第2話 ハーピークエスト1

 戦乙女ワルキューレとは知恵と勝利の女神アルレーナと事レーナによって、選ばれた女戦士の事である。

 その多くは天上の女天使ばかりだが、まれに地上の人間が選ばれる事もある。

 自由都市テセシアに住む少女シズフェもその一人だ。

 戦乙女ワルキューレとなったシズフェは自由都市テセシアを拠点に人々を脅かす魔物と戦い、人々を守る。

 これはそんな戦乙女となった少女の物語である。

 


 イシュティア教団は自由都市テセシアで最大勢力である自由戦士協会に次いで大きな組織である。

 その神殿はとても立派で、これだけの建造物はアリアディア共和国でも中々お目にかかる事はできない。

 教団の構成員は市民権を持たない女性が主であり、彼女達は他所の地域から流れて来た難民か、その娘が殆どだったりする。

 愛と美の女神であるイシュティアを奉じる教団は女性や子供の保護を表明しているので、難民として行き場のない彼女達を保護して仕事を紹介している。

 ただし、紹介される仕事の多くは娼婦だったりする。

 ここが娼婦を認めない結婚の女神であるフェリアの教義とは相容れない所であった。

 フェリア教団も女性の保護を表明しているが、市民の女性の抱える問題を解決するだけで手いっぱいで、とても非市民の女性までは保護する事は難しい。

 だから非市民の女性の多くは自身の身を守るためにイシュティアの信徒となるのである。

 また、イシュティア教団の教義では多くの男性に愛を与える娼婦は神聖な存在であり、むしろ崇められる。

 そして、娼婦を粗略に扱う者は教団の敵と見做される事になる。

 もし、女性に酷い事をすると不能の呪いをかけられるか、暗殺されるだろう。

 テセシアの男達は情愛と畏敬の念を持って娼婦に接する。

 そのためか進んで娼婦になる女性もいる。

 進んで娼婦になるという行為はかつてフェリア信徒でもあったシズフェには理解できない事である。

 そしてシズフェは今イシュティア神殿の1室で1人の女性と対面している。

 理由は仕事の依頼だからだ。

 シズフェはイシュティアの教徒ではないが、教団には色々とお世話になっている。

 だから、その信徒の人達からたまにお願い事をされたりもするのだ。


「お願いです戦乙女シズフェ様。息子を……。フィネアスを助けて下さい」


 シズフェと対面している女性、サルミュラがシズフェに頭を下げる。

 サルミュラはイシュティア教団に所属する娼婦だ。

 そしてフィネアスというのはサルミュラの今はなき夫の忘れ形見の息子である。

 本来イシュティアの教義には結婚はない。

 だから、サルミュラは昔イシュティア信徒ではなかった事になる。

 なぜ、イシュティア信徒になったのかシズフェにはわからない。

 しかし、それを聞く事は野暮だろう。

 きっと深い理由があるに違いないからだ。

 フィネアスの年齢は12歳。

 神殿で育てられた子供は年頃になると神殿から出て自立しなければならない。

 フィネアスは自由戦士になるために、とある戦士団に入団。

 妥当な判断だとシズフェは思う。

 非市民の男子でまともな仕事は自由戦士ぐらいしかない。

 ただし、命の危険は高い。

 他に安全で良い職はあるが、そういった職に就くにはコネかよほどの才能がなければいけない。

 だから、神殿で育てられた男子は自由戦士となる者が多い。

 フィネアスは戦士見習いとなって、各地の魔物退治の手伝いをしていたとシズフェは聞いている。

 そして、その戦士団が仕事で中央山脈の麓に来た時にハーピーに襲われて小柄なフィネアスは連れ去られたらしいのである。

 一緒にいた戦士達は空から急にハーピーが来たため助ける事が出来なかった。

 ハーピーは人間の体に手脚が鷲の翼に鷲の脚の女性だけの種族だ。

 彼女達は繁殖のために人間の男性を攫う。

 食べるために攫うのではないので、攫われた男性はしばらく生きている事が多い。

 過去には救出された男性もいるので、フィネアスも生きている可能性が高い。

 しかし、実際に救出される事は希である。

 ハーピーは危険な魔物だ。

 1人を助けるために別の誰かが犠牲になるような事はしない。

 だから、よほどの重要人物でない限りはわざわざ助けに行く事はしない。

 それにフィネアスは見習いとはいえ自由戦士である。

 魔物によって命を落とす事は当たり前だ。

 フィネアスだってその事を覚悟しなければならない。

 フィネアスが所属していた戦士団もそう判断したらしく、捜索はされなかった。

 これが、自由戦士の普通の考えだ。

 フィネアスの母に死を伝えただけでも良心的な行動である。

 しかし、その考えを納得できない者もいる。

 実の母親であるサルミュラだ。

 サルミュラはまだ生きている可能性のあるフィネアスの救出を戦士団にお願いしたのである。

 しかし、戦士団は手間がかかる上に危険な探索を拒否した。

 途方にくれたサルミュラは神殿に出入りしているシズフェの噂を聞いた。

 そして戦乙女の称号を持つシズフェならばフィネアスを救えるのではないかと、必至の思いで救出をお願いしているのである。

 しかし、シズフェが話を聞く限りこれは大変難しい依頼であった。

 まず、フィネアスが連れさられた場所から探さねばならない。

 そして、ハーピーだから人里離れた所に連れ出されているだろう。

 そこまで行くのも大変である。

 また、運よく見つけられてもハーピーと戦闘になる可能性が高い。

 それにまた別の問題もある。


「あの、念のために聞きたいのですが……。報酬はいくらぐらい出せそうですか?」


 シズフェはその問題である報酬について聞く。

 シズフェにも生活のためには金銭が必要だ。

 報酬は絶対に聞いておかねばならない事であった。

 依頼の難しさから考えてもそれなりの報酬を貰わないと割にあわない。それに中央山脈まで行く経費も必要である。

 だけど、シズフェが見る限り、サルミュラはあまりお金持ちそうには見えない。

 案の定サルミュラは悲しそうな顔をする。


「申し訳ないですがヴィタの銅貨と銀貨を少ししか持っていないのです。これではだめでしょうか?」

「そうですか……」


 その言葉を聞いてシズフェは溜息が出そうになる。

 報酬はテュカム貨幣で貰いたい。

 それがシズフェの正直な気持ちだ。

 テュカム貨幣はアリアディア共和国政府が発行している貨幣であり、金や銀や銅の重量が均一なので枚数を数えやすく、重さを量る必要がない。

 アリアディア共和国の税金もテュカム貨幣で支払う義務があり、違反すれば脱税の嫌疑がかけられる。

 ヴィタというのはそのテュカム貨幣よりも粗悪な貨幣の総称だ。

 テュカム貨幣の金貨や銀貨や銅貨よりも1回り小さかったり、価値の低い金属が混ぜられていたりする。

 そんなヴィタも両替商に持っていけば、その金や銀や銅の含有量を査定して、相応のテュカム貨幣に両替してくれる。

 そのためヴィタは外街やアリアディア共和国以外の国、そして、この自由都市テセシアではお金として流通している。

 ただ、ヴィタは大きさも金や銀や銅の含有量が1枚ごとに違うので、受け取る時に撰銭をしなければならない。

 これが結構大変な作業だったりする。

 それに、両替するのは手間であり、査定によっては両替不可の可能性もある。

 だからヴィタが報酬の仕事はなるべく受けたくないのである。

 しかし、サルミュラはそれしか持っていないと言う。

 教団全体の問題に関わる事なら教団がお金を出してくれるかもしれないが、この案件ではさすがに無理だろう。


「お願いです戦乙女様! どうかフィネアスを助けて下さい!!」


 サルミュラは再びシズフェに頭を下げる。

 シズフェは天を仰ぐのだった。





 ◆


 イシュティア神殿から出るとシズフェはテセシアの中心にある大食堂へと来る。

 ここで仲間のケイナと落ち合う予定であった。

 自由戦士協会本部の近くにある大食堂には食事時から外れているためか人は少ない。

 おかげで私達は簡単に席を取る事ができる。

 この食堂は収入の少ない自由戦士のために自由戦士協会が造った施設の1つだ。

 自由戦士協会の会員になれば誰でも利用が可能である。

 この食堂では他の飲食店よりも安く食事を取る事ができる。

 ただし、食材のほとんどはアリアディア共和国で廃棄処分となるはずだった物であり、価格は安いが、腹が膨れれば良いといった食事しか出ない。

 目の前のケイナが食べている、お粥もあり合わせの食材を全て鍋に入れて煮ただけだ。

 しかし、それでも日々の食事にありつけるのは良い事であり、シズフェは自由戦士協会に感謝する。

 他にも自由戦士協会は会員の為に格安の住居を提供したりもしている。

 だからこそ、自由戦士協会の会員になる自由戦士は多い。

 もっとも、これらの事は自由戦士が犯罪に起こさないようにするためのアリアディア共和国の政策であり、協会に登録させることで自由戦士を管理するためでもある。

 中々うまいやり方だとシズフェは思う。

 犯罪を起こせば自由戦士協会から追い出される。そうなれば安い食事と宿が手に入らなくなるのだから。


「で、結局引き受けたわけか、シズフェ?」

「うん……。ごめんね。ケイナ姉」

「戦乙女様なら、もっと楽で金になる依頼があるだろう。先日のようなさ……。何でまたそんな割に合わない依頼を持ってくるんだ、シズフェ?」


 食堂の端の席、対面に座るケイナは呆れた顔をする。

 10日前の事である。

 シズフェ達は自由戦士協会直々の依頼があった。

 他国へと嫁ぐ貴族の令嬢を守るために同行する簡単な仕事で、街道も特に安全な道を進んだので何事もなく、無事に送り届ける事が出来た。

 どうしてそんな簡単な仕事がシズフェ達にきたのかというと、貴族が戦乙女であるシズフェを名指しで指名したからだ。

 戦乙女に守られながらの嫁入りは縁起が良いらしく、無事に送り届けると感激して報酬を弾んでくれた上に結婚式にも呼んでくれた。

 その時に戦乙女であるシズフェにお祝いの言葉をお願いされたのである。

 シズフェは仕方がないから差しさわりのない祝辞を言うと、さらに報酬を上乗せしてくれた。

 ケイナは報酬が沢山もらえて喜んでいたけど、シズフェとしてはむしろ申し訳なく思ったぐらいだ。

 そして、他にも簡単な割に報酬の高い依頼がシズフェ達に来ている。

 戦乙女の称号はかなりの物で、以前よりも収入が倍以上になったのだからシズフェとしては驚きである。

 また、戦乙女になった事でシズフェはアリアディア共和国の市民権も得る事もできた。

 これで、市民証を見せればアリアド同盟に加盟している国ならばどこでも入国を保証される。

 以前のように入国料を取られる事はない。これで、活動がしやすくなった。これからもっと収入が増えるだろう。

 しかし、それで良いのだろうかとシズフェは思う。


「確かにもっと楽な依頼はあるけど。レーナ様が私に加護を下さったのは楽な仕事をさせるためじゃないと思うの」


 シズフェは思っている事を口にする。

 お金を得るために女神レーナは加護下さったわけではなく、人々を助けるためで、それをお金儲けに使うのはきっと間違っているはずだとシズフェは思う。


「それに……」

「それに?」

「サルミュラさんに出来る限りの事をしてあげたいの。もし私が彼女の立場なら自由戦士だからと言って大事な人を諦めるなんてできないよ……」


 シズフェがそう言うとケイナ姉は溜息を吐く。

 シズフェは死んだ父親の事を考える。

 父親は自由戦士となり、魔物によって帰らぬ人となった。

 シズフェは父親が死んだ時とても悲しかった。

 もし、父親が魔物に攫われて生きているのならなんとしても助けたいと思っただろう。

 だから、サルミュラの気持ちが何となくわかるのだ。


「しゃーねーか。シズフェがそう言うのじゃ行かねえわけにはいかねえな」


 ケイナはやれやれと首を振る。


「ありがとうケイナ姉」

「だけど、必ず助けられるとは限らねえぞ。その事は伝えたか?」

「うん。もちろんサルミュラさんにはそう伝えたよ。できる限りの事はするけど助けられるとは限らないって」


 当たり前の話だ。

 考えたくはないが死んでいる可能性もある。それに見つからない可能性もある。


「そうか、それから探すあてはあるのかシズフェ?」

「うん。一応あるよ。空を飛ぶ者の事は空を飛ぶ者に聞けば良いと思うの」

「?」


 シズフェがそう言うとケイナ姉が不思議そうな顔をする。

 それもそうだろう。彼女の事をケイナは知らない。

 もし、彼女がわからなければ諦めようとシズフェは思う。


「だからその点は大丈夫だと思う」

「そうか、まあ、シズフェが言うのなら大丈夫だろう。マディやレイリアやノーラに連絡しないとな。マディは反対するかもしれないが、レイリアやノーラなら来てくれるだろう」


 ケイナの言葉にシズフェは頷く。

 レイリアとノーラは来てくれるだろう。この2人は報酬にこだわらない。

 むしろ戦女神の司祭であるレイリアは人命救助を喜んでする。

 それに対して合理的なマディは割の合わない依頼は嫌がる。

 しかし、それでも何だかんだと言って来てくれるだろう。

 3人がいる場所はわかっている。

 マディはアリアディア共和国の魔術師協会。レイリアはレーナ神殿。ノーラは宿にいるはずであった。

 連絡しなければいけないだろうとシズフェは思う。


「うん。他のみんなにもしらせないとね。でもその前に私も何か食べるね、ケイナ姉」


 シズフェはそう言って席を立つ。

 ジャスティがいる店と違って、この食堂には給仕がいない。

 食べ物は注文して取りに行かねばならない。そして、食べ物を受け取ったら空いている席で食事をする。

 だからシズフェは注文をしに料理人の所へと行く。


「よお、姉ちゃん。これから食事か? だったら俺達と一緒に食べないか?」


 突然シズフェは後ろから声を掛けられる。

 振り向くとそこには頭の悪そうな5人の男が立っている。

 シズフェは心の中で「あちゃー」と舌打ちする。

 この展開は久しぶりであった。

 シズフェが自由戦士になりたての頃にこういう手合いに何度か絡まれた事がある。

 こういう手合いはしつこくて、下手にあしらうと根に持たれる事がある。

 以前にしつこく言い寄ってくる奴がいて大変だった。

 唯一の対処法はこういう奴に出くわさないようにする事である。

 ジャスティが働くイシュティア神殿が経営する店にばかり行っていたから忘れていたのである。

 値段は高いがそちらに行っていれば良かったとシズフェは後悔する。

 あそこならこんなチンピラは来ないはずであった。

 男達はシズフェを取り囲むように立っている。


「ごめんなさい。連れがいるので貴方達の申し出は受けられません」


 シズフェはやんわりと断る。


「連れってのは、あそこにいる女の事だろ。だったらその女も一緒にってのはどうだ?」


 男はにやにや笑いながら近づく。

 どうやら、シズフェとケイナが話している時から目を付けられていたようであった。


「悪いけど、遠慮します。行きますね」


 シズフェは脇を抜けようとすると行く手を阻まれる。


(しつこい!)


 シズフェは苛立ちどうしようかと迷う。

 レーナの加護がある今なら、こんな奴らに負ける気がしない。

 しかし、ここで争えば食堂に出入り禁止になる可能性がある。

 シズフェとしてはこんな奴らのためにそんな目にあいたくなかった。


「そこで何をしているのですかっ?!!」


 誰かがシズフェ達を見て声をかける。

 シズフェは声を掛けて来た人を見て安堵する。


「あん? 何だ、お前は?」


 男の1人が声を掛けた者に低い声で脅す。


「待て! そいつは法の騎士だ! ここで手を出すのはヤバイ!!」


 声を掛けた者の姿を見て仲間の男が止める。

 しばらく睨み合いが続く。

 先に動いたのはチンピラ5人。

 チンピラ達はシズフェから離れて行く。


「ありがとうございます、デキウス様。助かりました」


 シズフェはチンピラを追い払ってくれたデキウスにお礼を言う。

 デキウスは法と秩序を守る神王オーディス様に仕える法の騎士であり、以前に捜査の手伝いをして以来の知り合いだ。


「大丈夫、シズフェさん。全くああいう手合いはどうにかならないかしら……」


 後ろからデキウスの妹のシェンナが顔を出す。

 シェンナは劇団ロバの耳に所属する舞姫で役者だ。

 アリアディア共和国でとても人気がある。

 シズフェがシェンナと知り合ったのは2ヶ月前の『黒い嵐』事件の時だ。

 彼女はなんでもあの暗黒騎士に捕らわれていたらしい。

 その時の事を彼女はあまり話したがらない。

 きっと酷い目に会わされたのだろうとシズフェは推測し、その事を聞かないようにしている。

 だけど魔女狩人はその事で彼女にきつい尋問をしようとしたらしかった。

 黒髪の賢者チユキ様が止めなければ危なかったらしい。

 何事もなくて本当に良かったとシズフェは思う。


「大丈夫ですシェンナさん。大事にならずに済みました。ところでデキウス様達はどうしてここに? 何かの捜査ですか?」


 シズフェは首を傾げて聞く。

 法の騎士は犯罪捜査を行う、法と契約の神オーディスの司祭の事であり、デキウスはアリアディア共和国に所属する法の騎士だ。

 自由都市テセシアはアリアディア共和国に従属しているから、アリアディア共和国の捜査官である法の騎士にも捜査をする権限がある。

 だけど、実質的な治安の維持や捜査は自由戦士協会が行っている。

 この都市で起こった犯罪の捜査は協会の依頼を受けた自由戦士が行うのが一般的だ。

 しかし、アリアディア共和国の市民に関わる重大な事件なら捜査にデキウスも来る事もある。


「ちょっとした捜査ですよ、シズフェさん。実は最近アリアディア共和国で出回っている薬物で気になる事があるので調べているのです」


 そう言うとデキウスは懐から何かの薬を取り出す。


「それは?」

「アリアディア共和国の市民達の間で出回っている薬です。見た事はありませんか?」


 シズフェはデキウス様の掌にある小さな黒い丸い粒を見る。


「いえ、見た事はありません。初めて見ます。何の薬なのですか?」

「ええと……」


 シズフェが聞くとデキウス様は少し言い難そうにする。


「もう、何してんのよ? 兄さん? 話が進まないでしょ。これは精力剤よ、シズフェさん。男の人が女性と一晩過ごす時に使う薬よ」


 デキウスの代わりにシェンナが説明する。

 そこでシズフェはなぜデキウスが言い難そうにしたのか理解する。

 オーディスの信徒は性的な事を人前で言うのは良くないとされている。

 敬虔なオーディス信徒であるデキウスには言いにくい事であった。


「シェンナ、女性はそう言う事は口にすべきじゃないよ」

「でも、兄さん。捜査する以上は聞かなければ進まないでしょう。まあ、だからこそ私が手伝っているのだけどね」

「うっ!」


 シェンナがそう言うとデキウスは呻く。

 確かに精力剤なら愛と美の女神の信徒であるシェンナの方が耳にする機会が多い。

 また、物が物だけに敬虔なオーディス信徒であるデキウスには調べ難い事柄である。

 だから2人は一緒に行動しているのだ。


「確かにそうだね……シェンナ。シズフェさん実は最近この薬がアリアディア共和国の資産家の市民の間で出回っているらしいのです。もし見かけたら知らせてくれませんか?」


 デキウスは気を取り直してシズフェにお願いする。


「はい、わかりましたデキウス様。ところで気になったのですが、その薬はもしかして危険なのですか?」

「わかりません。魔術師協会や医の女神ファナケア様の神殿の司祭殿に調べてもらったのですが、協会の魔術師殿も司祭殿にもわからない成分が含まれているらしいのです。今の所、危険な症状を訴える者はいないようなのですが……。しかし、黒い嵐の事もあります。出所がわからない薬は調べておこうと思いまして」

「なるほど、確かに気になりますね」


 シズフェは頷く。

 2ヶ月前の『黒い嵐』事件で『砂』と言う魔薬が出回った事があった。

 『砂』は人に楽しい夢を見せるが、やがておぞましい鼠人ラットマンに変えてしまう。

 この精力剤も同じように魔物が流しているかもしれなかった。

 だからデキウスは調べているのである。


「なるほど、わかりました。もし見かけましたら、お知らせしますね」

「ありがとうございます、シズフェさん。それでは私はこれで」

「じゃあねシズフェさん」


 デキウスとシズフェが去って行く。

 シズフェはその後ろ姿を見送る。


「精力剤か……。見かけたら知らせよう」


 シズフェはそう思いながら、再び食事を取りに向かうのだった。








 ◆




「全くなぜ私がこんな事をしなければならないのだ?」


 キリウスは暗い部屋の中、一人で考える。

 ここはアリアディア共和国の片隅にある家だ。

 優秀な魔術師であるキリウスがいる場所ではない。

 しかし、他に行き場がないのだから我慢するしかない。


「キリウス殿。薬は出来ていますかな?」


 キリウスが悩んでいる時だった、地下室へと1人の太った男が降りて来る。


「これはトルマルキス殿。それが……材料が足りていないのです。これ以上の増産は無理です」


 キリウスは太った男に頭を下げる。

 太った男の名はトルマルキス。

 行き場をなくしたキリウスを匿ってくれている男だ。

 キリウスはかつて魔術都市サリアの偉大な魔術師の1人だった。

 しかし、仕えていた魔術師協会の副会長であるタラボスが失脚してしまったせいで、サリアから追われてしまった。

 失脚の理由は邪神と契約して人間に対する敵対行動をしたからである。

 キリウスはタラボスや他の仲間と共にアリアディア共和国へと逃げて再起を図る事にした。

 だが、キリウスが別の用で行動を別にしている間にタラボス師はの仲間と共に光の勇者達に殺されてしまった。

 行き場をなくしたキリウスは昔からの知り合いであるトルマルキスを頼ったのである。

 昔と違い、今のトルマルキスは光の勇者の従者となっているのでキリウスを勇者に売る事も考えられた。

 だが、他に頼れる人間を知らなかったので、結局トルマルキスの所に行く事にした。

 少し不安だったが、予想通りトルマルキスは快く受け入れてくれた。

 勇者達に売るつもりはない様子であった。

 しかし、トルマルキスの性格をよく考えてみればあたりまえであった。

 むしろトルマルキスは勇者達に対して不満がある様子だった。

 トルマルキスは自由に使える金が減ったとぼやく。

 今のトルマルキスは大商人の旦那ではなく、勇者の従者のリジェナとか言う娘の下男だ。

 トルマルキスが持っていた財産はほとんど取り上げられ、リジェナ達に預けられたそうだ。

 そのため、トルマルキスが使える金は殆どないのである。

 うまい食事と酒に賭博と女が大好きなトルマルキスは遊ぶ金が少なくなった事は耐えられないのだ。

 もう一度贅沢な暮らしをしたいのだ。

 キリウスを匿ったのもそういった勇者達に対する反発からである。

 そして、トルマルキスは匿う見返りに何か金儲けになる方法はないかと相談した。

 助けてくれたキリウスはトルマルキスのお願いを断る事ができず、金儲けの方法を考えた。

 考えたあげく魔法の薬を金持ちに売る事を思い付いたのである。

 しかし、普通の薬ならファナケア神殿が売っている。

 だから、普通では買えない薬を売る。

 それが魔法の精力剤であった。

 キリウスは魔術都市サリアの学院にいた時は魔物の研究をしていた。

 ゴブリンやオークにハーピー等の特定の魔物のメスの中にはオスを誘うための分泌液を出す種族がいる。

 そのメスの分泌液を利用すれば魔法の精力剤を作る事ができ、それをアリアディア共和国の金持ち達に売ればかなりの金銭を得られるだろう。

 ただし、薬を堂々と売る事はできない。

 製造法を探られればキリウスの存在がばれる恐れがある。それに材料の入手方法も他者に知られるのは危険なので、よって秘密にするべきであった。

 キリウスは元手となる資金を作る為に手持ちの魔法の道具をトルマルキスに売らせた。

 トルマルキスは顔が広く買い手を探す事は簡単だった。

 また、トルマルキスの知り合いの戦士団のおかげで材料となる魔物の体液も手に入れる算段もついた。

 こうして環境を整えたキリウスは薬の製造に取りかかったのである。

 そして、つい1ヶ月前に薬が完成したのである。

 この精力剤はトルマルキスの遊び仲間達に大変好評で高値で売れた。

 自由な金が出来たトルマルキスは気分を良くして、薬を増産するように言ったのである。


「そうですか、材料が足りませんか。また団長に言ってハーピーの体液を取って来てもらわなければなりませんね」

「ええ、お願いしますよ。材料さえあればいくらでも増産は可能です」

「そうですか期待していますよ。キリウス殿が作られる薬は友人達にとても好評です。これならいくらでも売れるでしょう。ぬふふふ」


 トルマルキスは笑う。

 それは何とも下卑た笑みだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


結局迷ったあげく。

外伝として別枠を作りました。

しかし、ここで問題が!

表紙がない!

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