特別編③「ちょっと早いクリスマス・後」

料理の片付けを2人で終えて、時間も時間なので寝る準備に入る事になった。

そうなると、ついにというかお風呂タイムな訳で……。



「……それじゃあ、先に入ってて?」


「あ、あぁ……」



紗奈は自分の部屋に寝間着を取りに行くという事なので、俺が先に入る。


俺は緊張を隠せないまま、脱衣所から紗奈が出て行くと服を脱ぎはじめた。



(……本当に、来るのか?)



俺はこの緊張を、他人の家で風呂に入るせいにして、紗奈だって流石に来ないだろうと自分に言い聞かせ続けた。




その考えは浴室に入って髪を洗っていると、脱衣所に紗奈が入って来たことであっさりと吹き飛んだ。




「……紗奈、本気か?」



恐る恐る、脱衣所にいる紗奈に声を掛ける。

紗奈が衣服を脱ぐシルエットが目に入り、俺は慌てて目を逸らした。



「……うん、翔太くんはイヤ?」


脱衣の手を止めて、紗奈が聞いてくる。

俺はそれに正直に答えた。



「……嫌じゃない。けど、紗奈が無理してるなら嫌だ」


「ふふっ……」



紗奈の笑う声が小さく聞こえると、紗奈は再び服を脱ぎはじめ、それを終えると浴室の扉を開けた。



「……っ!?」



鏡越しに、タオル1枚巻き付けただけの格好で紗奈が入ってくるのが見えた。

そのまま紗奈は恥ずかしそうに微笑みを浮かべて、俺の背中に引っ付く。



「さ、紗奈?」


「……無理、してないよ」



俺の背中に、いつもより生々しい温もりを感じる。



「恥ずかしいけど、無理じゃないの。なんて言ったらいいのかな……。嬉しいドキドキ、みたいな感じなんだけど……。」



紗奈が伝えようとしていることは、俺もなんとなくわかった。

今まさに、俺も感じている感情だろうから……。



「……わかるよ」


「……うん」



紗奈が、肩甲骨の辺りに顔を当てたのがわかった。



「……翔太くん、すっごくドキドキしてるね」


「うっさい。どうせ、紗奈もだろ」


「うん、そうだよ」



2人で、静かに笑う。



「風邪引くから、入ろう」


「うん。あっ、でもその前に背中洗わせて?」


「……わかった、頼む」


「うん」



俺から離れた紗奈が洗い場に掛けてあったタオルを1枚取って、それを濡らしてボディソープを泡立てる。


俺は視線のやり場に困りながらも、紗奈の背中を見ていた。



「……そんなに見られると、恥ずかしいな」



鏡越しに俺と視線を合わせた紗奈が、困ったように笑った。



「仕方ないだろ。……他に見れるところがないんだ」


俺の言葉に、紗奈が不安そうな目をして言う。



「……変、かな?」



俺はどうやったらそんな質問になるのかと、ちょっと呆れながら答えた。



「違う。……紗奈が綺麗だから、目のやり場に困るんだよ」


「えっ……」




そう言ってそっぽ向いた俺に、紗奈が意外そうな声をあげた。




そこから何も言わなかったので、ゆっくり紗奈の方を見ると、紗奈は泣いていた。



「さ、紗奈?」


「ごめん……、嬉しくって……」



言葉通り、紗奈の口元は嬉しそうにしている。

それにホッとしつつ、今度は俺が紗奈を抱き締めた。

いつもよりハッキリと、紗奈の温もりが伝わる。

そのことが、単純に嬉しかった。



「……泣くことないだろ」


「……うん、そうだよね。……ごめんね」


「謝るな」


「……うん」



俺は腕の中の紗奈が本当に愛おしくて、頭を撫でた。



「……泡の付いた手で拭うから、顔に付いてるぞ」


「うん……」


「こっちに顔向けろ」


「うん……」



紗奈が素直に、俺の方を向いた。

俺はそんな紗奈に、口付けをする。




「……キス、したかったの?」



唇を話すと、紗奈がそう聞いてきた。

本当はただ泡を取るつもりだったが、紗奈を見ているとしたくなったことを素直に伝える。



「あぁ、紗奈を見てるとしたくなった。……もっと、いっぱいしたい」



そう言って紗奈の顔に付いた泡を拭ってから、もう一度口を付ける。



「……うん。私も、もっと」



俺が離れると紗奈が、紗奈が離れると俺が、お互いからのキスを繰り返し、ずっと続くのではと思ったそれが終わったのは、俺がくしゃみをしたからだった。












交代で髪や身体を洗い終えて、湯船に一緒に浸かる。

紗奈の家の風呂は広かったが2人で入ると流石に狭く、股の間に紗奈が背を向けてちょこんと収まる形になった。



「……」



お互いの緊張が伝わる中、紗奈が口を開いた。



「……気持ちいいね」


「……あぁ、でも紗奈の方は狭くないか?」


「大丈夫、だよ」



紗奈が背中を俺に預けてくる。

俺はそれに抵抗出来ずに受け止める。



「紗奈?」


「……ふふっ」



紗奈が小さく笑って、言った。



「……直に翔太くんを感じるよ」


「……」



恥ずかしさを隠せていないものの、紗奈は嬉しそうに笑った。

それに気が抜けた俺は、紗奈を後ろから抱き締める。



「……紗奈は柔らかいな」


「翔太くんは、……ゴツゴツしてるね」



紗奈のお腹辺りに回した俺の手に、紗奈が自分の手を重ねる。

しばらく無言で浸かっていたが、直に感じる紗奈の体温に俺がすぐにのぼせそうになってしまい、先にあがる事にした。













食事にも風呂にも時間がかかったので、2人で寝るために紗奈の部屋に入る頃にはすでに日をまたいでいた。


紗奈の部屋には俺の写真がびっしり貼られたコルクボードが置いてあり、いくら俺達が甘い雰囲気でいたとはいえ、俺はそれを目にして言葉を失わずにいられない。



「……」


「えっと……」



固まった俺の隣で、フワフワなタオル地の寝間着を着た紗奈が言葉を探しているような素振りを見せる。




「……なんで一緒の写真ばっかり?」



結局、何からツッコめばいいのか悩んでいた俺の方が先に口を開いた。



「い、一緒じゃないよ。例えば……、これとかちょっと口元が緩んでて優しい目をしてるし、あと、これはちょっと険しい顔してるでしょ?」


「いや、まぁ……そう言われたらわかるけど」



紗奈が例に出した、極端なものなら違いはわかる。

ただ、それもあるが俺が1番ツッコミたいのはそこじゃない。



「でも、ほとんど俺が本を読んでるだけじゃないか?」



そう、そこに貼られた写真のほとんどが、俺が本を読んでいるだけ。

残りの数枚に付き合いはじめてから、2人で撮ったものがある。


俺の質問に、紗奈は拗ねた様子で答えた。



「……そうだけど、そうじゃないもん」


「なんの謎かけだ……」



俺はため息を吐いて、紗奈の頭にポンと手を置いた。



「結構、前の写真もあるだろ?……今はこんな前から想っててくれたのが嬉しいけど、付き合う前に知ってたら、もっと距離を取ろうとしてたかもな」


「うん……」



紗奈は反省するように、顔を俯かせる。



「わかってる。だからちゃんと、謝ろうと思って……。ごめんなさい」



……まぁ、反省してるし怒るつもりもない。

俺は紗奈の頭から手を離して、スマホを取り出した。




「いいよ。……その代わり、俺も紗奈の写真が欲しい」



俺の提案に紗奈がパチッと瞬きしてから、笑った。



「うん、でも翔太くんも一緒に写って欲しいな」


「2人のは、後で撮ろう。……ほら、ポーズして」


「えっ、いきなりポーズって言われても……」



カシャッ!



俺は紗奈が悩んでいる、その表情を撮った。



「ま、待ってよ!」


「どんどん撮るぞー」



俺が次々とシャッターを切る。

紗奈は戸惑って恥ずかしそうにしながらも、ピースしたりぎこちないポーズを決めた。



「くくっ……」


「あっ!翔太くん、笑ったでしょ?」



俺が紗奈の表情が引き攣っているのを見て笑うと、紗奈は怒った風に俺に詰め寄って抱きついた。



「あっ、こら。これじゃ撮れないだろ」


「もう私の番は終わり!2人で撮ろう?」



上目遣いでお願いする紗奈に、俺は諦めた。



「そうだな。えっと……」


「ここを押せばカメラを自分の方に向けられるよ」


(結構、引っ付かないと撮れないな……)



自撮りの経験などない俺は、紗奈に『もうちょっと上から……』などレクチャーを受けながら撮っていく。



「……紗奈」


「ん、なに?」



画面を覗くのに夢中な紗奈が、そっちを向いたまま返事をした。



「ひゃっ……!?」


俺はそんな紗奈の頬にキスすると同時に、シャッターを押す。



「いいのが撮れたな」


「……これじゃ、翔太くんの顔が見えないよ」



真っ赤になって驚く紗奈が撮れて満足な俺と、俺の顔が見えにくい事が不満そうな紗奈。



「じゃあ、寝るか」


「逆も撮ろうよぉ」


「わかっててやっても、面白くないだろ?」


「むー、じゃあ今度不意打ちでやるから!」


「……場所は選んでくれよ?」


「さぁ、どうだろう」



はぐらかす紗奈を捕まえて、今度は唇にキスをする。



「……今日は、いっぱいしたね」



紗奈が自分の唇に触れながら、照れ笑いを浮かべてそう言った。



「もうやめとくか?」


「ううん、もっと」



今度は紗奈からのキス。

それが離れると、紗奈が俺を誘うように引っ張って、ベットに転がった。



「……一緒の布団で寝るのか?」


「ふふっ、今更だね」



ここに来て緊張してきた俺がそう聞くと、紗奈はさらに俺を引っ張って、俺を自分の上に覆い被らせた。



「翔太くん……」



潤んだ瞳で、俺を見上げる紗奈。



「ん……、んんっ……」



何度もキスを繰り返して、たまに紗奈がついばむように上唇に吸い付いたり、それに対抗して俺も紗奈の下唇に吸い付いたり、それを交代したり、意識がなくなるまで俺達はずっとそうしていて、幸せな気持ちで眠りについた。

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地味な子が可愛くなりモテ出したので、俺は距離を取りたい。〜そんなの、許さないよ?〜 ちょくなり @tyoku_nari08

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