緊急事態発生!勝利は誰の手に?

 まずい。ひたすらにまずい。

 私は部屋に戻り、久遠と千早をつかまえて自室にもぐった。緊急会議だ。

「――つまり、こういうことだな。パパもこの戦争に参加すると」

 私の話をまとめる久遠が冷静に言う。

「そういうこと。『パパもそろそろお小遣いアップしてほしいからさぁ。ゲヘヘ』って言ってた」

「こーちゃん、パパはそんな脂ぎったキモい言い方しないよー」

 千早が私の声真似をたしなめる。しかし、笑いをこらえきれてない。

「でもぶっちゃけ、パパってどんくさいし、うちらの過激かげきなバトルについていけない。問題にする必要なくない?」

「くーちゃん、言葉が辛辣しんらつぅ」

「ちーちゃんはふざけないで。真面目まじめな話なんだから」

 久遠にたしなめられ、千早は「ふざけてないもん」と言いつつ、ゆるい口をおさえた。

「問題はある」

 私は腕を組んでおごそかに言った。

「ママはパパに甘い」

 これに二人は「あー……」と嘆く。千早は天井を見上げ、久遠は肩を落とした。

「確かに、厄介やっかいだな」

「とんだダークホース登場ねー」

 私たちはため息をついた。

「どうする、こーちゃん。パパを一旦ねむらせる?」

「笑顔で怖いこと言うな、千早」

「でも、その案はいいかもな。パパさえいなけりゃ、あとはおまえらを殺すだけだし」

「おまえは姉をなんだと思ってるんだよ、久遠」

 まったく、こうもバラバラだと先が思いやられる。

「いい? パパは〝ママのコネ〟っていうこの世のクソみたいなシード権を持ってんだよ。私らが争うのは、その絶対権力を地に引きずり下ろしてから」

「なるほど。初めての共同作業ってわけですね、こーちゃん先生」

「いや、でもさ。いままで散々蹴落けおとし合ってきたのに、そんなうちらに協力とか無理じゃないか?」

 久遠の言い分はもっともだ。仲が悪いことで有名な田島三姉妹である。

「だって、パパが洗濯物をたたんだだけで『あーら、今日のパパはえらいでちゅねー』って扱いじゃん。要は今日の勝負は出来できレースなんだよ」

 私の言葉に二人は深く深く、深海に沈むようにうなずいた。

「それはそれは、単純にシンプルに超絶ムカつくなぁ」

「うんうん。わたしだって早起きがんばったのにぃ。パパに手柄てがら取られたら納得いかなーい」

「でしょ? だったら、パパを場外に追い出そうぜ」

 この提案は、私たちにとっては珍しくすみやかに可決かけつされた。


 しかし、パパを攻撃する私たちをママに見られるのはまずい。パパへの過保護かほごが一層増すだけである。そこで、私たちは比較的平和に見える解決策を打ち出した。

「パパー、クレンザーがきれちゃったー」

「パパー、ホースが爆発しちゃったー」

「パパー、ほうきとちりとりが換気口につまっちゃったー」

 などなど、ありもしない頼み事をすることで掃除をさせない作戦だ。パパは「はいはい」とやさしく私たちの要望を聞いてくれ、そのたびにホームセンターへ走ってくれる。そうしてあっちこっち走り回り、正午をまわるころには完全にバテてしまった。

「三人とも、すごいなぁ。パパは普段、家事がぜんぜんできないからついていけないや」

れないことをするもんじゃないよ。パパはゆっくり休んでて」

「そうだよ、無理に手伝わなくて大丈夫だからー」

「あとはあたしたちに任せて。ねっ!」

 その満面の笑みは真っ黒にギラついていたに違いない。しかし、娘たちの腹黒さにパパは一切気が付かない。

「ん? そうかい? じゃあ、パパはちょっと休憩きゅうけいしようかな」

 用意がよく千早がパパにタオルと水を渡した。パパは「あはは」と幸せそうな顔で和室に入っていく。

 チャンス。

「久遠」

 私の合図で久遠が和室の引き戸につっかえぼうを設置する。こうして、私たちはパパを和室に封じ込めることに成功した。

 すかさずパパの寝息が聞こえてくる。

「え、早くない? パパったら寝付き良すぎなんだけど」

 どんだけ疲れたんだと私は呆れてしまう。

「よほど疲れてたんだねー」

 千早がほのぼのと言った。そのジャージのポケットから箱が飛び出している。睡眠薬のように見えるけど……深くは聞かないでおこう。

 この千早、能天気な天使の笑顔でヤバいことをする女である。

「んじゃ、パパも片付いたことだし……第二ラウンドといこうか」

 私の声に千早と久遠がニヤリと笑った。


 ***


 年末のこの時期、窓や水回りの掃除はかなりこたえるものがある。しかし、金のためならと私たち三姉妹はその手を休めることなく頑張った。

 時折、久遠が脚立を振り回して千早を二回気絶きぜつさせたり、千早は水鉄砲みずでっぽう(あくまで掃除道具としての使用)で私のジャージをびしょれにしたり、そのすきに久遠からズボンを隠されたり、まぁいろいろあったけど、そのへんを語るにはかなり絵面がひどいことになるので割愛かつあいする。

 ともかく、私たちがいがみ合えば合うほど、比例するかのごとく家の中はピカピカになった。


「はぁい、それでは結果を発表しまーす! みんな、金が欲しいかー!」

 一人優雅ゆうがに高みの見物を決め込んだママがホクホクした笑顔で現れる。

 その要望に答えて、私たちは素直に「欲しいー!」と両手をあげた。さながら金の亡者である。

「今日こそはわたしに!」

「いいや、あたしだ!」

「くーちゃんはもういいでしょー! 小学生がそんなにお小遣いもらわなくていいの!」

 久遠と千早がなおもいがみ合う。

「なにをー! あたしは年明けに彼氏とデートするんだから、その経費が必要なんだよ!」

「なっ!」

 千早の胸に何かがざっくりと突き刺さった。ちなみに、それは私の胸にも刺さり、いらぬとばっちりを受ける。

「小学生の分際ぶんざい小癪こしゃくな……」

「ハレンチよ! そんな子に育てた覚えはないわ!」

だまれ! おまえらこそ使い道ないだろ! だったらあたしによこせ!」

 まったく、どうして久遠はこんな風に育ってしまったんだろうな……。

 千早のおさげを引っ張る姿はドメスティックバイオレンスな雰囲気ふんいきかもしていた。

「はいはい、もうそれくらいにして。三人の様子はちゃんとカメラで見てました。だいたいは把握はあく済みです」

 ママが止めに入り、千早と久遠は素早く正座した。私も思わず姿勢を正す。ママは「ごほん」と咳払せきばらいした。

 っていうか、誰もつっこまないけど、ママはいつの間にカメラなんてものを設置してたんだろう。それはそれで怖い。

「発表します。るるるるるる――だだん!」

 ドラムロールがママの口から繰り出される。しっかりめ、笑顔で簡潔に言った。

「小粋ちゃんです」

「よっしゃぁぁぁぁ!」

 どうだ、妹たちよ、思い知ったか!

「ちくしょぉぉ!」

 久遠がこれ見よがしに悔しがる。千早は床に突っ伏してシクシク泣いた。

「今日の小粋ちゃんはとても真面目にお掃除してたので加点しました」

「ありがとう、ママ! 一生ついていきます!」

 いやぁ、やっぱりママはちゃんと見てくれていたんだね。でも、私がパパの手柄だった草むしりを横取りしたとこは見てなかったんだね。よかったぁ。

 ちなみに、久遠は「こいきシール」の上から「くおんシール」を貼って不正を働いたこと、千早は単純に掃除の質が悪かったのが敗因だったらしい。

 やはり神は私を見放さなかった。これでしアイドルにみつぐぞ。

「あれ? そう言えばパパは?」

 ママの言葉に、私たちは同時にハッとする。

 やばい。忘れてた――。

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田島さんちの三姉妹は仲が悪い 小谷杏子 @kyoko

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