第3話 おかしな国へようこそ2

「ここが大商人エチゴスの館か……」


 レンバーはクロキアの中央にある大きな館を見上げる。

 その大きさは王宮と呼んでも良く、エチゴスの力を示すものであった。

 レンバーとニミュは宿屋でダンザと別れた後、親友であるクロの情報を求めここに来たのだ。


「そうらしいわ、レンバー? エチゴスって商人は実質ここの王様なんだよね。会ってくれるのかしら?」


 ニミュは不安そうに聞く。

 よほど小さな国でほとんど旅人がよらない極小の国ならともかく、ただの旅人が王に会うのは難しい。

 人間の世界に来たばかりのニミュでもその事を知っているのだ。不安に思うのは当然であった。

 エチゴスはクロキアの実質的な統治者であり、その館の周りには警護の戦士がいる。

 怪しい行動をすれば何をされるかわからなかった。


「さすがに難しいだろうな。でも、ここの誰かに聞けばクロの事がわかるかもしれない」

「なるほどね。それなら私が聞いてあげるわ。もしかするとその方が早いかもしれないし」


 ニミュは笑って言う。

 ニミュは魔法を使う事ができる。

 軽い魅了の魔法を使えば、多くの事が聞き出せるだろう。


「良いのか? ニミュ?」

「好みじゃない男に使うのは嫌だけど、さっさと貴方の用事を済ませたいから使うわ。それじゃあ行こうかしら」

「ありがとう、ニミュ」


 レンバーとニミュは館の周りにいる戦士の1人に近づく。

 戦士は男であり、体格は良く、強面でいかにも強者という感じである。

 特に魔法に対する耐性も高くなさそうであり、またちょうど良く1人であるので声をかけやすかった。


「何だ、お前らは?」

「あら、貴方と私は友達でしょ。忘れたの?」

「えっ? ああ、そうだったかな……」


 ニミュは優しい声を出すと男の顔が胡乱な表情になる。

 魅了の魔法が効いたようであった。


「そうよ、私達は友達。だから、そんな顔をしないで」

「あ、ああ。そうだな。すまないな。俺達は尻の穴を見せあうほどの仲だったな」

「えっ? ちが……。いえ、ええと、そうだったかもしれないわね。ちょっと聞きたい事があるの」


 ニミュは思わず違うと言いそうになるのを堪えて本題を切り出す。


「うん、何だ? 俺とお前の仲だ。何が聞きたいんだ? ああそうか、俺様の宴会芸、二股竜王昇天ほんちゃら踊りのコツを聞きたいのか? あれは腰の捻りがな……」

「ご……、ごめんなさい。それがどんな踊りなのか少し気になるけど、その事じゃないの。この絵に描かれた男性を知らないかしら?」


 どんな踊りなのか気になりながらもニミュはレンバーから預かったクロの絵を見せる。


「おや? これはエチゴス様の客人じゃないか。何度か見たことあるぜ」

「そうなの? ねえ、彼が今どこにいるのか知らない?」

「それはわからねえ。たまに来ることぐらいしか知らねえよ」

「なるほど、では誰だったら知っているかしら?」

「さあ、エチゴス様なら知っているかもしれねえが」


 男は首を振る。

 これ以上の事は知らないようであった。

 レンバーとニミュは互いを見て頷く。

 

「ありがとう。もう良いわ。最後に私の目を見て、これまでの私達のやりとりを忘れるから」

「えっ? ああ、何だ……。頭がクラクラする」


 最後にニミュが忘却の魔法を使うと男の体がふらつく。

 その間にレンバーとニミュは離れる。


「どうやら、彼はここに頻繁に来るみたいね。どうするのレンバー。やっぱりエチゴスとか言う商人と会う?」

「そうだな、何とか会えれば良いのだけど……。でも、まあ今日は遅い。宿に泊まりまた明日こよう」


 レンバーは空を見る。

 時刻は夜になろうとしていた。

 訪ねるにしても、明日にした方が良いだろう。

 レンバー達は旅する豚亭へと戻るのだった。




 ダンザ達は物陰からレンバーの様子を見る。


「ダンザの旦那。なかなか面白い奴が来たようですね」

「本当だぜ、エルフを連れているなんて羨ましい奴だぜ」


 ダンザの部下である、モンズとゴウズが言う。

 ゴウズは大男で正面から戦うのが得意な戦士だ。

 それに対してモンズは小柄で斥候と投擲が得意な戦士だ。

 どちらも昔からのダンザの部下である。

 

「ああ、なかなか面白い奴が来てくれた。その調子でエチゴスの正体を暴いてくれると良いんだがな」


 ダンザは笑う。


 人狩りダンザ。


 それがダンザの異名である。

 ダンザは元々地上の聖都ドーナの生まれであり、敬虔なオーディス信徒だ。

 そんなダンザは魔女狩人となり、部下であるゴウズ達と共に東方を調査するために派遣された。

 そして、ヴェロス王国へと辿り着いたときにその地のオーディス神殿からこの国の調査を依頼されたのである。

 魔の森の近くにある国。

 噂によればその森の近くだからこそ安全らしい。

 しかし、そんな事を素直に信じるダンザではない。

 そもそも、そんな噂の出どころはようとしてしれない。

 誰かが故意に流したと考えられた。

 ダンザはエチゴスの館を見る。

 大商人エチゴスを調べたところ怪しいところだらけであった。

 交易で儲けたらしいが、それにしては儲け過ぎである。

 この国やつながる街道の整備はエチゴスが全て出した。

 ただの交易商人に出来る事ではない。


「エチゴスという男は明らかに怪しい。どうやってあそこまでの富を得たんだ? 裏に魔に魅入られた者の気配を感じるぜ。必ず暴いてやる」


 ダンザは魔女狩人としてのこれまでの経験からエチゴスの背後に魔教団の影を感じていた。

 魔教の者達を容赦なく狩ったところから人狩りダンザと呼ばれるようになったのだ。

 これまで、多くの者を狩った。

 その中には無実の者もいたが、ダンザはその者達の事を気にしない。

 大義のためには小さな犠牲は仕方がないのである。

 そして、ダンザはこの国に来て調査を始めた。

 怪しい国であり、いかにも魔の気配がした。

 すぐにでも手掛かりが見つかりそうであったが、慎重に進めなければならなかった。

 出入り制限がないので、多くの者がこの国に入っている。

 ダンザが昔立ち寄った自由都市テセシアと同じだ。

 そのため、魔教徒が多く入り込んでいるようであり、ダンザ達だけでは相手にできない。

 この国の支配する者自体が魔教団と関わりがあるのでは外部の勢力の助けを借りるしかない。

 しかし、クロキアはヴェロスから遠く、またヴェロスのオーディス神殿に属する者達は潜入調査ができる者がいない上にヴェロスの事で手一杯のようであった。

 上手く捜査が進まず悩んでいる時だった。

 エルフを連れたレンバーが現れたのである。

 彼らは運よくエチゴスの所に向かった。

 上手くいけばエチゴスの正体が掴めるかもしれなかった。

 魔に繋がる証拠をつかめればヴェロスのオーディス神殿の助けを借りる事も出来るだろう。


「うん、あれは給仕の娘じゃないか、何か慌てているみたいだがどうしたんだ?」


 周囲の様子を警戒していたモンズが突然声を出す。

 ダンザはモンズが指した方を見ると先程の給仕の少女がどこかに行くのが見える。

 浮かない顔をしている。明らかに何かあったようであった。

 少女はエチゴスに仕える者であり、魔教徒の可能性がある。

 

「何かあったみたいだな、後をつけるか」


 ダンザは獰猛な笑みを浮かべる。

 魔教徒ならば子どもであっても同じ事だ。

 拷問をして惨たらしく殺すことも厭わない。

 そして、ダンザ達は少女の後を付けるのだった。



 グレーテは早く歩く。

 不安であった。

 闇エルフは特にグレーテに対して何もしなかった。

 しかし、それで済むとは限らない。

 ある日突然姿を見せなくなる者はこの国では普通にいる。

 誰かに相談したかった。

 そして、グレーテが相談できる者はただ1人だけである。

 食堂の上役にお願いして、少し休みをもらった。

 その時間は僅かである。

 だから、急いで行く必要があった。

 行き先はエチゴスの館の裏にある小さな礼拝所である。

 表向きは神王オーディスを祀っているが、その地下には魔王を崇める祭壇がある。

 グレーテはそこに向かう。

 祭壇の裏には地下に降りる階段があり、そこに入る。

 地下は広く、通路には蝋燭の灯りがあるので暗くはない。

 グレーテは真っ直ぐに礼拝所のある場所へと向かう。

 会いたい相手は今日もいるはずであった。

 グレーテは礼拝所に入ると周囲を見る。

 礼拝所は美しい装飾が彩られ美しい。

 所々に悪魔の像が並び、来る者を威圧する。

 まだ、礼拝の時間ではないので誰もいない。

 グレーテは中央にある魔王像の所には行かず、礼拝所の隅へと行く。

 そこには並ぶ悪魔像と違い、場違いなグレーテと同じ背丈の大きな人形が1つ飾られている。

 その人形は豪華な衣装を着てお姫様ように綺麗であった。

 グレーテは教団の偉い人から時々来てはこの人形の手入れをするように指示されている。

 ただ、人形はいつもこの場にあるわけではない。

 いない時もある。

 そして、今はいる時期であった。


「あらグレーテ? いつもより早いじゃない」


 誰もいないはずなのにグレーテは話かけられる。

 話かけているのは人形であった。

 普通の人ならば人形が話かけてきたら驚くだろう。

 しかし、グレーテは驚かない。

 グレーテはこの人形が意志を持っているのを知っているのだ。

 そして、会いたい相手も人形である彼女であった。


「アンジュちゃん……」


 グレーテは人形を見て泣きそうになる

 グレーテにとって人形のアンジュは友達であった。

 最初、グレーテは意思を持つ人形のアンジュが怖かった。

 しかし、アンジュはグレーテに優しく接するので次第に仲良くなったのである。


「どうしたの、グレーテ? 急に泣き出して。誰かに虐められたの?」

「ええと、アンジュちゃん。実はね……」


 グレーテは先程の闇エルフの事を話す。


「ふーん、あのおっさんのお客さんの事を勝手に話たわけね。でも別に良いんじゃない。結構多くの人が来るみたいだし、隠す必要もなさそうだしね。闇エルフがそれ以上何も言わなかったのなら気にする必要はないわよ」

「そ、そうなのかな……」

「そうよ、まあ闇エルフは怖いからね。気にするのも仕方がないわ。あいつら人をゴミみたいに思っているもの。でも、そこまで気にする必要はないわ。それに、いざとなったら弟のジュシオに頼んで助けてあげる」


 アンジュは笑って言う。

 その言葉を聞いてグレーテは少し安心する。

 アンジュの弟には会った事がない。

 そもそも人形の弟が頼りになるとは思えなかった。しかし、それでもグレーテを助けてくれる者がいるだけで嬉しかった。


「ありがとうアンジュちゃん。少し元気が出たよ」


 安心したグレーテは笑う。


「それにしても、闇エルフの言っていた事が気になるわね。エルフを連れた男か……」


 アンジュは可愛らしく首を傾げる。

 そこでグレーテはある事を思い出す。


「あっ? そういえばその男の人が見せた似顔絵のお客様なんだけど、アンジュちゃんを連れて来たらしき人に似ていたよ」


 グレーテは似顔絵の男性を思い浮かべて言う。

 似顔絵の男性が来たその日にグレーテはアンジュと出会ったのだ。

 今日来た客がアンジュを連れて来たと教団の偉い人が言っていた。

 そして、その日の客は似顔絵の彼1人であり、アンジュを連れて来たのはその客に違いなかった。


「……」


 そのグレーテの言葉を聞いた瞬間、アンジュは急に静かになる。


「どうしたの? アンジュちゃん?」


 アンジュの雰囲気が変わったのでグレーテは不安になる。


「ねえ、グレーテ。その似顔絵を見せた男性の事をもっと詳しく教えてくれるかしら」


 少し間を置いた後、アンジュは真剣な声で聞くのだった。


 

 ★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 アンジュ登場。

 元は幽霊ですが、人形の体を与えられています。

 

 小説書くのって、ここまで脳みそを使うのですね……。

 忘れていました(´;ω;`)


※ちなみに踊りは文章では伝えられないのでご容赦下さい。

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