第17話


日が暮れ夜の帳が下りる頃、希夢と美琴、そして琴絵の三人は希夢の生家の屋敷を訪れた。

「琴絵様、お久しぶりでございます。ようこそお越し下さいました」

大久保がバリアフリーの広々した玄関先で出迎えた。

琴絵は十数年ぶりのその場所に目を丸くしながら会釈をし応えた。

「ご無沙汰してます。お招きありがとうございます。お邪魔します」

「さっ皆様、どうぞ中ほどに…」

大久保は満面の笑顔で、豪華な装飾の照明が等間隔で並んだ廊下の中ほどにある広間に案内をした。


「金森様がまだみえておりませんが…食前酒をお持ちしますので、どうぞお掛けになってお待ちを…」

三人が戸惑いながらテーブルの席に着いた頃、大久保がワゴンのトレーにワインの瓶とグラスを四脚乗せ戻ってきた。


それぞれの席にグラスを置き、ワインを注ぎ込んでいく。


3人のグラスにワインが注がれた時、来客を告げるチャイムが鳴った。

カンコーン、カンコーン


「金森様がみえたようですな…」

大久保が出迎えに玄関へ


皆、立ち上がり部屋のドアの方を向く。

特に琴絵は緊張仕切った面持ちである。


大久保がドアの横に立ち、金森が入って来た。

「遅れてしまって…すまん…」

すぐに金森と琴絵の視線が合った。


「あなた…」と琴絵。


「琴絵…長い間、すまなかったな」

金森がじっと琴絵を見詰め言った。


妙な成り行きに美琴が

「な…何…?母さん、どういう事??」

琴絵は一瞬うつむきバツの悪そうな表情をしたが、すぐ美琴の方に真っすぐに向き直り言った。「この人が旦那…美琴、あなたのお父さんよ…」


「ずっと嘘をついていてごめんね…この人は、もう帰っては来ないと思っていたの…だから、美琴が物心付く前に私も旧姓に戻し二人で生きていく覚悟をしたの」


「希夢ちゃんにも、嘘を話したわね…ごめんなさい!」

そう言うと、琴絵は深く頭を下げた。


「いや、全ては俺の身勝手だったんだ、みんな…すまない!」

ドアの前に立ち尽くしていた金森が両手を握りこぶしにして頭を下げた。


「和也が逝ったあの夜、前川が俺にかけた濡れ衣はすぐに晴れたが、俺だけが幸せになる事は出来ないって…せめて消えた和也のブラックオパールを探す為、この地を離れたんだ」


「和也には、作品での金賞、技術の伝授や会社が軌道に乗るまでの資金援助まで…感謝し切れない恩がある…だから…あのまま普通に生活する事は俺には出来なかった…」


「金森さんが、私のお父さん…?」


「放ったらかしにして、すまなかった…美琴」


「放ったらかしじゃ無かったのよ美琴、父さんは毎月充分過ぎる程のお金と、誕生日や記念日には、欠かさずプレゼントや手紙を送って来てくれていたのよ。私が隠していたの…ごめんなさい」琴絵は、かばうように金森に歩み寄り腕に手を添えながら美琴に頷いた。


「世界中を飛び回っていた俺は、所在を知らせなかった。手紙を送られても、届くころにはそこには居ないからね…琴絵には不安な思いをさせてしまった。すまなかった」

金森は琴絵の肩にそっと手を添えた。

「あなた…いいのよ、だってこうして帰ってきてくれたんだもん…」



希夢は金森から渡されたブラックオパールをポケットから出しテーブルに置いた。

「金森さん、そんな辛い思いをしてまで、父の為にこのブラックオパールを探し出して頂いたんですね…琴絵おねえちゃんや、ミコちゃんも…本当にありがとう」


「いや…当然の事をしただけだよ…君の父さんにとって、それは本当に掛け替えのない宝石だったんだ…」

「希夢、そのブラックオパールの裏を見てみろ…それが君の父さんの思いだ」


希夢は表が欠けた希望石の裏を見た

綺麗な楕円形の底面の中央には



   希  夢


     望


「僕の名前と、母さんの名前……希望!?」


「そう!それがその希望石の名前の由来だ、それを買い取った日本語を知らない外国人がそれを翻訳したのさ…夢と希望を叶える石…たまたまそいつが事業で大成功を収めた…その後、そのオパールは様々な人を介し、いつしかそう呼ばれるようになったんだ」


「そして、その希望石を得る為にある者は必死に働き、ある富豪は財産を投げ売った…人間の欲望は果てしない…世界中のオークションを転々とし、また盗まれ行方知れず…俺もGolden Forestと会社組織を全て売却した…」


「そ…そんな…」希夢は驚愕した。


「良いんだ…元々君の父さんに貰ったようなものだから…」


「また一からやり直せばいいわよね!」琴絵がすぐに言った。


「ああ、そのつもりさ」金森は力強く頷き微笑んだ。


「私にも手伝わせて!」琴絵が言うと


「私も…希夢ちゃんもね!」と美琴が言った。


 希夢は照れくさそうに頭を掻きながら頷いた。


「そうか、希夢も手伝ってくれるのか⁉ありがとう!希夢…」


 四人はこれまでの積もる話を夜が更けるまで続けた。そしてコース料理を運び終え、食後のコーヒーを運んできた大久保も加わり更に続いた。

「希夢坊ちゃん、あなたが旅立ってしまわれてから、あなたのおじい様もおばあ様も大そうお悲しみになって、一昨年あなたの身を案じながらお亡くなりになりました。あなたが戻るまではと、すべてを私に託されて…」大久保は初めて、希夢の祖父母の事を語った。「あなたのお母様と、お父様の結婚を認めるべきだったと、そうすれば皆で笑顔で暮らせていただろうと…最後まで悔やんでおいででした。」


希夢は口をぐっと結んでうつむいた。

そんな希夢を悲しそうに見、大久保は続けた。

「すべては終わったことでございます。どうか希夢様、これまでの事は水に流し、こちらに戻られておじい様の事業をお継ぎになられてくださいませんか?」

希夢はじっとその言葉を聞き、数秒間黙った。

そして顔を上げると口を開いた。

「申し訳ありません。大久保さんにはご迷惑かけますが、今の未熟な僕にはそれをお受けする事は出来ません。僕は捻くれて出て行って、今までろくな生活をしていなっかったんです。祖父母がこれまで積み上げてきた大切な事業をこんな僕が継ぐなんて、とんでもない事です。」


「ふう…さようでございますか…。」

 大久保は難しそうに頭をぐねりと傾げると

「承知いたしました。では、お坊ちゃまに一つ猶予を差し上げます。」

 そう言うと大久保はにやりと笑い続けた。

「坊ちゃまは先程、金森様のお手伝いをする事を黙認されておられましたが…相違ございませんね?」

 希夢はちらりと美琴の顔を見ると「あ…はい、それはもちろん!」そう言い、目だけで天井を見た。

「されば私め、腹を決めました。お坊ちゃまは、金森様に付き事業のノウハウを徹底的に学んできて下さいまし。それまで私めが命に代えても会社をお守り致します故…。ですが…この老いぼれが生きているうちに頼みますぞ?その後は、どうぞご自由になさって下さい。」と、大久保は含み笑いを浮かべた。


 希夢の後ろから金森が肩をポンと叩いた。

「よし、手始めにその希望石を磨き上げるか…。お前たちの希望の石だ。」

 皆は隣棟の工房に行き、希夢は金森のレクチャーを受けつつ希望石を電動砥石で磨いた。やがて欠けた部分は滑らかな鏡面となり、美しい玉虫色の輝きを取り戻した。

「希夢、宝石箱にはめ込んでみろ…」

 希望石は宝石箱の楕円形の穴にぴったりと収まった。


 そして横にあるネジを回すとトロイメライが鳴り始めた…



 1年後、希夢と美琴は結婚。3年をかけ金森とgolden forestを再興。その後、大久保から貿易商の事業を引き継ぎgolden forestブランドを世界的に展開した。


【完】

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希望石 トシヒコ @toshihiko-n

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