第2話 おかしな国へようこそ1
魔王の支配するナルゴルの地、その境界であるアケロン山脈の南にその森は広がっている。
通称蒼の森と呼ばれるその森は木々が青々と茂り、多くの生き物が住んでいる。
その生き物の中には凶悪な魔物も含まれていて、森の近くにある国々の脅威となっていた。
特に脅威となっていたのは蒼の森に住むクジグというオーガの魔女である。
蒼の森の女王とも呼ばれる魔女クジグは御菓子の城に住み、甘い匂いで人間を誘い入れては喰っていた。
しかし、最近になって蒼の森の様子は変わった。
クジグという魔女が消え、白銀の魔女が現れたのだ。
白銀の魔女は蒼の森の1部を作り替えてより危険な魔の森へと変えた。
蒼の森に隣接する周辺の諸国の中でもっとも大きな国であるヴェロス王国は危機感を感じ、調査隊を送った。
もっとも、その調査は失敗に終わり、調査隊は何もできずその多くの者達は撤退するしかなかった。
ただし、その中の1部の者は踏みとどまり魔の森の近くで監視を続けている。
監視している場所は何名かの人が出入りするうちに小さな集落となり、そして集落はさらに大きくなり、小さな国のようになった。
国の名はクロキア。
名付けたのはこの地を拠点するようになったとある商人。
クロキアはまだ国としては未熟であり、はっきりとした市民はいないので人口は不明である。
まだ、発展途上であり、魔物に滅ぼされなければしっかりとした国となるだろう。
放浪騎士レンバーと水エルフのニミュはそんな国へと来ていた。
◆
クロキアの中央部にあるその店はある。
木造の大きなその店は「旅する豚亭」と呼ばれ、1階が食堂であり、2階が宿屋となっている。
国の門のすぐ近くにある宿であるところから、利用する客も多い。
夕方にたどり着いたレンバーとニミュは「旅する豚亭」の食堂で1休みしている最中であった。
「ねえ、レンバー。本当にここに貴方の友人がいるのかしら?」
ニミュは周りを見ながら言う。
食堂は広く、多くの人が集まっている。
その多くは自由戦士だが、中にはそうでない者の姿も見える。
レンバー達のいるクロキアは新たな商人の交易路の中継地点となろうとしていた。
これまで、森を迂回しなければならなかったが、クロキアが出来た事で中継地ができて、森の中を突っ切って進む事が可能になった。
クロキアの立地は川が近く、丘と少ないが耕作可能な場所もあり、充分に人が住めそうな場所であった。
ただ、森に住む魔物の脅威が問題であり、クロキアが出来る前にもこの地には国があったのである。
その国は度重なる魔物の襲撃で市民が国を放棄せねばならず、廃墟となった。
クロキアはそんな場所に新たに建国されたのだ。
危険ではあるが、利益を求める駆け出しの交易商人が来るため、クロキアはそれなりに賑わっている。
レンバーがいるのはそんな人達が食事をするための場所である。
人を探すのならこういった場所が1番である。
「うーん、アルゴアのマキュシスの話では、そのはずなんだが……。嘘を言っているようには見えなかったしなあ」
レンバーは頬を掻きながら言う。
レンバーの旅の目的は友人であるクロを探す事である。
故郷であるロクス王国に来たクロは北から来た。
そして、北へと帰った。
だから、レンバーも北へと旅をしたのである。
そして、北の都と呼ばれるヴェロス王国へと着いた時にある男と知り合った。
男の名はマキュシス。
ヴェロスの北、最果ての王国アルゴアに住んでいる者であった。
たまたま、酒場で相席になり、意気投合して色々な事を話し、酒を飲み交わした。
そして、レンバーが旅の目的を言い、自身が描いたクロの似顔絵を見せた時だった。
クロの似顔絵を見たマキュシスは蒼ざめた表情となった。
そして、マキュシスはレンバー達から逃げるように立ち去ろうとして最後にこう言った。
クロキアにクロがいるだろうと。
その言葉を信じてレンバー達はクロキアへと来たのだ。
「だと良いのだけど……。正直長くここにいたくないわ。レンバー」
ニミュは眉を顰めて言う。
それについてはレンバーも同感である。
この国は安全ではない。
魔物が多い森の中であるにもかかわらず、城壁はしっかり作られておらず、所々崩れている。
それに何よりも白銀の魔女が住む魔の森に隣接している。
すぐにも滅んでしまいそうな国である。
長居をすれば魔物の襲撃に遭うかもしれなかった。
「それについては同意する。ニミュ。しかし、ここにいる者達は怖くないのだろうか? すぐ近くに魔の森があるというのに……」
レンバーは疑問に思う。
どんなに交易路として有用であっても、危険な道は誰も通ろうとは思わないのが普通だ。
にもかかわらずこの国には多くの人間が集まっている。
それが不思議なのだ。
「確かに不思議に思うだろうな。しかし、その魔の森があるからこそ、この国は安全らしいぜ」
突然レンバーは声を掛けられる。
声がした方を見るとそこにはつばの広い帽子を被った男が立っていた。
年齢はレンバーと同じか少し上くらいであり、茶色髪で鋭い目が印象的である。
「貴方は?」
「おっと、そんなに身構えないでくれ。俺の名はダンザ。ただの旅の戦士さ。エルフを連れているなんて珍しいと思ってな。つい声を掛けちまった」
ダンザはそう言うと空いている椅子を持って来てレンバー達のいる卓へと座るとニミュを見る。
馴れ馴れしい男だなとレンバーは思う
もしかしてニミュ狙いだろうかと邪推するが、その考えを打ち消す。
ニミュは美形揃いのエルフなので、確かに美人だ。
水色の髪に白い肌は人の目を引く。
だから、ニミュに声をかけたいと思う男性は多い。
ダンザもその1人かと思ったのだ。
しかし、顔は笑っているがダンザの目は笑っていない。
その目は探るような目である。
そもそも、疑問に思う事もある。
ニミュは美人なので、魔法で少し気配を隠している。
これはレンバーの指摘でそうするようになったものだ。
ダンザはそんなニミュに気付いた。
只者ではない。
「私に気付くなんて、貴方魔法が使えるの?」
ニミュもそう思ったらしく、ダンザに聞く。
「魔法のような大したものは使えない。だが、魔法の影響を受けにくい護符を持っているだけさ」
そう言ってダンザは自身の首にかけている物を見せる。
それはオーディスの聖印であった。
どうやら魔法の装身具のようである。その聖印の力でニミュの魔法の影響を受けなかったようだ。
「なるほど、ところで先程はどう言う意味ですか? なぜ、森のおかげで安全なのですか? 魔の森は危険のように感じますが」
レンバーは先程の事を尋ねる。
「ああ、その事か……。確かに魔女の作り出した魔の森は危険だ。凶悪な魔物達が蠢いている。中に入って生きて帰る事はほぼ無理だ。しかし、それは中に入ればの話だ。凶悪な魔物どもは外に出てこないらしいんだよ。むしろ、他の森の魔物が恐れて近づいてこない分、隣接したここは安全と言うわけさ」
ダンザは説明する。
「出てこない? それは本当なの?」
「さあな。ただ、森にいる魔女の下僕がそう言っていたらしいがね」
ニミュが聞くとダンザはそう答える。
「それをここにいる人達は信じているのか……。信じられないな」
レンバーは首を振る。
魔女の下僕の言うことを信じる気持ちがわからなかったのである。
「信じているかどうかはわからねえな。そもそも、ここにいるのは魔の森に挑む戦士を別にすればどこの国の市民権も持たない奴ばかりだからな」
「なるほど」
レンバーは納得する。
どこの国の市民権を持たない者は危険な城壁の外で暮らすしかない。
そんな彼らにしたら、この国で暮らすのも変わらないのかもしれなかった。
レンバーは故郷であるロクス王国の事を思い出す。
いかに自身が恵まれた生まれであるのかを思い出したのだ。
(いつかは戻ろう……。我が国に……)
レンバーは国を出るときに王からいつでも戻って来ても良いと言われた。
それはとても幸せな事なのだ。
それに対して市民権を持たない者はどこにも戻る故郷がないのである。
「それにしてもお前さん達はどうしてここに? 何か目的があって来たみたいだが」
ダンザが鋭い目をして言う。
おそらく、それを1番聞きたかったのだろう事がわかる。
「人探しですよ。友人がここにいると聞いたので来たのです。知りませんか?」
そう言ってレンバーは似顔絵を見せ、ここに来た経緯を話す。
「なかなか上手いな。戦士に見えるが実は絵描きか?」
ダンザはクロの似顔絵を見て言う。
「やっぱり、そう思う。私もレンバーには才能があると思うの。アルフォス様を信仰するべきだと思うわ」
ニミュが同意する。
レンバーは意外と絵が上手い。
探しやすいようにとクロの似顔絵を描いたのだ。
その絵を見てニミュは上手いと褒め、歌と芸術の神アルフォスを信仰する事をすすめていたりする。
「私は騎士だよ。ニミュ。国を離れていてもね。まあ、絵を描くことは続けても良いとは思う。で、見たことはありますか?」
レンバーはやんわりとニミュの提案を断るとダンザに聞く。
「悪いな。見たことはない。俺も数日前にここに来たばかりだからな。念のためにここで働いている者に聞いてみたらどうだ? おーい、ちょっと来てくれないか?」
ダンザは近くにいる給仕に声をかける。
給仕は10歳ぐらいの少女だ。
終わった食事の片付けなのか汚れた食器を持っている。
呼ばれた少女はレンバー達の座る卓へと近づく。
「あ、あの何でしょうか? 注文ですか?」
少女は少し怯えた表情で言う。
ダンザを警戒しているようであった。
「そんなに警戒するなよ。何もしやしねえぜ。嬢ちゃんこの絵の男を見なかったか?」
「え? う、ええと」
ダンザが絵を見せると少女の表情が変わり、考える仕草をする。
明らかに迷っている。
レンバーとニミュは顔を見合わせる。
もしかすると知っているかも知れなかった。
「すまない。彼は友人なんだ。知っている事があったら教えて欲しい」
レンバーは少女を怯えさせないように優しい声で言う。
「友人……」
少女は呟き考え込むと再び口を開く。
「あの……。その絵の方は前に御主人様を訪ねられた御客様に似ています」
少女はゆっくりと言う。
先程の態度は主人の客の事を喋っても良いか迷ったようであった。
「ありがとう。君が言ったとは誰にも言わない。安心してくれ。仕事の邪魔をして悪かったね。もう行って良いよ」
レンバーがお礼を言うと少女は離れる。
「良かったわね、レンバー。手掛かりが見つかったじゃない。次は店主に聞けば彼の居場所がわかるかも知れないわよ」
「ああ、そうだね、ニミュ。ええと店主は彼かな」
レンバーは食堂の奥を見る。
そこには年配の男が料理をして、給仕達に指示を出している。
彼が店主だろうとレンバーは推測する。
「待ちな。あそこにいるのはこの店の持ち主じゃねえよ。この店の持ち主はな、この国を実質的に支配する大商人だ」
奥にいる男のところに行こうとしたレンバーをダンザは止める。
「大商人? とう言うことは……」
「やはり、聞いた事があるか、まあこの国の事を聞けば真っ先に上がる名前だからな」
ダンザは頷く。
レンバーもこの国を支配する大商人の事は聞いていた。
王を名乗っても良いのに、商人という立場を崩さない男。
この地を拠点に交易で巨万の富を築いた男。
足が臭く、すね毛が長く、禿げた男。
その大商人は様々な事で噂になっていた。
「ああ、そうさ、この店の主人は大商人エチゴスだ」
◆
レンバー達に応対した給仕グレーテは水汲みをする。
水は貴重であり、飲み水はもちろん料理や洗い物にも使う。
重労働ではあるが、以前に住んでいたヴェロス王国の外街に比べれば井戸が近いので楽になったと言えるだろう。
グレーテはここに移り住めた事を幸運に思う。
たった1人の家族である弟のヘンスの容体も良い。
もっとも、この先どうなるかわからなかった。
「ねえ、そこのお前。ちょっと良いかしら?」
グレーテは突然声を掛けられる。
先程まで誰もいなかったはずであった。
しかし、声をかけた者は突然現れたのである。
「な、なんでございましょうか!?」
グレーテは振り向くと膝を付いて頭を下げる。
声をかけた者は決して逆らってはならない存在であった。
目の前にいるはずなのに声をかけた者は陽炎のように姿が朧である。
人間ではない。
この国を真に支配する影の1つであった。
この国で生きるには常に影に怯えていなければならないのである。
「そんなに怯える必要はないわ。先程水エルフと一緒にいる人間のオスと話をしていたわよね。何を聞かれたの?」
「エ、エルフですか? 何の事でしょうか!?」
問われてグレーテは考える。
エルフと言われて何の事かわからなかったのだ。
「はあ、エルフに気付かなかったの? まあ、気配を消していたみたいだから仕方がないか。あの中で何か絵を見せたオスの事よ。教えてちょうだい」
「え、絵ですか? そ、それなら、この国に友達が来ていないかを尋ねられました」
ようやく誰の事かわかったグレーテは答える。
「何て答えたの?」
そこでグレーテは言葉につまる。
しかし、嘘を吐けばすぐにも殺される可能性がある。
だから正直に答える。
「御主人様の御客様の1人に似ていると……」
「御主人様って、あの醜い人間のオスの事よね。正直に答えたの? でも仕方がないわね。嘘を感知されるかもしれないからね」
そう言うと声をかけた者は考え込む。
もはや、グレーテの事はどうでも良さそうであった。
「誰を探しに来たのか知らないけど、水エルフ風情が私達の領域に来るなんてね。どうしてくれようかしら?」
声をかけた者がそう言った時だった。
影が薄れて、その姿を見せる。
肌の色が暗く、耳が長い美しい女性。
グレーテは知らないが
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
久しぶりの書下ろし。
本編では9章中の出来事です。
執筆力が落ちてますね……。
時間がかかりました。
世界観をしっかり作っておくと外伝を作りやすい。
他にも作ったのは良いけど出していない設定があったりします。
設定資料集も続きを書きたい。
しかし、時間がなかったりします。
※コメントになかなか返信できなくて申し訳ないです。
執筆のはげみになっております<(_ _)>
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