特別編②「ちょっと早いクリスマス・前」

「わぁっ!綺麗だね、翔太くん!」


「あぁ、そうだな」



クリスマスイブの夜。

紗奈の家の最寄り駅付近でイルミネーションが催されるということで、一緒に見に来た。

駅前の広場に大きなクリスマスツリーが置かれ、街路樹にもカラフルな電飾がほどこされている。


……俺はそれが見れた事より、楽しそうな紗奈を見れた事に来て良かったと思った。




「……翔太くん?」



そんな事を考えていると、紗奈が俺の顔を覗き込んで首を傾げる。



「どうした?」


「えっと……。翔太くん、ちゃんと見てる?」



紗奈は少し恥ずかしそうに、そう聞いた。

どうやら紗奈ばかり見ていた事がバレたらしい。



「あぁ、ちゃんと見てるよ」


「……嘘」


「嘘じゃない。はしゃいでる紗奈を、ちゃんと見てる」


「……っ!?もうっ!」



紗奈は一気に顔を赤くして、俺の腕に抱きついた。

そのまま俺から表情が見えないように、俺の腕で顔を隠す。




「……紗奈、流石に恥ずかしい」



人通りは結構多くて、周りの視線が気になる。

そんな俺の言葉を聞いて、紗奈が顔を上げて意地悪く笑った。



「ダメ。離してあげない」


「あのなぁ……」


「それに、みんなこんな感じだよ?」



紗奈に言われて周りを見渡すと、確かにいかにもカップルな組み合わせが多く、大胆に引っ付く姿も少なくない。

俺は自分達がそれに含まれる事を自覚して、さらに恥ずかしくなった。



「……翔太くん、照れてる」


「……」



返す言葉が見つからない俺の頬に、紗奈は嬉しそうにちょんと人差し指を当てて言った。



「こういう翔太くんも、可愛くて好き」


「……後で覚えてろよ」



今日はこの後、両親のいない紗奈の家にお邪魔することになっている。

その時にはどうしてやろうかと考えながら、そう言うと……。



「……うん。翔太くんになら、何をされても嫌じゃないよ」



ささやかな俺の抵抗を、紗奈は顔を赤くしながら受け流した。








宣言通り、紗奈は俺の腕に絡みついたまま一緒に歩く。

たまにイルミネーションのある通りに面した店を覗きながら、クリスマス気分を楽しんでいた。


そこへ……





「……今日は一段とお盛んだな」



一瞬、自分に掛けられた声だと気付かなかったが、この低い声には聞き覚えがあったのでそっちを向くと、菊池が俺に手を挙げた。

……隣で菊池と手を繋いだ高木が、恥ずかしさを堪えるように俯いているが。



「よぉ。そっちだって、似たようなもんだろ」



俺がそんな高木を見て言うと、菊池は首を振る。



「いや、芹香は人前だとこれが限界みたいだ」



そう言って、繋いだ方の手を見せるように軽く挙げる。

それに高木が、菊池に小声で怒って抗議した。



「ちょっと、亮ちゃん!?流石に知ってる人の前だと恥ずかしいって……」



(……亮ちゃんねぇ)



いくら人混みの中でも、この距離なら高木の声はバッチリ聞こえる。

『菊池くん』と呼んでいるところしか見たことがなかったが、菊池の名前である亮輔りょうすけを愛称で呼ぶ高木はそうとう恥ずかしさで混乱しているようで、俺も紗奈も微笑ましく見ていた。


それに気付いた菊池は、高木の手をがっちり掴んで離すつもりもなさそうなまま、高木に言った。



「芹香、いいのか?」


「えっ……?」



菊池が誘導するように俺達へ視線を向けると、高木が微笑む俺達に気付く。

固まった高木がただでさえ赤らんでいた顔をさらに赤くさせると、菊池を引っ張って背を向けた。



「ふ、2人の邪魔しちゃ悪いわ!行きましょ!」


「少しくらい、櫻江と話したらどうだ」



菊池はまだ立ち去るつもりがないようで、高木が引っ張ってもビクともしない。

表情は変わらないのでわかり辛いが、たぶん楽しんでもいそうだ。



「いいの!紗奈、またゆっくりできる時に話しましょ!」


「うん。今日は2人で楽しんでね」


「……そうだな」



紗奈が助け舟を出したことで、菊池も諦めたようだ。



「またな」


「あぁ」



短い挨拶を交わして、2人が離れて行く。

去り際に俺に引っ付きぱなしだった紗奈を見て、菊池が高木に『あれくらい堂々としてればいいだろう』と言い、高木が『あれを基準にしないで!』というやり取りが聞こえてきた。












一通りイルミネーションを楽しんだ後、俺達は紗奈の家に向かった。

はじめての紗奈の家に緊張する俺とは違い、紗奈の足取りは軽い。



「……嬉しそうだな」


「ふふっ、それはそうだよ」



紗奈は邪気の無い笑みを浮かべて言った。



「今日はずっと、翔太くんと居られるんだもん」


「……」



そう、今日俺は紗奈の家に泊まる。

両親がいないことは、俺にとっては多少安心できる要素だが、紗奈に危機感はないのだろうか……。


そんななんとも言えない気持ちで口を閉じた俺の心を透かしたように、紗奈は言った。




「……お風呂も一緒に入ろうね」


「っ!?」



俺が自分の顔が一気に赤くなったのを自覚すると、紗奈も真っ赤になって笑った。










「はい、どうぞ」


「……あぁ」


「温めるだけにしてるから、少し待ってて」



リビングに通した俺に熱いコーヒーを出して、紗奈が台所に戻る。

すでに料理は準備していたようで、電子レンジの音と紗奈が食器を準備している音が響いた。



俺はそれをダイニングからボーッと見つめる。

やがて、紗奈が料理を持って来ようとしていたので、手伝うために席を立った。



「手伝うよ」


「ありがとう、じゃあこれお願い」



紗奈から食器を預かり、テーブルに並べる。

2人で何往復かして、準備が整った。




「……すごいな」



目の前にチキンやピザなどの、いかにもクリスマスパーティーな料理が並ぶ。

俺の感想に、紗奈は少し困ったように笑った。



「たいした事ないよ。こういうメニューはやっぱり買って来ただけのも多いし」


「いや、充分だろ。ありがとう」


「そっか……。ふふっ、どういたしまして。食べよ?」


「あぁ」



俺は紗奈を待っていた席に座ったが、紗奈は俺がその向かいに置いた食器を手に持った。


俺がその行動に首を傾げていると、紗奈は俺の隣の席に着く。



「紗奈?」


「今日は、なるべく引っ付いてたいなぁって……」



そう言って椅子を寄せ、紗奈は言葉通り肩が当たるくらいピッタリと距離を詰めた。



「……これじゃ、食べられないだろ」


「いいの」



右側に座った紗奈は、さらに腕を絡めて俺の利き腕を塞ぐ。



「翔太くん、どれから食べる?」


「おい、まさか……」



紗奈の狙いがわかってきて、驚きながら紗奈を見ると、はにかんだ笑顔を浮かべた。


俺はそんな紗奈の様子に、小さく諦めのため息を吐き出す。




「……ピザから取ってくれ」


「はい、わかりました!」



元気よく返事をした紗奈がピザに手を伸ばすが、片手では難しいようだったので俺が空いている左手を添える。



「ありがとう。はい、あーん」


「……」



黙って口を開けた俺の口に、紗奈がピザを運ぶ。

俺がそれを咀嚼そしゃくしているところを、紗奈は嬉しそうに見上げていた。



「……美味いよ」


「よかった。はい、もう一口どうぞ」



感想を求められている気がしたのでそう言ったが、本当は引っ付いた紗奈の感触や、すぐ近くに顔を寄せて俺を眺める紗奈に、落ち着いて味わう余裕なんてなかった。










お互いに食べさせ合いっこをしながら食事をしたので、食べ終える頃には結構な時間が経っていた。

……食べさせる時ですら、小さな口を頑張って開けている紗奈の可愛さに、こっちがダメージを負う事になったのは予想外だったが。



「いっぱい食べたね」


「……あぁ、もう食えない」



最後に紗奈の手作りケーキを食べて、俺の胃袋は限界だった。

リビングのコタツに移動してくつろぐ今も、紗奈はピッタリと俺に寄り添っている。



「……片付け、後で俺がやるよ」


「いいよ、今日は翔太くんはお客さんなんだから。ゆっくりしてて?」



そう言って、紗奈はさらに身体を寄せた。

俺は気恥ずかしくて寝っ転がったが、紗奈も一緒に倒れ込んで俺の胸に頭を置く。



「……今日は、甘えたい日なのか?」


「ふふっ、そうかも」



俺が紗奈を抱き寄せるように腕を回し、頭を撫でると紗奈は気持ちよさそうに目を閉じる。



「……本当に夢みたい」


「夢?」



『そう……』と、紗奈は続けた。



「だって大好きな翔太くんとこんな風に過ごせるなんて……。夢の中にいるみたいで、たまに怖くなっちゃう」


「……」



俺は黙って、紗奈にキスしようと顔を近づける。

紗奈はその雰囲気に合わせて、目を閉じたまま顔をこちらに向けた。



「んっ……」



唇が触れると、紗奈はピクンと身体を震わせて甘い吐息を漏らした。

俺はあまりにも紗奈が愛しくて、紗奈を抱き寄せる腕に力が入る。



「……夢じゃない」


「……うん」


「俺が紗奈を好きな気持ちは、夢じゃないよ」


「……うん、そうだね」



照れ臭くなって、紗奈の頭をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でる。



「わわっ!?もうっ、翔太くん!恥ずかしいからってちょっと乱暴だよ?」


「うっ、……すまん」



照れ隠しをすぐに見破られた事で決まりの悪い微妙な気持ちになったが、つい力を入れすぎた事は素直に謝った。

紗奈はそんな俺を、可笑しそうにクスクス笑う。



「ほらっ、もっと優しく撫でて?」


「……あぁ」



頭から離した俺の手を、もう一度自分の頭に引き寄せて紗奈がおねだりする。


『もういいか?』『まだ、ダメ』というやり取りを3回繰り返して、ようやく紗奈が満足するまで、俺はいつもより気を使いながら紗奈を撫で続けた。

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