第6話 おかしな国へようこそ5

 多くの人間にとって夜は怖しい時間である。

 エリオスの母神である太陽の女神ミナの光が見えなくなり、人々は恩寵を受けられなくなるからだ。

 代わりに世界を覆うのは魔物達が崇める闇の神の影、人々は家へ篭り影が過ぎ去るのを震えながら待つのである。

 しかし、一部の人間にとって夜は楽しい時間である。

 愛と美の女神イシュティアの恩寵を求め、夜を楽しむのである。

 そして、商人エチゴスもそんな一人であった。


「ぬふふふ、これが欲しいのかな」

「「「きゃあーーーー」」」


 エチゴスが沢山の金貨を投げると、周囲にいる女達は嬌声を上げて金貨を拾う。

 美女達は半裸であり、その肢体を惜しげもなくエチゴスに見せる。

 エチゴスはそれを見てにんまりと笑う。

 目の前には上手い料理と、上等な酒が並べられエチゴスの舌を楽しませる。

 かつてオーガが支配した村にいたときよりも上等な暮らしである。

 この地における人間で最高位の存在がエチゴスである。

 住民達はエチゴスを王のように扱い、疑問に思う。

 なぜ王を名乗らないのかと。

 もちろん、王を名乗れるはずがない。

 エチゴスはただの代官である。

 真の支配者は魔の森に住む美しく怖しい白銀の魔女だ。

 そもそも、魔女の力があったからこそ、エチゴスは成功できたのだ。

 この地の富のいくつかは真の支配者へと献上しなければならない。

 エチゴスが彼女に忠実である限り、その地位は安泰であった。 

 もし、不興を買えば、エチゴスを処分して他の誰かを代わりにするだろう。

 その事を忘れてはならなかった。


「エチゴス様〜。もっとちょうだい〜」


 金貨を拾った女達がエチゴスの隣に座る。

 彼女達は元ヴェロスの外街で暮らしていた者達だ。

 日々の暮らしに困る彼女達を誘い、この地に連れてきた。

 クロキアは交易の中継地として、発展中だ。

 エチゴスはその中継地での商売を上手くやり取りすれば良い。

 利益を求めた者達に安全な宿泊地と食事を用意すれば多くの者が訪れる。

 訪れるのが魔の森の闇を払いに来た戦士だけではここまでの利益は得られなかっただろう。

 

「エチゴス様」


 エチゴスが女達と戯れているときだった、突然後ろから声を掛けられる。

 エチゴスが振り向くと1人の女性が立っている。

 女性は20代後半ぐらいで、半裸ではなく、品の良い衣装を着込んでいる。

 大きな胸が特徴的で、全体的にふっくらとしている。

 しかし、太っているわけではない。むしろこの部屋にいる女達の中で一番の美人であった。


「おお、これはカマリア殿。どうされました」


 エチゴスは女性を見ると。

 話かけて来たのはエチゴスの秘書であるカマリアである。

 半裸の女達とは違い、きちんとした教育を受けているのか読み書きが出来る。

 そのため、商売の手伝いをしてもらっているのである。

 ただ、エチゴスは彼女の経歴を知らない。

 いつの間には現れてエチゴスの側にいるようになったのだ。

 ただ、過去に何度か結婚していたらしい事しかわかっていない。

 その全てに死に別れたらしいのである。

 しかし、そんな事はエチゴスにとってどうでも良い事であった。

 彼女が美人であり、独り身であることが重要である。

 実はエチゴスはカマリアに妻になって欲しいと思っているのだ。

 そこらの一晩いくらの女などを妻にするつもりはない。

 教養があり、美しい彼女こそが自身の妻に相応しいとエチゴスは考えているのだ。

 彼女を狙う男は多く、中にはエチゴスよりも有望そうな商人も中にはいる。

 もっとも、貞淑なカマリアは簡単に靡いたりしない。

 それでも、うかうかしてられなかった。

 ただ、それとなくその事を伝えてもはぐらかされるので、未だに思いを伝えられずにいる。


「実はですね、どうやら周囲が騒がしいようなのです。何かがあったのかもしれません」


 カマリアは不安そうに言う。


「騒がしい? しかし、警護の者から、何も報告も受けていません……。ですが、カマリア殿の言う事ですし警戒させましょう」

「そうですか、ありがとうございます。それに、どうやらエチゴス様は何も伺ってないのですね。失礼しました」


 意味深な事を言ってカマリアは去る。

 エチゴスは首を傾げる。


(もしかして、ルマンド様達が何かしているのか? ありえるな)


 エチゴスは上司である闇エルフの事を考える。

 魔の森から派遣されて来たらしいが、特に何かをするわけではない。

 気紛れで、普段どこにいるのかもわからなかった。


(まあ良いか、俺には関係ないことだ)


 エチゴスは考えるのをやめる。

 自身の力ではどうにもならないことを知っているのだ。

 実際エチゴスは小者であり、自身の幸せしか考えない。

 自身の利益のためなら、他者を平気で踏みにじる事だってする。

 とにかく今は楽しむ事に集中しようとエチゴスは思う。


「ねえ、エチゴス様〜。もっと〜」


 女達がエチゴスを誘う。


「ぐひひひ、良いぞ。良いぞ」


 エチゴスは楽しく笑うのだった。



 



 レンバー達は夜の森を駆ける。

 森の木々により月の光が遮られ、足元が見えないので思うように走れなかった。

 夜目の利くニミュのみが頼りである。

 しかし、そのニミュも思うように動くことができなかった。


「まずいわ、レンバー。安全な行き道がわからないわ…」


 ニミュは困った声を出す。

 これまでの道中、夜道を行くことはあった。

 夜は多くの魔物が活動するので危険であり、旅なれた者でも命を落とす事が多い。

 しかし、感覚の鋭いエルフのニミュが一緒であったので、レンバーは安全に旅を続けられた。

 そのニミュが感覚に頼る事ができない。

 かなり危険な状況であった。


「闇エルフがどこにいるのかわからないのかい? ニミュ?」

「違うわ、レンバー。闇エルフはおそらく先回りして、あちらの方向で待ち構えている。その気配を感じるわ」


 ニミュは首を振って答える。


「何だ。それなら違うこちらの道を選べば良いのではないのかい?」

「普通ならそう考えるべきよね。でも、わかりやすすぎる。気配を隠す気がないみたい。こちらの道に罠を仕掛けているかもしれない」

「なるほど…」


 レンバーは判断に迷い、そばにいるグレーテを見る。

 グレーテは何も喋らずに後ろについてきている。

 彼女が教えてくれなければ、闇エルフの奇襲を受けていたかもしれない。

 だから、巻き込んだ事に後悔する。


「どうする、レンバー? おそらく、どの方向に行っても安全とは限らないわ」

「そうだな。この子もいるし無理はできない。どの道を進むか……」

「あ、あの……。こちらの方角にはもしかすると御菓子の城があるのかもしれません。微かに甘い匂いがします」


 突然グレーテが言う。

 そういえば先ほどから甘い匂いがする。


「御菓子の城? 確かに甘い匂いがするな」

「そうね、レンバー。御菓子の城って確か魔の森に中にある白銀の魔女が住む城の事よね。危なかったわ。闇エルフはおそらく魔の森に誘導しようとしていたのよ」

「そうか、だとすれば、闇エルフのいるあちらの道に進むしかないか…」

「待って下さい。お願いです。一緒に御菓子の城に行ってくれませんか?」


 グレーテは御菓子の城とは反対方向に行こうとするレンバーの服を引っ張る。


「えっ、どういう事だい? 魔の森は闇エルフよりも危険なんじゃないのかい」

「そうよ。白銀の魔女はとても恐ろしいと聞いているわ。あの闇エルフを従えているぐらいなのだから」


 レンバーとニミュが言うとグレーテは首を振る。


「確かに白銀の奥方様はとても恐ろしい御方だと聞いています。ですが、漆黒の旦那様はとてもお優しい方らしいんです。ですから、漆黒の旦那様の慈悲にすがるのはどうでしょうか?」


 グレーテが提案するとレンバーとニミュは顔を見合わせる。


「漆黒の旦那様か、初めて聞く名前だな。本当に助けてくれるのかい?」

「そ、それは。わからないです。でもアンジュちゃんは優しい方だと」


 グレーテは目を伏せて言う。

 自分も確信が持てないみたいであった。


「う~ん。どうするレンバー?」


 ニミュが再びどうするか聞く。


「もちろん、御菓子の城に向かうよ」


 レンバーはあっさりと答える。


「迷いがないわね。どうしたの?」


 ニミュは疑問に思い聞く。


「君の友達がそう言っていたんだよね」

「はい。アンジュちゃんがそう言っていました」

「なら、信じるよ」


 そう言ってレンバーは笑う。

 レンバーの脳裏に親友クロの顔が思い浮かぶ。

 クロとの親交は短かったが、それでも信頼できる相手だった。

 何者かはわからないが、それは問題ではない。

 グレーテの友達のアンジュも何者かわからないが、グレーテの友であるアンジュの言葉を信じてみようとレンバーは思ったのだ。


「なるほどね。なんで貴方について行きたいのかわかった気がする。運命を委ねるわ、レンバー」

 

 ニミュは頷く。


「それじゃあ、行こうか」


 こうしてレンバー達は御菓子の城へと向かうのだった。



 ダンザ達は崩れた城壁の側で身を隠す。

 逃げると見せかけて、隠れてやり過ごしたのだ。


「どうやら、見逃されたようだ」


 ダンザは舌打ちをする。

 闇エルフはダンザに気付いていたが、ニミュを優先して見逃したようなのだ。

 舐めてかかられた事にダンザは憤慨する。


「どうする、旦那。これ以上、この地にいる事はできねえぜ」


 モンズが首を振る。

 確かにそうであった。レンバー達の仲間と思われたなら、このまま止まるのは危険である。


「しかし、よお、このまま何もせずに退散するってのは癪だぜ」


 ゴウズが首を振る。

 ゴウズの言うこともそうである。

 魔に魅入られた者を狩るのがダンザの使命である。

 魔教団が存在すると気付いておきながら去ることはできない。

 

「確かにゴウズの言う通りだ。危険かもしれねえが、エチゴスの館に侵入する。手ぶらじゃ去ってたまるか、闇エルフがいない今が逆にチャンスかもしれねえからな。だが、俺達だけじゃあ手が足りねえ。手勢を集めるぞ」


 ダンザが言うとゴウズとモンズは頷く。

 今でこそ商人が多く訪れるが、元々魔の森を攻略するために集まった戦士達によってできた国だ。今でも戦士は多くいる。

 ダンザはその中で魔教とは関わりなさそうな戦士達に声をかけるつもりであった。

 本当はもっと調査して、確実に殲滅するつもりであったが、そうは言っていられない。


「そして、魔に魅入られし、エチゴスの館を急襲だ! 行くぞ!」

「「おう!」」


 こうして、ダンザ達は元の道を戻るのだった。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 ごめんなさい。昨日は更新できませんでした。

 実はカマリアはレンバー編で一番書きたかったキャラだったりします。

 ちなみにエチゴスも久しぶりですね。


 描いたレーナをTwitterに載せました。全部ダメですが、色塗りが絶望的にできてないです。

 どうすれば良いのでしょうね……(´-ω-`)

 また、トトナのリクエストがあったのですが、その余裕はまだないです申し訳ないです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る