第10話 おかしな国へようこそ9
御菓子の城1階の大広間でレンバー達と
「出て来なさい、サラマンダー。相手を焼き尽くしなさい」
ルマンドと名乗った
多くのエルフ氏族は火の精霊を好まない。
しかし、ランパスと呼ばれる
現れた精霊はサラマンダーと呼ばれる火に包まれた人と同じ大きさのトカゲだ。
サラマンダーが現れたことで御菓子の床が溶け始めるが気にする様子はない。
「こんなところでサラマンダーを呼び出すなんて……。水の衣よ!」
ニミュが魔法を唱えると薄い水の膜がレンバー達の周りを漂う。
ニミュはナイアドと呼ばれる水エルフであり、水の魔法を得意する。
これでサラマンダーの炎から身を守れそうであった。
「ありがとう、ニミュ。これで火傷を負わずにすみそうだ」
「どういたしまして、レンバー。だけど、
ニミュはチラリと吸血鬼を見て言う。
レンバーとニミュだけでは
そのジュシオと名乗った吸血鬼はグレーテを守るように立ち、どうすべきか迷っているようであった。
「待て、ルマンド! サラマンダーを下げろ! この者達は戦うつもりはない!」
「黙りなさい、裏切者め!」
「そうよ、裏切者! この城に敵であるエリオスの者を入れるなんて、何を考えているの!?」
「ふん、所詮は薄汚い屍ね。ここで処分してあげるわ! もちろん貴方の姉も後で同じようにしてあげる」
ジュシオが叫ぶと
「姉さんに手を出すと言うのなら、相手にならざるを得ない。仕方がない、人間の騎士よ共に戦うぞ」
「えっ、良いのか……。敵意がないと示さないで?」
レンバーは白銀の魔女と戦いに来たのではない。
だから、ここまで剣を抜かずに来たのだ。
「レンバー。このジュシオさんの言う通りよ、
人間の精霊使いと違い、触媒なしで水の精霊を呼び出す事ができる。
青白く透き通った女性が現れサラマンダーのまえに立つ。
天敵が現れたサラマンダーはウンディーネに威嚇する。
今にも飛び掛かりそうであった。
「そうか、仕方がないか……」
レンバーも覚悟を決める。
腰から長剣を抜き、騎士の盾を構える。
どちらも、レンバーが騎士の叙勲を受けた時にロクス王から下賜されたものだ。
業物と呼べるほどのものではないが、質は良く、何よりも思い出の品である。
こうしてレンバー達と
「何をしているお前達」
静かに透き通った声が広間に響く。
レンバー達と
広間の奥、上階へと続く階段に女性が立っている。
その女性を見た瞬間だった。
レンバーは頭上に雷が落ちたような衝撃を受ける。
その女性はあまりにも美しかった…
白銀の髪に白磁の肌、体はすらりとして目を引く。
「は、白銀の奥方様!」
突然ルマンド達が片膝を床に付け、頭を下げる。
それは側にいたジュシオも同じだ。
同じように床に膝をつき頭を下げている。
(あれが、白銀の魔女? 何という美しさだ……)
レンバーはその様子から現れた美女が白銀の魔女である事に気付き、あまりの美しさに棒立ちになる。
「あ、あの御方が白銀の奥方様!? ああ!」
レンバーが棒立ちになっていると、近くにいたグレーテが慌てて頭を下げる。
「さあ、君達も頭を下げるんだ。あの御方こそ、白銀の奥方様だ。無礼があってはいけない」
「ああ、分かったニミュも良いかい」
「分かっているわよ」
ジュシオに言われレンバーとニミュも同じように方膝を床に付け頭を下げる。
「ふん、こんな所で精霊を呼び出すな」
白銀の魔女が軽く手を振ると、サラマンダーとウンディーネが一瞬で消えてしまう。
「嘘? ウンディーネが一瞬で……」
自身の呼び出した精霊が一瞬で消されたニミュが驚きの声を出す。
「さて、説明しろ、ルマンド。何をしている?」
「はい! 裏切者である吸血鬼を始末しようとしておりました。ジュシオ卿は我らの敵である水エルフとその付き添いの騎士をこの城に招き入れました!」
「待て! ルマンド!」
自分達がレンバー達を追い込んだにもかかわらずルマンド達がそう言うとジュシオは慌てた声を出す。
ルマンド達の言葉に嘘はない。
なぜなら本当にそう思っているからだ。
「なるほど、そうか……」
「お待ちを……、ぐはっ!」
突然ジュシオの体が持ち上がると吹き飛び壁にぶつかる。
レンバーが振り返るとジュシオはそのまま壁に張り付いたまま呻き声を上げている。
「ふん! このような虫けらを連れて来るとはな……」
冷たい声をかけられてレンバーは顔を戻す。
白銀の魔女が冷たい視線をレンバー達に向けている。
(あっ……。終わった…)
レンバーはその目に睨まれて動けなくなる。
人間ではどうしようもない圧倒的な力。
ロクス王国の時と同じであった。
あの時もレンバーは何もできなかった。
ただ、自身の無力を感じただけである。
そんな自分が嫌で国を飛び出した。
短い旅であったが、ニミュと出会いそれなりに楽しかった。
「ニミュ。逃げられそうか?」
「む、無理……。魔法が封じられているみたい」
「そうか、どうやら終わりのようだ。短い間だったけど楽しかった、ニミュ」
レンバーがそう言うとニミュはキョトンとした顔をする。
「え、ああそうなの……。ははこんな時なのに悪い気がしないわ」
ニミュは笑う。
その笑顔には死を悲観するものはなかった。
「何! 良い感じになってんのよ!」
「そうよ! そうよ! ナイアドの癖になまいきよ!」
「私達なんか最近全然相手にしてもらえてないのにー!」
その顔は少し羨ましそうであった。
次にレンバーはグレーテを見る。
グレーテは床に伏せたまま震えている。
レンバーは彼女に心の中で謝る。
レンバー達を救わなければ彼女は無事だったのだ。
しかし、今更どうにもならない状況であった。
「別れは終わりか? 虫けら共」
白銀の魔女から強大な力を感じる。
レンバーは覚悟を決める。
あの時にレンバーは死んでいた。
勇者達、そして後で聞いた話だがクロのおかげで助かった。
もし彼らがいなければレンバーはもちろんロクス王国もなかっただろう。
(ああ、ここで終わるのか、でも最後にクロ殿にお礼を言いたかったな)
レンバーは目を閉じ最後の時を待つ。
しかし、その時は訪れなかった。
レンバーが目を開けると白銀の魔女は不思議そうな目でレンバーを見ている。
「お、奥方様? どうされたのです?」
様子が変に感じたルマンドが聞く。
「お前は何者だ? お前から微かだが黒い炎の気配を感じるぞ?」
そんなルマンドに答えず白銀の魔女はレンバーに問う。
「ええと、私はその……」
レンバーはどう返したら良いか迷う。
しかし、黒い炎と言われても何の事かわからない。
レンバーがどう言うべきか迷っていると白銀の魔女は壁に貼り付けられたジュシオの方へと手を掲げる。
するとジュシオの体が床へと落ちる。
「説明しろ」
「は、はい。奥方様……」
ジュシオはおぼつかない足取りでレンバーの所へと行く。
「あの似顔絵を貸してくれないか」
「あ、ああ」
レンバーは訳がわからぬままクロの似顔絵を渡す。
似顔絵を受け取るとジュシオは白銀の魔女へと掲げる。
すると白銀の魔女の表情が変わる。
「どういう事だ?」
「それは……」
「いや良い。クーナが直接調べるぞ」
ジュシオが説明しようとした時だった、白銀の魔女は首を振りレンバーへと手の平を向ける。
「何だ!? これ!?」
レンバーは驚き自身の周囲を見る。
周囲に青白く輝く蝶が舞っているのである。
「夢幻の蝶は現世と幽世を飛ぶ。お前の夢をクーナに見せろ。その似顔絵をなぜ持っている?」
白銀の魔女がそう言った時だったレンバーの意識が混濁する。
「あ、ああ。うう……」
「ちょ、レンバー!」
ニミュが心配する声が遠い。
レンバーは目を開けたまま夢を見ているような感じになる。
その夢の中でレンバーはロクス王国でクロと出会った時の事を思い出す。
黒髪の不思議な青年。
優しくて礼儀正しい青年。
穏やかでロクス王国を救ってくれた者。
そんな過去が脳裏に走る。
時間にして数分、輝く蝶がレンバーの周りから消える。
「大丈夫なの? レンバー?」
「ああ、大丈夫だ。ニミュ」
蝶が消えるとレンバーの意識は戻る。
特に体に異変は感じなかった。
レンバーは白銀の魔女を見る。
白銀の魔女はレンバーを見て笑っている。
「ふん、なかなか面白いものが見れたぞ。ルマンドにジュシオ。この者達を人間の巣に返し、しばらく閉じ込めろ。後で沙汰を下す」
白銀の魔女が言うとルマンド達
「あの、どういう事ですか、奥方様」
「言ったとおりだぞ。今は魔王に会いに行っているが、すぐに戻るだろう。少なくともそれまでは閉じ込めろ。ああ、そうだ……。レンバーだったかな? それとそこのエルフ。お前達は今夜あった事は誰にも喋るな。良いな」
白銀の魔女は最後にそう言うと上の階へと上がる。
後に残されたレンバー達は訳がわからないまま呆然とするのだった。
◆
「本当に似ているわね~。良く描けているわ」
レンバーの目の前で人形がふわふわと飛んでいる。
もはや、そんな事では驚かない。
人形の名前はアンジュ。
吸血鬼であるジュシオの姉であるらしかった。
人形の姿をしているが、本当は実体を持たない幽霊である。
レンバーとニミュはあの後人間の住む方のクロキアへと戻され、エチゴスの館の地下へと閉じ込められた。
閉じ込められたといってもそこまで待遇は悪くない。
部屋の寝台は柔らかく、疲れていた事もあり、昨夜は良く眠れた。
そして、朝起きて人形少女アンジュが話しかけてきたのである。
彼女は弟であるジュシオから事情を聴いており、似顔絵を見せて欲しいと言ってきたのだ。
現在レンバーとニミュがいるのは彼女が普段子ども達の世話をしている広めの部屋であり、多くの子どもがいて遊んでいる。
子ども達の他には多くの人形が並べられている。
レンバーはその中の3体の人形を見る。
その3体の人形はダンザとその仲間達と同じ格好をしていたのだ。
レンバーは疑問に思うが理由はわからなかった。
「はい絵を返して上げる。グレーテに感謝してよね。あの子がいなかったら、もしかすると死んでいたかもしれないんだからね」
アンジュは絵を返す。
グレーテもこの部屋にいて、子ども達に御菓子を分け与えている。
何でも御菓子はご褒美であるらしかった。
なぜご褒美をもらったのかはレンバーにはわからない。
大量にもらったのでそれを子ども達に分けているのだ。
「ああ、もちろん感謝している。彼女のおかげで助かったよ」
レンバーは素直にお礼を言う。
「そうわかったら良いわ。まあゆっくりしていきなさい。きっともう悪いようにはされないから」
そう言うとアンジュはグレーテのいる方へと行く。
彼女が側に行くと子ども達が集まって来る。
かなり慕われているようであった。
「まあ、よくわからないけど、どうもその絵のおかげで助かったみたいね。本当に貴方の友達って何者なの?」
レンバーにぴったりとくっついているニミュが返してもらった絵を見て言う。
何故かニミュの距離が近い気がする。
「ニミュ。何だか近い気が……」
「良いじゃない。私と一緒で嬉しいんでしょ」
「ええと……」
レンバーは何と答えるか迷う。
ニミュと一緒にいられるのは嬉しい。しかし、照れ臭かった。
「全く何いちゃついてんのよ」
「ホント……。イラつくわね」
「キー! あんたのせいでこっちは大変な事になってるのに!」
突然あらわれた3名の女性が悔しそうな声を上げる。
レンバーは3名の女性を見る。
一見普通の人間だ。
「ええと、貴方達は?」
「レンバー。人間に化けているみたいだけど、こいつら昨日の
レンバーが疑問に思うとニミュが説明する。
確かに口調が昨夜の
「ふん、聞かないで! 言いたくないわ! この館で人手が足りなくなったから、こんな事になったのよ!」
先頭の
口調からしてルマンドらしかった。
「何をしているのです、貴方達。御客様を案内しに来たのでしょう?」
「げっ! カマリア!? ええと、い、今から呼ぶところだったよ」
「そうよそうよ」
「今から案内する予定よ!」
その顔には怯えがある。
レンバーは女性を見る。
品のある妙齢の女性だ。
特に怖れるところは感じない。
しかし、同じようにニミュも怖れている様子であった。
「な、何であんなのがこんなところにいるのよ……」
ニミュは女性を見てレンバーにしがみつく。
「もう良いです。私が案内しますわ。御客様。御主人様が昼食を御馳走したいそうです。どうぞこちらに」
女性は頭を下げるとレンバー達を上の階へと案内する。
その態度は囚人に対するものではないレンバー達を客とみなしているのだ。
だから、レンバーは困惑する。
しかし、実質は捕らわれているのと同じなのでついていくしかなかった。
疲れていたのでレンバー達は昼近くまで寝ていた。
つまり朝から何も食べていない状態だ。
緊張していて忘れていたが、お腹が空いていた。
1階に上がると太った男が出迎える。
「おお、貴方がレンバー卿とそのお連れの方ですな。私はエチゴス。どうぞお見知りおきを」
男は愛想笑いを浮かべながら挨拶する。
レンバーはエチゴスと言う名に聞き覚えがあった。
実質的なこの国の王である。
その王がレンバーに頭を下げる。状況が飲み込めなかった。
「さあ、こちらに食事を用意しておりますので、ゆっくりされて下さい。ではカマリア殿。後はまかせましたぞ」
「はい、それではこちらへ」
カマリアはレンバー達を案内する。
案内された部屋は広くはないが、品の良い部屋であった。
中央に4つ椅子がある卓が1つあり、レンバーとニミュは並んで座らせられる。
「ここでしばらくお待ちください」
カマリアはそう言うと部屋から出ていく。
「どういう事なのかしら? 私達を殺すためにこんな回りくどい事はしないわよね」
ニミュは疑問の声を出す。
疑問に思うのはレンバーも一緒だ。
「本当に良くわからないな。どういう状況なんだ。でも、確かに殺される事はなさそうだ」
レンバーは部屋を見渡す。
明らかに上位の客をもてなすための部屋のようであった。
「ああ、レンバー卿。まさか本当に」
突然声を掛けられる。
それは過去に聞いた事がある声であった。
レンバーは振り返る。
そこには会いたかった者が立っているではないか。
「えっ!? ク、クロ殿!? ど、どうして?」
レンバーは立ち上がる。
間違いなくロクス王国にいる時に出会ったクロであった。
「はは、エチゴス殿から聞いたのですよ。自分を尋ねてレンバー卿が来ていると」
クロは笑う。
その穏やかな笑みはロクス王国の時と何も変わっていない。
「はは、お会いできて良かった。このエチゴスも嬉しいですぞ。さあ、お座り下され。食事を運ばせましょう。奥方様もどうぞ」
後ろにいたエチゴスが笑いながら、クロを椅子へと案内する。
その様子はまるで主人に仕える従者のようであった。
また、クロと一緒に入って来たのはエチゴスだけではない。
ベールを被った女性が一緒である。
着ている服も品が良く、どこかの貴族の婦人のようであった。
「ありがとうございます。エチゴス殿」
「いえいえ、何かありましたら、お呼び下さい。このエチゴス、何でも致しますぞ。それでは」
エチゴスはそう言うとこの部屋から出る。
こうして部屋の中にはレンバーとニミュ、そしてクロと一緒に入って来た女性だけになる。
「さて、レンバー卿。お久しぶりです。入って来た時に気になったのですが、そちらの方は? 紹介していただけませんか?」
クロは意味深な目をニミュに向ける。
「ええと、こちらはニミュ。私の旅のなか……。いえ、私にとってとても大切な女性です」
「レンバー……」
レンバーがそういうとニミュは嬉しそうにする。
「そうですか。おおレンバー卿に大切な女性が。少し気になっていたのです。本当に良かった」
クロはレンバーとニミュを見て嬉しそうにする。
心から祝福しているようであった。
「ありがとうございます。クロ殿。私も気になっているのですが、そちらの方は? エチゴス殿が奥方様と呼んでいたようですが」
レンバーも意味深な目をクロと女性に向ける。
「はい、こちらは自分の妻のクーナです。クーナ。こちらはレンバー卿だ。ロクス王国で世話になったんだ」
クロキは女性を紹介する。
(ん、クーナ? どこかで聞いたような……)
レンバーが疑問に思うと女性はベールを取ると顔を見せる。
「えっ!?」
ニミュが驚きの声を出す。
驚いたのはレンバーも同じである。
「クーナだ。覚えておくが良いぞ」
女性は名乗ると悪戯っぽく笑う。
その美しい顔は間違いようがなかった。
御菓子の城で出会った白銀の魔女がそこにいた。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
これで、レンバー編は終わりだったりします。
今回は移転後の新規完全書下ろしであり、リハビリを兼ねていました。
本当の事を言うと、実は御菓子の城の住民を書きたかったのですが、上手くいかなかったですね。
ウォードの裏話とか考えていたのですが、退屈すぎるかもしれないと思い書けませんでした。
最後は駆け足で、2話分を1つにまとめました。あんまり良くないですね(´-ω-`)
ちなみにレンバーとニミュは城での事を誰にも話せない状態です。
そして、しばらく外伝は休みです。
次回は本編10章に入ります。
今年中に第1話を上げる事が出来たら良いなと思います。
また、カクヨムで近況ノートで今後の展望等を書いていきたいと思います。
暗黒騎士物語外伝 根崎タケル @nezaki-take6
★で称える
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