第7話 おかしな国へようこそ6
夜、月明かりが照らすクロキアの街並み中を戦士達が静かに進む。
先頭を行くのはダンザとゴウズ。
その後ろに23名の戦士が進む。
「なるほど、商人エチゴスが魔教と関わりがあると。その話は確かですかな? ダンザ殿?」
ダンザの後ろを歩く司祭風の男が言う。
男の名はモブシサス。
ここから南にあるプテア王国から来たオーディスの
プテア王国はヴェロス王国と比べると魔の森から離れている。しかし、影響がないわけではない。
そのためモブシサスが魔の森を調べるために派遣されて来た。
モブシサスはこのクロキアでダンザと知り合い、意気投合した。
ダンザの誘いに乗ったのも当然である。
そして、モブシサスは移動しながらダンザから説明を聞いている最中であった。
「明確な証拠はありません、モブシサス司祭殿。ですが、その可能性は高いと思っています。野放しておいては純真な者達が被害にあうかもしれません」
「なるほど、それならば仕方がありませんな。魔に魅入られた者を素早く殲滅する。例え違っていても,
偉大なる神王様は御許しになるでしょう」
モブシサスは小さく祈りの言葉を答える。
「ありがとうございます。モブシサス司祭殿。もうすぐ、エチゴスの館に付きます。ここからは静かに移動しましょう」
ダンザ達はエチゴスの館の近くまで来ると近くの建物の影に隠れる。
戦士達の半数はモブシサスの配下でプテア王国の戦士である。
残り半分はダンザが滞在している間に目を付けた戦士達だ。
全員が敬虔なエリオスの神々の信徒である。
魔に魅入られた者達に容赦はしない。
「さて、ここから、どうするつもりですかな? ダンザ殿?」
「もちろん正面から行きます。裏ではモンズ達が侵入する予定です。もう調査してから行動したかったのですが……」
ダンザは作戦を説明する。
正面からはダンザとゴウズ達が攻めて、裏からはモンズ達が侵入する予定である。
ダンザ達が攻めれば裏にいるモンズ達にも伝わるはずで、それを合図に侵入するのだ。
上手い作戦とはいえないが、この方法しか思い浮かばなかったのである。
本当はもっと調べてから侵入したかったのだが、そうは言っていられなかった。
「俺としてはわかりやすい方が良いぜ。どうせ、最後は暴れることになるんだからよう」
巨大な斧を構えたゴウズが言う。
ゴウズは戦神トールズの信徒である。
何よりも戦う事を生き甲斐とする。
ダンザの配下でなければ、単身魔の森に挑んでいただろう。
ダンザはエチゴスの館を見る。
館を守る戦士は常時8名であり、こちらの方が多い。
ただ、中にどれだけの戦士が待機しているかまでは調べる事が出来なかった。
しかし、ここまで来た以上はやるだけだ。
「よし行くぞ! 突撃だ!」
ダンザの号令で戦士達が館に向かって突撃する。
「しゅ!? 襲撃だー!?」
エチゴスの館を守る戦士の1名が大声を上げる。
夜の中で戦いが始まるのであった。
◆
館の裏にある礼拝所でモンズ達は待機している。
ダンザ達が襲撃を開始したら同時に侵入の予定であった。
「どうやら始まったようだな。行くぜ」
モンズが言うと後ろにいる戦士達が頷く。
戦士は6名。
全員がモンズと同じく、動きが早い者達である。
隠し通路の奥を調べる暇がなかったので、この先に何があるかわからない。
だから、もし何かあっても対処できる者達を厳選したのである。
「なるほどなあ、こんな隠し通路を用意しておくなんて、よほど後ろめたい事があるんだろうな」
「ああ、お前もそう思うか」
戦士の1名が言うとモンズも笑う。
もし、エチゴスが真っ当な商人なら、こんな隠し通路を用意する必要はない。
例え魔教と関わりがなくても、何かあると思うだろう。
「へへ、どれだけのお宝を貯め込んでんだ。楽しみだぜ」
別の戦士が楽しそうに言う。
「おいおい、それは仕事が済んでからにしてくれ、事が終わったら、いくらでも物色して良いからよ」
「ああ、わかっているぜ、モンズ。早く行こうじゃねえか」
「わかっているのなら、良いんだ。さあ行こうじゃねえか」
モンズ達は進む。
この奥に何が待ち構えているのかもわからずに。
◆
レンバーとニミュとグレーテは夜の森の中を進む。
木々の枝が広がっているので月の光が届かず、足元が見えず歩きにくい。
「うん、何だ? 甘い匂いがしてきたぞ? どういう事だ」
森の中を進んでいる時だった。
突然、周囲に甘い香りが漂ってきたのである。
レンバーは不思議に思う。
「御菓子の城が近いんです。御菓子の城はこの香りで生きている者を引き寄せるんです」
グレーテは説明する。
「えっ? それじゃあ、この匂いを嗅いだら危ないんじゃ?」
レンバーは慌てて鼻を押さえる。
「大丈夫よ、レンバー。確かにこの香りには魔法的な何かが含まれているけど、大したことはないわ。これぐらいならいくら吸っても問題ないわ」
ニミュが振り返って言う。
「はい、大丈夫のはずです。オーガの魔女がいた頃はもっと強い香りだったらしいのですが、白銀の奥方様は人が立ち入らないように、香りを弱めたそうですから」
グレーテはそう言うとさらに説明する。
オーガの魔女クジグは御菓子の城を使い人間を誘き寄せて食べていた。
しかし、白銀の魔女が御菓子の城の主になると状況は変わった。
白銀の魔女は人間を食べず、人を嫌っているので香りを弱め逆に近づかないようにしたのである。
「なるほど……」
「ただ、アンジュちゃんが言うには白銀の奥方様は人を嫌っているので、近づいたらどうなるかわからないらしいです。だから甘い匂いがしたら引き返さないと危ないです」
グレーテは困った顔をして言う。
こんな状況にならなければグレーテも近づこうとは思わなかっただろう。
「白銀の魔女……、いえ白銀の奥方様か。本当に進んでも大丈夫なのかしら」
ニミュは不安そうに言う。
正直に言うとレンバーも不安である。
(アンジュちゃんか、何者なのだろう? 普通の人間じゃないのは確かだろうけど……)
レンバーはグレーテの友達の事を考える。
かなり、白銀の魔女や御菓子の城に詳しい。
普通の人間ではない事は想像できた。
「うーん。確かに不安だ。だけど、引き返しても安全じゃないだろうから、このまま進もう」
レンバー達はさらに進む。
進むごとに甘い匂いがさらに強くなる。
また、森の様子が次第に変わって来る。
まっすぐ伸びていた木々が、曲がりくねり、風も吹いていないのに枝を揺らす。
そのため、さらに不安になる。
「待って。何かが近づいてくる」
ニミュがレンバーとグレーテを止める。
レンバーは足を止めると周囲を見る。
何か重苦しい気配を感じる。
「何者だ? ここが白銀の奥方様の領地と知って入ったのか? 立ち去れ。立ち去らねば殺すぞ」
重い声が響いた時だった。
森の奥、闇の向こうから赤い光が近づいて来る。
近づいてきたのは重そうな鎧を纏った戦士達出会った。
暗いのに何故かレンバーにはその戦士達の姿がはっきりと見える。
いつの間にか周囲には鬼火が飛び、レンバー達と戦士達の周りを飛んでいる。
そのため、はっきりと見えるのだ。
赤い光は戦士達の鎧に描かれた模様が光っているのだ。
戦士達は剣や斧等の巨大な武器を持ち立ち塞がる。
「魔戦士……」
ニミュは呟く。
レンバーも魔戦士の事は知っていた。
魔王に忠誠を誓い、魔の鎧を得た。
目の前にいるのはナルゴルの戦士達であった。
◆
夜、エチゴスの館の中で戦いが行われる。
「オラあああああああああああ!! どうした! この程度かあ!!」
「ひいいいいい!」
「何だよ! どういう事だよ!」
「やってられるか! 俺は逃げる!」
大斧を持ったゴウズが迫るとエチゴスの護衛達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
彼らは金で雇われた者達だ。
魔物と戦わず楽に金を得られそうだからこそ、この仕事をしているのである。
エチゴスに忠誠を誓っているわけではない戦士達は自身の命をかけてまで、仕事をしようと思わない。
ゴウズが護衛の戦士で一番強そうな者の頭を斧で叩き割るとその他の戦士達は戦意を失う。
戦士で金を稼げても、金で戦士は育たない。
それはこの世界の常識である。
商人が戦士よりも低く見られる原因もそこにあった。
エチゴスは何年も商人をしているが、その事を理解する事はなかった。
しかも、護衛となる戦士達を雇うのに金を出すのを惜しみ、安い金で雇える者のみを集めたのだ。
質の悪い戦士達は弱く、そのため戦いはダンザ達が圧倒していた。
「エチゴスはどこだ! 探すんだ!」
ダンザは大声を出す。
目標はエチゴスである。
既にここにいた者の多くは逃げている。
できれば全員を捕らえたいが、手が足りないので見逃すしかない。
しかし、エチゴスだけは見逃すわけにはいかなかった。
「いたぞ、エチゴスだ!」
ダンザの仲間の声が聞こえる。
どうやら見つけたようだ。
「良くやった! 連れて来るんだ!」
ダンザは喜びの声を上げる。
しばらくすると3名の仲間に連れられた半裸の太った男が来る。
遠くから見た顔を見た事があるが、間違いなくエチゴスであった。
エチゴスは腕に大きな袋を抱えている。
その袋の口から金色に輝く何かが出ている。
値打ちのある物を持って逃げようとして、逃げ遅れたようであった。
「な、な、何だ!? お前達は!? こ、こ、こ、こんな事をしてタダで済むと思うのか! ご、護衛は何をしているっ!?」
エチゴスは口から唾を飛ばしながら言う。
明らかに状況が良くわかっていない。
「お前の仲間はみんな逃げちまったよ。残っているのはお前だけだ。守ってくれる奴も、愛してくれる女も誰もいねえ」
連れてきた戦士の1名が哀れな視線をエチゴスに向ける。
それはダンザも同じであった。
ダンザがこの国に来た時、エチゴスは大勢の者に囲まれていた。
その様子はまるで王であった。
しかし、いざとなったら誰もエチゴスを守ろうとはしない。
女性も側にいたようだが、あっさりと見捨てて逃げてしまった。
そんな中、モブシサスがエチゴスの前に出る。
「うっ、貴方は司祭様……」
「商人エチゴス。其方は魔の者と交流があった。それは間違いないな」
「えーと、それは…」
エチゴスの額から汗が流れる。
「答えな。司祭様は嘘を読み取ることが出来る。聞いた事があるだろう?」
ダンザは嘘を言う。
モブシサスは神の奇跡を授かっていない。
そのため、嘘感知はできない。
しかし、エチゴスはその事を知らない。
エチゴスは何も言えず黙る。
その事が白状しているのと同等であった。
「どうやら、有罪のようだな。首を刎ねようぜ」
「ひいっ!」
ゴウズが斧を構えるとエチゴスは後ろに下がる。
「る、ルマンド様! どちらにいらっしゃるのですか!? 助けて下さい!」
エチゴスは助けを求める。
その名前にダンザは聞き覚えがあった。
「残念だったな。闇エルフは来ねえよ。エルフを追いかけてどっかに行っちまった」
「な、何!?」
エチゴスは座り込む。
するとその尻の部分から何かの液体が出てくる。
恐怖のあまり漏らしたようであった。
「汚ねえな。さっさと殺そうぜ」
「まあ、待て。それよりも捕らえて色々と吐かせた方が良いかもしれねえ」
ダンザの中で欲が生まれる。
エチゴスは有罪であり、さらに色々と知っているようであった。
ならば、すぐに殺さない方が良いかもしれなかった。
「大丈夫ですか? エチゴス様?」
そんな時だった。
1名の女が立っている。
ダンザは驚く。
ほとんどの者が逃げた中で残っている者がいたのだ。
女はゆっくりと近づくとエチゴスの側に跪く。
そのあまりにも自然な動きにダンザ達は動けなかった。
「カ、カ、カ、カマリアああああああああ。あ、あ、あ、貴方だけはわわわ、わ、私を見捨てずにいたのですねえ、えぐえぐっ」
エチゴスは泣きながら女性に縋り付く。
「ええ、見捨てていませんよ。だから、安心して眠りなさい」
女がエチゴスの額に指を添えると、エチゴスは突然床に横になる。
気を失っているようであった。
「さてと、ルマンド達は本当に役に立ちませんね。まあ、浮ついた闇エルフに期待しても意味がありませんが……。さてと」
女はそう言って立ち上がるとダンザ達を見渡して笑みを浮かべる。
それは母親が愛し子に向けるような、優しい笑みであった。
しかし、この状況下ではあまりにも異様だ。
「出来れば、日を置いて、それぞれのお相手をしたいのですが、仕方がないですわね」
女は首を振ると服を脱ぎ出す全裸になる。
肉付きの良い体がダンザ達の前に惜しげもなく晒される。
「な、何だ。へっへ、俺達と良いことをしようと言うのかよ……」
ダンザと一緒に来た戦士の1名がいやらしい笑みを浮かべる。
この状況下でそんな考えを抱けるのだから、中々の猛者と言えるだろう。
しかし、それが彼の最後の言葉となった。
「ええ、とても良い事をしてあげますよ」
女が右手を振るう。
するといやらしい笑みを浮かべた戦士の首が落ち、床に転がる。
その様子をダンザ達は呆気に取られた様子で見守る。
何が起きたのかわからなかったのだ。
見ると女の右腕から、刃物のようなものが飛び出している。
刃物と女の腕には継ぎ目がなく、まるで腕が伸びて刃物になったかのようであった。
首が落ちた戦士の残された胴体から血が吹き出す。
仲間の血を浴び、ダンザは正気に戻る。
「は、離れろ! この女は人間じゃねえ!」
ダンザの警告で仲間達は一斉に離れる。
「本当は生きたままの方が好みなのですが、仕方ないわねえ。うふふふ。貴方達全員を私の血肉にしてあげる。嬉しいでしょおおおお! キシャ、シャ、シャシャ!」
女は奇妙な笑い声を出す。
その表情は優しく、変わりがない。
ただ、目だけが赤く光っていた。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
さて、次回はカマリアさんの正体がわかります。
色々なファンタジックな魔物を出したい(*´ω`*)
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