第5話 ハーピークエスト4

 シズフェ達はフィネアスを救うべく、ミノン平野北部を歩く。


「まずいぞ、シズフェ。もう辺りが暗くなっている。早くアルム王国につかねえとヤバイ」


 シズフェの横を歩くケイナが慌てた声で言う。

 時刻は夕暮れ、既に辺りは暗い。太陽が見えなくなれば歩くのが困難になるだろう。


「ごめんね、シズちゃん。私が歩くのが遅いせいで」

「別にマディは悪くないわよ。日暮れにはアルム王国にたどり着けると思った私が甘かったのよ。謝るのは私の方」


 シズフェは仲間達に謝る。

 マディは何も悪くない。

 判断を間違えたのは団長である自身であった。

 4日間の船旅を終えて、シズフェ達は大きな河川港を持つウィルドナ王国へとたどり着いた。

 本来なら、ここで1泊した後で、アルム王国まで陸路で行く予定であった。

 なぜアルム王国に行くのかと言うと、そのアルム王国の近くに、ハーピーがフィネアスを捕えていると思われる場所があるからだ。

 しかし、一泊する事なくシズフェ達はアルム王国に向かっている。

 なぜ、そうなったかと言うと、リジェナがリザードマンと小舟を貸してくれる事を申し出てくれたからだ。

 大きな河船は入れないが小さな川がアルム王国の近くを流れている。そのリザードマンに引かせた小舟を使えば、街道を歩くよりも早くたどり着ける事は間違いない。

 その申し出を聞いて、シズフェは迷い地図を広げてアルム王国の位置を確認した。

 測量能力を持つドワーフの地図は正確で狂いがない。

 もし、小舟を借りれば夕暮れには辿りつけそうであったのである。

 そして、シズフェは迷った末に、仲間と相談して、その申し出を受ける事にしたのだ。

 なぜなら、人命の救助なので、早く行く必要がある。

 それに、気になる事もあった。

 新緑の戦士団もまたシズフェ達と同じくウィルドナ王国で船を降りたのだ。

 彼らがどこに行くのかわからない。

 しかし、もしかすると同じアルム王国に行くのかもしれない。

 だとすれば、道中一緒に行く事になるかもしれない。

 別に彼らと争う関係にあるわけではない。

 しかし、なぜか一緒に行きたくないとシズフェは思ったのだ。

 それも、リジェナの申し出を受けた理由だ。

 こうして、シズフェ達は小舟でアルム王国へと向かった。

 しかし、小舟で降りたところからアルム王国までは当然街道から外れている。そのため、歩きにくく、時間がかかってしまったのである。


「しかし、このままでは確かにマズイですね。野営の道具を何も持っていません」


 レイリアは不安そうな顔をする。


「少し急いだ方がいいじゃねえか、シズフェ? そうだマディ、俺がおんぶしてやろうか?」


 ノヴィスがマディに背を向ける。


「えっ、でも悪いよ、ノヴィ君」

「気にすんなって、マディなら子供をおぶるのと変わらねえよ」


 ノヴィスは笑いながら言う。

 振り向いた時にあきらかにマディの胸を見た事に気付く。

 善意で言っているのだろうが、マディは子供みたいな体型なのを気にしている。

 そのため、マディは微妙な顔をする。


「む~。いいよ、ノヴィ君。おぶってもらわなくても大丈夫だから」


 案の定マディは不機嫌な声で言うと無理をして早足で歩きはじめる。


「おっ、おいどうしたんだよ!」


 ノヴィスは慌ててマディを追いかける。


「はあ、何やってるのだか……」


 シズフェは溜息を吐くと2人を追いかける。

 ほどなくして、シズフェ達は街道らしき場所へと出る。

 らしき場所と言ったのは、その道が街道と思えないほどに、みすぼらしかったからだ。

 だが、これは間違いなく街道だろう。

 普段アリアディア共和国周辺の道に慣れているから、そう思ってしまうのだ。

 アルム王国はミノン平野の外れにある国だ。

 あまり豊かな国ではない。

 通る人がアルム王国の市民しかいなければ、街道の整備はアルム王国がしなければならない。

 豊かな国ではないので立派な街道を作る事ができないのだ。

 シズフェ達は街道を歩く。たどり着く頃には夜になっているだろうが仕方がなかった。


「待て! みんな!!」


 街道を歩いていると、突然ノーラが大きな声を出す。


「どうしたの? ノーラさん?」

「後ろから、何かが走って来る」


 そう言ってノーラは自身の耳に手をあてる。

 エルフは人間よりもはるかに耳が良い。人間では聞く事ができない音が聞こえる。

 ノーラの言葉で全員の雰囲気が変わる。


「魔物がこちらに走って来ているの?」

「違う名足音からして人間だな。何かに追われているようだ。魔物に襲われているのかもしれない」


 その言葉を聞いて仲間達の顔に緊張が走る。


「助けに行くよ!!みんな!!」


 シズフェが言うと全員が頷き、武器を取り出すと足音がする方向へと走る。

 先行するのはケイナとノーラ、次にシズフェとノヴィスが続く。

 マディは早く走れないので、レイリアと共に遅れてくる。

 やがて、前方から1人の男性と1人の女性がこちらへと走って来るのが見える。

 その後ろから複数のゴブリン達が迫っている。

 ゴブリンは日の光を嫌うため、日中はあまり姿を見せない。しかし、日の光が弱くなった夕暮れなら姿を見せる。

 ゴブリンの数はかなり多い20匹はいるだろう。

 急いでシズフェ達は逃げている男女の元へと行く。

 男性は騎士のような姿であり、女性を守りながら逃げている。


「大丈夫ですかっ!!今、助けます!!」


 シズフェが叫ぶと騎士が驚いた顔でこちらを見る。


「あなた達は?」

「説明は後です! 下がって」


 私はケイナを先頭にゴブリンに向かう。


「クソ! 新シイ人間ガ来タ、ゴブッ!!」


 シズフェ達に気付いたゴブリンの一部が弓矢を構える。

 ゴブリン達の使う小さな単弓は飛距離こそ短いが、射程範囲なら脅威だ。

 弓から矢が放たれる。


「レーナ様! 私達を守って!!」


 シズフェはレーナ様の加護の力により光の盾を出す。

 その盾により、矢はこちらに届かない。

 前衛のゴブリンが石斧と石槍を構えて弓を持つゴブリンを守るように立ちふさがる。

 ゴブリンは火を使えないので鉄器を作る事ができないが、石を磨いて鋭利な武器を作る事ぐらいはできる。

 鎧がない場所を攻められたら、致命傷を負う事もある。


「行くぞ! ノヴィス!!」

「おう! ケイナ姉!!」


 ケイナとノヴィスがゴブリンに突っ込む。

 ケイナは動きが制限される事をいやがるため、軽装の鎧しか身に付けない。

 ノヴィスは鎧を着ないトールズの狂戦士なので上半身がむき出しだ。

 2人は肌の露出が多いため、ゴブリンの攻撃で致命傷を負う可能性があるがこの2人には無用の心配だ。

 ゴブリン達が石斧と石槍を掲げて2人を迎え撃つ。


「そんなのろまな攻撃が当たるかっての!!」


 ケイナは小さく飛び、ゴブリン達の攻撃を躱すと槍で攻撃する。

 ケイナの脚の速さは常人の域を超える。その健脚を使った一撃離脱戦法が持ち味だ。

 ケイナの攻撃によりゴブリンの隊列が崩れる。


「おりゃああああ!!」


 ゴブリンの崩れた隊列にノヴィスが気勢を上げて突っ込む。

 ノヴィスが大剣を振るうと、数匹のゴブリンが吹き飛ぶ。

 その戦いぶりを見ていると、2人に鎧は必要いと改めてシズフェは思う。

 一方は全ての攻撃を躱し、もう一方は力で全てをねじ伏せる。

 ゴブリンの弓使いが、2人を狙う。

 もちろん、そんな事はさせない。

 ノーラが弓の速射で2人を狙うゴブリンの弓使いを的確に狙う。

 エルフ中でもオレイアド氏族は弓に長けている。

 その氏族の出身であるノーラは弓の名手だ。

 弓使いはノーラさんに邪魔されて2人を狙えない。


「シズフェ! 前のゴブリンは任せた!!」


 ケイナが華麗にゴブリンを避けると、後続のゴブリンに向かう。

 ゴブリン達も馬鹿ではない。ケイナ姉を追おうとする。


「させる訳ないでしょ!!」


 シズフェはゴブリンと対峙する。

 後ろから襲われる事を怖れた4匹のゴブリンが向かってくる。

 以前なら1匹のゴブリンを相手するだけも大変だった。

 ゴブリンはオークのように強靭な肉体を持っていないが、素早く動く。シズフェの魔法の剣も当たらなければ意味はない。だから、素早く動く相手は苦手だった。

 しかし、レーナの加護を受けた今ならば、これだけのゴブリンにだって負けはしない。


「ガアアアアアア!!」


 一番前のゴブリンが石斧で襲う。

 シズフェは盾でその攻撃を受け流すと、素早く体を回転させて斬り裂く。

 そして、そのまま止まらず槍で攻撃して来たゴブリンの槍を斬ると盾で押して、別のゴブリンにぶつける。

 シズフェは後ろから来るゴブリンを感じ取ると、剣を逆手に持ちなおし、後ろに付き出す。

 後ろから来た奴を倒した、起き上がったゴブリン2匹が敵わないと思ったのか、逃げ出す。

 周りを見ると他のゴブリン達も逃げ出している。


「どうするシズフェ。追うか?」

「深追いは駄目よ。夜になる前にアルム王国に行くべきだわ」


 シズフェはノヴィスの言葉に首を振る。

 そんな話をしているとマディとレイリアが追いつく。その後ろには逃げていた2人もいる。


「すごいね。沢山いたゴブリンを4人だけで追い払っちゃった」

「私達の出番はないようですね」


 マディとレイリアが笑う。

 以前だったら、こうはいかなかっただろう。だけど、今回はノヴィスもいて、シズフェも強くなった。

 だから、これだけのゴブリン相手でも勝つことが出来たのである。


「ありがとうございます。私はアルム王国の騎士ボルモス。そして、こちらは我が妹のエドラです」

「エドラと申します戦士様方。もし、皆様が来て下さらなかったらゴブリンに捕えられていたでしょう」


 逃げていた男女がシズフェ達にお礼を言う。

 この2人が無事だったのは、このエドラを生きたまま捕えるために弓を使わなかったからだろう。

 ボルモスは怪我をしているが、エドラには傷1つない。


「もっと、くわしい話をしたいのですが、取りあえず移動しましょう。今宵は我が国にお泊り下さい」


 そう言ってボルモスは頭を下げるのだった。







 アルム王国は人口8千人程の王国だ。

 耕作地に恵まれておらず、牧畜が主な産業である。

 豊かな国が多いアリアド同盟諸国の中では貧しい国に入るだろう。

 小高い丘の上に建てられた王国の周囲には、シズフェの身長の3倍ほどの城壁が張り巡らされている。

 ドワーフ製では無く人間が作った物だ。はっきり言って、アリアディア共和国のドワーフが作った城壁に比べてみすぼらしい。

 逆に言えばアリアディア共和国の城壁が立派すぎるともいえる。

 先程のゴブリンの事もあるが、この辺りはアリアディア共和国よりも魔物の出現率が高い。

 だから、本来ならアリアディア共和国よりも立派な城壁が必要である。

 必要な物が必要とされる所に行かないのは問題だとマディは言う。

 それは元々偉い賢者の話らしい。

 マディが言うその賢者様の話では、アリアド同盟諸国は1つの国になるべきだそうだ。

 そうすることで貧しい地域に富を分配する事ができるのだと言う。

 正直、あまりにも大きな話なのでシズフェには良くわからなかった。

 しかし、世の中が良くなるのなら、その方が良いだろうとも思う。


「戦乙女シズフェ様にそのお仲間殿。甥と姪を助けていただき有難うございます」


 アルム王国の王が礼を言う。

 ボルモスはこの国の王様の甥であった。

 つまり、王族である。

 しかし、この国は王を民会で決める。

 基本的に王様の子がそのまま王様に選ばれる事が多いらしいが、必ずしも王になれるとは限らない。

 そのため、王族といっても一般市民とそこまで変わらない。

 シズフェ達はボルモス達を助けた事で夕食に招待された。

 この夕食は王妃とその一族の女性が作った物だ。

 羊肉の挽肉に香草を混ぜて焼いた肉団子に、豆をすり潰して固めた揚げものが食卓にならぶ。

 場所は王城である。

 この国の公共かつ、最大の建物で王様になった者が住む事を許される。

 その夕食の席でシズフェはお礼を言われたのである。

 席にはシズフェ達の仲間に王と王妃とその孫娘の姫にボルモスが座っている。

 いつもは一族で食事をとるのか食堂はとても広かった。


「おう。存分に感謝し……。うぐっ!!」

「いえ、そんな。全てはレーナ様の御導きのおかげです」


 シズフェはノヴィスを肘で突いて黙らせて言う。


「おお、そうですか。レーナ様に感謝いたします。これでエドラの結婚もうまく行くでしょう」


 王の話によると、エドラは隣国の王子と結婚が決まっていた。

 そして、今朝にエドラはその隣国に王子に会いに行っていた。

 兄であるボルモスはその付き添いである。

 シズフェ達と出会ったのはその帰りであった。

 むこうの王族と話しが長くなり、帰りが遅くなった結果、夕方になりゴブリンに襲われたのである。

 乗っていた馬がまず襲われ、2人は走って逃げるしかなかったのだそうだ。

 もしシズフェ達がいなければ彼女はゴブリンに捕えられていたであろう。


「危ない所でした、この辺りにはゴブリンは多いのですか?」

「はい、戦乙女様。ここはゴブリンのガルモエ部族の勢力圏に入っております。本拠地はここから遠いみたいですが、たまに部族のゴブリンの戦士が兵を引き連れて出没します」


 王様は困った顔で言う。

 聞いた話によると、ゴブリンの部族は部族の王ロードを頂点として、司祭階級と戦士階級とその下の一般階級に分かれる。つまり、頭の良い奴と、力が強い奴と、特に能のない奴である。

 司祭階級は王の下で内政を司り、そして戦士階級は一般階級から選別された兵士を引き連れて外征を行うそうだ。

 外征とは森で狩猟を行ったり、他のゴブリン部族と戦ったり、人間の国を略奪する事である。

 ゴブリンの部族の勢力圏に入っているアルム王国は、いつ侵略されてもおかしくない。

 アルム王にとって悩ましい事であった。


「あの~戦乙女様。私も戦士になれるかな?」


 王の孫であるサニラがシズフェに話しかける。

 サニラは8歳で、無邪気な笑顔がとても可愛らしい。


「これ、サニラ!!」

「良いじゃない、御婆様。女の子だって戦士になれるのでしょ? 私も戦士になりたい!!」


 叱る祖母に構わずサニラは期待する瞳でシズフェを見る。


「もう……。サニラ。あの子達に続いて、あなたまでいなくなったら……」


 王妃は悲しそうな顔をする。

 その言葉でシズフェは察する。

 なぜ孫娘の姫がこの席にいるのに、その両親である子供がいないのかを。

 おそらく、何かの理由で死んでしまったのだろう。


「戦士になりたいの!! 戦士になれば、森で迷子になっているお父様やお母様を探しに行けるもの!!」


 しかし、サニラは言う事を聞かない。


「サニラ姫様。レーナ様は誰もが剣を取る事を認めています。ですが、それは大切な人を守るためです。姫様は御爺様と御婆様が大切では無いのですか?」


 シズフェはサニラの所に行くと手を取り、諭すように言う。


「ううん。御爺様も御婆様も大切だよ」

「ならば、大切な人に心配をかけてはいけませんよ。戦士は大切な人を守る為にいるのですから」


 シズフェは笑顔を作って言う。

 サニラは国王夫婦を見る。

 心配そうな顔をしている。

 その顔を見てサニラが何かに気付いたのか頷く。


「うん……。御爺様や御婆様が悲しむのはいや」


 シズフェはそれを見て安堵する。

 わかってくれたようだ。


「でも、だったら心配をかけなければ戦士になっても良いの?」


 再び期待する目でシズフェを見る。

 そんな目で見られると弱い。


「ええと……。そうですね。心配をかけないようにするのなら大丈夫だと思います」



「やった! 私ね! 戦士なる! いつも、この国に来る戦士には男の人しかいなかったから、男の人しか戦士になれないと思ってたんだー!! だけど、違うんだね。やったー!!」


 そう言うとサニラは満面の笑顔になると喜びの声を出す。

 シズフェはその言葉が少し気になる。


「あの、この国にいつも来る戦士というのはどういう方なのでしょうか?」


 シズフェはおそるおそる尋ねる。


「そうですね、普段この国を訪れる戦士は少ないのですが、最近は新緑の戦士団と名乗る方々がよく来られます」


 答えたのはボルモスだ。

 そして、予想通りの答えであった。

 ボルモスの話では定期的に誰かから依頼を受けてこの国に来たそうだ。


(どうやら、新緑の戦士団はこの国にしょっちゅう来ているみたいね。一体どんな依頼なのだろう?)


 シズフェはとても嫌な予感がする。

 この国の人達も新緑の戦士団が何の依頼で来るのか不思議に思っていたが、彼らの落とす外貨に黙っていたようだ。

 しかし、確信はもてなかった。


(まあ、気にしても仕方がないわね。今夜は早く寝よう)


 明日からは本格的な野外活動である。

 シズフェはそう考えると会話を続けるのだった。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 更新です。


 絵の練習を合間にしていますが、上手く線がひけないです……

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