第8話 おかしな国へようこそ7

 モンズ達は隠し通路から、エチゴスの館の地下へと進む。


「特に罠はないようだな」


 仲間が壁を触りながら言う。

 通路を手探りで進むが、特に罠らしきものはない。

 ただの脱出路のようであった。

 通路は暗いが、モンズ達は暗闇の行動に慣れているので、問題なく進む。

 

「どうやら出口のようだ。用心しろ」


 通路を進むとやがて明るい場所へと出る。

 出た場所は廊下であり、壁には蝋燭が灯されている。


「誰もいないな。注意して進むもう」


 モンズ達はゆっくりと進む。


「おい、ちょっと待て。誰かいるぜ」


 突然仲間達が小声で止める。

 微かに音がしたのだ。

 耳をすませると人の話し声が聞こえる。

 声は少し先にある扉から聞こえてくるようであった。

 扉の前には誰もいない。

 モンズ達は扉の近くに寄る。

 扉は建て付けが悪いのか少しだけ開いている。

 そのため、中の様子がわかる。

 中にいるのは30名程の老若男女。

 彼らは奥にある像に頭を下げ、何かを呟いている。

 どうやら、地上で異変が起きた事に気付いていないようであった。


「ありゃ、魔王の像。どうやら、ここは奴らにとっての本当の礼拝所のようだぜ」


 仲間の言う通り、奥にある像は巨大な角を持つ猪の頭を持つ、魔王の像であった。

 つまり、彼らは魔教徒なのである。

 上にある礼拝所は偽物なのである。

  

「どうするよ?」

「もちろん殺す。魔に魅入られた者を生かす理由はないからな。女だろうが、子どもだろうが容赦はしねえ」


 仲間の問いにモンズは答える。

 

「だが、結構数が多いぜ」

「それなら、大丈夫だ。入り口を塞いで火をつければ良い。それで片がつく、燃えるものを探すんだ」

「それなら、途中で人形が大量に置いてある場所があったぜ」

「ああ、確かにあったな。それを集めよう」

 

 モンズ達は来た道を戻る。

 そして、目当ての場所へと来る。

 その広い部屋には扉がなく、中には多くの人形が置かれている。

 材質は木で、他にも衣類が置かれているので、燃やすにはうってつけだった。


「まるで子どものための部屋だな」

「いや、本当に子どもの部屋のようだぜ」


 モンズが言うと仲間がある個所を指す。

 そこには6名の小さな子どもがすやすやと寝ている。 


「あんまり、小さいから人形だと思ったぜ。おそらく、魔教徒共の子どもだな。どうするよ」

「そうだな~。起きて泣かれると面倒だからなあ」


 モンズはそう言うと子どもを殺す事にする。

 そんな時だった。


「ねえ、おじさん達は何をしているの?」

「!?」


 突然声をかけられ、モンズは声を出しそうになる。

 子どもを見るとまだ寝ている。


「どこだ? どこにいる?」

「くそ? 誰もいねえぞ」


 仲間達が周囲を見るが誰かが隠れている様子はない。


「ここよ。私はここ」


 その言葉と共に子ども達の側にある一つの人形が浮かび上がる。

 美しい少女を模した人形だ。

 紺色の衣装が金糸銀糸等で飾られ、この部屋の人形の中で一番綺麗な姿をしている。

 その人形が喋っているようであった。

 モンズ達は後ろへと下がる。


「おじさん達は部外者ね。どうやってここに入って来たの?」


 透き通った翠色の瞳がモンズ達を見る。

 もちろん、モンズ達は答えない。

 相手は人でない事は間違いない。どうすべきか迷う。


「まさか、隠し通路の奥にこんな化け物が、チッ! あの娘っ子を捕らえて聞いておくんだったぜ!?」


 モンズは悪態を吐く。

 モンズは魔法を使うことができない。相手をするのは同じ人間がばかりであった。

 幽霊等を相手にするのは得意ではない。


「娘っ子ねえ。まあ、なんとなく察しが付くわ。グレーテ…。やっぱり心配ね。後で様子を見に行くべきね…」


 人形の少女は溜息を吐く。


「アンジュお姉ちゃん。どうしたの…?」


 寝ていた子どもの一人が目を覚ます。

 その目は半開きでまだ眠そうであった。


「良い子だから、まだ寝ていなさい。悪いおじさん達が来ているから」


 人形の少女が子どもの額に手を置くと、子どもは後ろに倒れ再び眠る。

 魔法を使ったようであった。

 子どもが寝たことを確認すると人形の少女はモンズ達を見る。

 人形の少女に威圧され、モンズ達はさらに後ろに下がる。

 


「怖れるんじゃねえ! たかだか、人形1匹ごときに遅れを取るものか! その後、魔教徒共を根絶やしにする。子どもだって容赦しねえぞ」


 モンズは仲間を叱咤する。


「はあ、良い子の眠りを妨げる。悪いおじさん達。仕方がないから相手をしてあげる。兵隊達よ、起きなさい」


 人形の少女がそう言った時だった。

 部屋の中にある全ての人形が起き上がる。

 その中で特に目を引くのは兵士を模した人形だ。

 モンズ達の膝ほどの背丈しかないが、その全てが槍や剣等の武器を持っている。

 刃の光から本物のようであった。

 武器を持たない人形のいくつかが寝ている子ども達を奥へと運ぶ。

 広い空間にモンズと人形達が対峙する。


「さあ、遊戯の始まり。一緒に踊りましょう、おじさん達」





 ダンザの目の前でカマリアと呼ばれた女の体が変化していく。

 足は4本になり、両腕には湾曲した刃物が出て来る。

 それはカマキリと人間の女性を合わせたような姿であった。


「エンプーサ!? 悪魔が潜んでいただと!」


 ダンザは驚きの声を出す。

 

 エンプーサ。


 初めて会うが、ダンザはその悪魔について知っていた。

 美しい人間の女に化けて、男と性交し、そして事が終わると喰らう。

 彼女達に愛されると言うことは死を意味するのだ。

 目の前の女は悪魔であった。

 闇エルフ等よりも遥かに恐ろしい相手である。

 それがダンザ達の前に立っている。


「くっ、まずいな」


 ダンザの背中に冷や汗が流れる。

 上位デイモン程ではないが、エンプーサの強さは聞いていた。 

 こんな事なら闇エルフを相手にしていた方が良かっただろう。

 彼女達も強敵だが、エンプーサに比べればまだ相手にしやすかった。


「怖れるな! 悪魔を滅せよ!」


 司祭のモブシサスがメイスを掲げて突撃する。

 エンプーサはそれを鎌が生えた左腕で軽く受け止めるとメイスを弾き飛ばす。。

 渾身の一撃のはずだが、相手にとっては羽毛で殴られたぐらいなのだろう。全く効いている様子がない。

 エンプーサは青銅の足を持つとされ、カマキリの前足のようになっている腕も同じ強度があるようであった。

 

「ふふ、まず貴方からなの? 愛してあげるわ」


 エンプーサがモブシサスを鎌の生えた腕で抱きしめる。


「があああああ!」

 

 鎌が肉に食い込み、モブシサスが悲鳴を上げる。


「ふふ、安心しなさい。痛みはなくなるから」


 エンプーサの口から、桃色の靄が出てくる。

 するとその靄を吸ったモブシサスが大人しくなる。


「それじゃあ、私の愛の接吻を受けなさい。キシャシャシャ」


 エンプーサの顔の鼻から下が裂けるとモブシサスの首に齧り付く。


「えふっ、えほっ」


 食べられているというのにモブシサスは気持ちよさそうな声を出す。

 痛みが快感へと変わっているようであった。


「司祭殿! クソが!」


 モブシサスの危険に我に返ったダンザはクロスボウを取り出し、矢を装填する。

 矢は魔法を帯びた特別なもので、ダンザの切り札である。

 ダンザはエンプーサに向けて矢を放つ。


「あら、それぐら……。えっ!? きゃああ!?」


 エンプーサはモブシサスの時と同じように左腕で防ごうとするが、矢は軌道を変えてエンプーサの左肩に当たる。


「よし! やった!」


 ダンザは喜びの声を上げる。

 悪魔といえど、対処ができるのだ。

 勝てない相手ではない。


「少し油断したわ……。やるじゃない」


 モブシサスを床に落としたエンプーサは左肩を押さえて笑う。

 矢はそこまで深く刺さっていないのか特に簡単に抜ける。


「全員でかかれ! 動きを止めるんだ!」


 ダンザの掛け声で仲間達が武器を掲げてエンプーサに向かう。

 

「うおおおおおおおおお!」


 ゴウズが戦斧をエンプーサに振り下ろす。

 エンプーサはそれを右腕の鎌で受け止める。

 ゴウズよりも細い腕であるにもかかわらず、体が揺らぐ様子はない。

 続けて他の仲間達もゴウズに続く。

 連続攻撃だが、エンプーサはそのことごとくを軽く弾く。

 

「良いぞ、動きを止めろ! 俺が倒す!」


 ダンザはクロスボウを構える。

 残りの魔法の矢は2本。

 効くかどうかわからないが、これにかけるしかなかった。


「その矢は少し厄介ねえ。これならどうかしら」


 エンプーサがそういうとその体、霞のように消えていく。

 本当に消えているわけではない。

 擬態である。

 体を周囲の色に合わせて変えているのだ。


「円陣を組め! どこから来るかわからないぞ!」


 ダンザ達は円陣を組み、警戒する。

 魔法の矢は狙った相手に確実に向かう。

 しかし、姿が見えないのなら、狙いようがなかった。


「みんな。良い表情だわ。もっと私と夜を楽しみましょう」


 部屋中にエンプーサの笑い声が響き渡る。

 ダンザ達の長い夜が始まるのだった。




 レンバー達の目の前に歪な鎧を着た者達が立ち塞がる。

 それぞれの鎧には棘が生え、奇妙な模様が不気味に光っている。


 魔戦士。


 それは悪魔に魂を売った戦士で魔鎧を与えられた者である。

 その魔戦士の1名がレンバーに斧を向ける。


「ここから先は偉大なる方が治める領域。これ以上進むのなら容赦はせぬぞ」


 そう言う魔戦士の足元には大量の剣が突き刺さっている。

 おそらく、魔の森に入った戦士達の持ち物だろう。

 その剣の下に死骸があるのかもしれなかった。


「ま、待ってくれ私は戦いに来たのではない。やむにやまれぬ事情でここに来たのだ」


 レンバーはそう言って両手を上げる。

 戦いに来たのではない。

 戦う意思がない事を示す。


「そうよ。闇エルフが私達をここに追い込んだのよ!」

「お願いです。漆黒の旦那様に取次ぎを、お慈悲を……。私はあの町から行くところがないんです」


 ニミュとグレーテが必死に言う。

 魔戦士達は顔を見合わせる。


(良かった。いきなり襲っては来ないようだ)


 レンバーは話が通じる相手で安心する。

 先程から体の震えを止めるので必死であった。

 魔戦士は強そうであり、戦えば命を落とすであろう。

 そんなレンバー達を置いて魔戦士達はどうすべきか話し合う。


「エルフがいるだと……。なるほどな」

「ああ、ルマンド達ならやりそうだな」

「どうする。ウォード卿」

「そうだな、敵意がないのは確かのようだ。あのいけ好かない闇エルフ共め。無理やりこの地に追い立てるのは間違っているぞ。そもそも何でここにエルフがいる? 珍しいな」


 ウォードと呼ばれた魔戦士がニミュを見て言う。


「私はこの人の友達探しに付き合っただけよ。そうだレンバー。聞いてみたらもしかすると突き刺さっている剣の持ち主だったかもしれないわよ」


 ニミュは剣を見て言う。


「いや、クロ殿がそんな簡単に死ぬとは思えないし……。突き進んで危ない事をするとは思えないが……」

「良いじゃない、聞くだけ聞いてみなさい……。さっさと貴方の用事を済ませてこの地から離れたいわ」


クロを知らないニミュは既に死んでいるのかもしれないと思っているのだ。

またクロキアの街にもおらず、魔の森にもいないのなら、この地から離れていると考えるべきだった。

だから、ニミュは一応確認を取れと言っているのだ。


「はあ……。まあ、聞くだけなら」


 レンバーは頷くと魔戦士の方を向き大声で言う事にする。


「ニミュがここにいるのは私に付き合ってくれたからです。申し訳ございません。この絵の者を知りませんか。私の友人なのです」


 そう言ってレンバーは懐からクロの似顔絵を出し見せた時だった。

 魔戦士達の様子が変わる。

 全員がレンバーの出した似顔絵に釘付けになっているのだ。


「えっ? あれどうしたの?」


 ニミュは魔戦士達の様子に首を傾げる。

 その時だった。


「「「ほわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」


 魔戦士達の叫び声が森に木霊するのであった。

 






★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

エンプーサはエンシェマを出しているのですが、真の姿を見せていないので、出しました。

多分多くの方がカマリアさんの正体に気付いたでしょう。


魔戦士ですが、やっぱり彼らは敵としてこそ輝くキャラようですね。

いまいちパっとしないです。


最後にグリザイユ画法を勉強中です。

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