第9話 勇者召喚

 僕らが通されたのは、一階にあるリビングだった。

 さっきは家に入ってすぐに階段を上ったから分からなかったけど、玄関から真っ直ぐ廊下を進めば、六、七人ぐらいは優に座れそうな大きな円形のテーブルと椅子がある。こっちも例に漏れず、日曜大工製クオリティの木造品だった。


「食事まで用意して頂いてありがとうございます。」


 玄関から一番近い椅子に僕、その左に兄さん、右に姉さんと座る。向かいには村長さん、その左手側に幸さんが座った。

 僕らが着いた時には既に配膳は済まされていて、村長さん自らか、幸さんが予め準備してくれていたんだろう。しかし、この家に招かれてから不思議だったのは、お母さんはいないのだろうか。無闇に聞いて気分を悪くするのも申し訳無くて、未だに聞けていない。


「いえ、おもてなしも村長の義務ですからな、いただきましょう。今日はいい鮎をいただいたのでね、腐らせるのも偲び無い、皆さんが来て下さって助かりました。」

「こちらは村長自ら?」

「いえ、家内は数年前に病で先立たれましてね。家の中の事は幸に任せております。」


 それとなく聞いたつもりだけど、わざとらしく無かっただろうか。

 村長の言葉に合わせて、幸さんがペコリ、と軽くお辞儀をする。

 並べられていたのは馴染み深いお米に、魚の塩焼き。味噌汁じゃないのが残念だけど、スープのような汁物に、これは漬物かな。思ったよりも日本式の食事だ。


「お嬢様直々とは恐れ入ります。それではいただきます。」

「そんな大層な娘ではありませんがね、どうぞ、食べて下さい。」


 この世界で始めての食事だ。あの森の謎生物を食べる羽目にならなくて良かったと思いつつ、箸を伸ばす。

 鮎の塩焼き。これはそのまま、元の世界の鮎と同じ味だった。生態系から全く違うと思っていたから、共通の生物がいると言う情報はありがたい。

 そのまま他の品も食べ進める。姉さんが無言でガツガツ食べてるのを横目に、この世界で食事の心配はいらなそうだな、なんて考えていた。


「そう言えば。」


 最初は他愛も無い、姉がだらしないだの、姉のせいで死に掛けた話をしていた所で、村長さんが思い出したように切り出した。


「皆様は知ってますかな。一ヶ月ほど前に、王都で勇者召喚の儀が行われたそうで。」


 勇者、僕の世界ではあまり馴染みが無い言葉だ。それよりも『召喚』、と言う単語が引っ掛かる。


「そうなんですか、生憎ずっと旅をしていた物で、その辺りの情報にも疎くて……」


 対応するのは僕だ。さっき兄さんと話し合って決めたが、姉さんはボロが出るし、兄さんは融通が利かない。元々バリバリの前衛キャラでも無いし、こう言った情報管理の方が得意なのは僕の方だ。


「なんでも東の魔王軍侵攻に対抗する為に、千年ぶりに勇者様を召喚したそうですよ。つい先日村へいらっしゃった行商人の方から聞いたのですがね。」

「へぇ、魔王軍とはそれほど強い相手なのですか。」

「もう魔王が復活してから十年ですが、一向に収束しませんからね。それともう一つ、勇者様について面白い話を聞いたのですが。」


 魔王、魔王と来たか。元の世界と共通してる部分も多いだけに、インパクトが強い。定石通りなら、魔王を倒せば元の世界に戻れるんだろうけど、そもそもこっちは召喚された訳じゃなく、勝手に乗り込んできているしなぁ。


「勇者についてですか。」

「えぇ、今回の勇者様お二人は結構歳がいってるらしくてですね、そうだ、丁度皆さんのご両親ぐらいじゃないでしょうか。」


 ……。ちょっと雲行きが怪しくなって来たぞ。人の親を歳がいってると表現されるのも気になるが、村長さんの目が笑っていない。


「それと勇者はこの世界じゃまずお目にかかれないような変わった服を着ているそうです。皆さんのお召し物も随分変わっていますな。」


 食事を粗方平らげ、スープを啜りながらそう言う。目線はこっちに向いたままだ。


「先ほどの私たちの会話ですけどね、実は幸が大方聞いておりまして。えぇ、盗み聞きした事は謝りますよ。」


 知ってる。と言うことは、僕の嘘もバレている。


「そして私の娘はちょっと特殊な魔法が使えましてね、口に出さずとも人に意思を伝える事が出来る。」

『こんな感じです。』


 村長の言葉に合わせて、口を開いてもいないのに幸さんの言葉が脳に響く。耳を経由しない言葉と言うのも、中々奇妙なものだと感じた。


「そして、その逆も可能なんですよ。考えてる事を、全部じゃ無いですがある程度感じ取る事も出来る。風の魔法の応用らしいのですが。」

『だから、あなたが話した内容が、本当では無いと言う事もわかってる。』


 じっと、二人は僕を見つめている。冷や汗を背中に感じながら、どう切り抜けた物かと考える。

 口ぶりから察するに僕の嘘はバレた。でもすぐさまどうこうしよう、と言う訳では無いらしい。考えが読めるのであれば、僕らが村に害を為そうとしていない事も分かっているはずだし、兄さんと姉さんの戦闘能力もおおざっぱには理解しているだろう。


「回りくどいな。どういう意味か言ってくれ。俺が我慢出来るうちにな。」


 兄さんが口を開いた、かと思えば手には箸じゃなくて小刀が握られていた。既に抜き身のそれは、いつでも事に及べる状態だ。姉さんは……と右を向いたが、まだ食事を続けていた。よくこの状況でご飯が食べられるな……。


「落ち着いてくれませんか、別にあなた達が嘘をついた事を咎めるつもりはありません。娘が言うには、アラシさんが嘘を付いていた、とも言っていたが、本当の事もあった、と言う事です。ですから、この話をしました。」

「本当の事?」


 さっきの村長さんとの会話を思い返すが、殆どが行き当たりばったりのでまかせだ。何かあったかな、と思案に耽る。そんな多くは話してない筈だ。


「両親の手掛かりを探している、そしてミカドと言う名前。」


 幸さんがテレパシーの方ではなく、肉声で話した。

 あぁ、成る程。勇者召喚と言うからこの世界の人間を王都へ呼びつけたのかと思っていた。そういう事か。


「合点がいきました。召喚されたのは、私達の両親ですね。」

「そうか、名前も伝わってきているのであれば、同じ名前、この世界で馴染みの無い装い、それだけでも俺達の正体が分かると言う事か。」

「え?母さん達こっちにいるの?え?」


 僕、そして兄さんは理解した。姉さんは会話のテンポが噛み合ってないけど、なんとかわかってそうだ。


「ついでに、自分達が異世界の人間であること、勇者様のお子さんがこの世界へ来る可能性、そしてそのお三方の名前があなた方と同じ名前である事も、お触れとして王国では出回っております。」

「母さん達には脱帽だよ、いやこれは王都とやらにいるお役人の仕事かな。」

「いえ、これは勇者様が全国各地、ひいては国外へ出る商人組合にお願いされたと。何せこの世界の何処にあなた方が現れるかわかりませんからな。『勇者』とは文字通り、世界を救う役割を果たせうる力を持つ存在です。敵対関係にある国に召喚されようものなら、問答無用で隠蔽されますな。」

「その辺りは父さんの根回しかな、それで村長さん、一つ聞きたい事があるんですが。」

「なんでしょうか。」


 母さん達がこの世界にいる事はわかった。こんな早い段階で見つかるとは思っていなかったけど、それはいい。

 一呼吸置いて、僕は尋ねる。


「僕達の情報は商人経由、でもお触れが出回っているとはどういう事でしょうか。」


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