分を認めたくなくて、嘘をついてしまった。まったく、なんでこんな繋ぎ止め方しかできないんだろう。呆れるほど馬鹿だ。
「まぁ、そんなところだよな。俺もそうだし」
彼はなにやら含むように言った。そして、ズバリと指摘する。
「横山って、嘘がうまいよな」
うん、そうだよ。そのせいで、自分の首を絞めている。
「でも、俺の前では嘘がつけない」
そう言って五十嵐は私の前に戻ってくると、困ったように私を見下ろした。
たぶん、私は泣きそうな顔だろう。涙をこらえようと踏ん張っている。ここでも私は自分に嘘をついていた。
それを見透かすように、五十嵐が頬を緩める。
「俺さ、横山が好きになったんだ」
静かな空間に、彼の言葉が浮かぶ。
ん? いま、なんて言った?
「もう嘘つかなくていいよ。俺も嘘つきたくないし」
「待って待って。嘘でしょ? だって、私のこと好きじゃないって」
どうしよう。意味がわかんない。なんでそうなった。私を好きにならないはずじゃなかったっけ?
考えていると、五十嵐は柄にもなく大声で言った。
「いや、さすがに毎日一緒に帰ってたら嫌でも気になるだろ!」
「そう、なの?」
「そうだよ! 逆におまえはなんも感じないの?」
その手は少し汗ばんでいる。彼の熱を直に感じていると、私の手まで熱くなった。
「あ、安心するかも……」
自分でも気づかないうちにこの五分間が大事になっていた。私は、五十嵐のことが好きなのかもしれない。
「じゃあ、どうする? もう本当に付き合う?」
そう言う彼の顔が、あまりにも嬉しそうだったので、私の口は照れ隠しに文句を言った。
「し、失礼な提案するなぁー」
「それはお互い様」
うーん、ダメだ。言い返せない。
駅までの五分間、私たちは嘘の恋人だった。でも、つないだ手はまだまだしばらく解けそうにはない。
私たちの嘘は夕景に溶け、
夕景に溶ける君と嘘 小谷杏子 @kyoko
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