第5話 未知の森へ

 そうして、見た事も無い生物と植物が跋扈する平原で目が覚めた僕は、すぐ横で倒れていた兄さんと姉さんを叩き起こした。

 兄さんはすぐに状況を飲み込めたようで、姉さんに偵察をお願いすると、近場の調査を僕と開始した。

 一番最初に兄さんに確認したけど、家に帰るのはすぐには難しいみたいで、一先ずは拠点を作るか、探す方針で固まった。


『地面は……普通の土みたいだな。少なくとも見た目は。』

『空気も普通だよね。体に異変も無い。能力もきちんと使える。』


 兄さんは『切断』で足元の草を纏めて切り払って、地面を掘り返したり匂いを嗅いだりしている。僕はその『切断』された草を『修繕』して能力を確かめて、とりあえずは一安心、と言った所だ。

 以前、諸事情でロケットに飛び乗って宇宙に行った時なんかは、酸素も無い星に放り出されて大変な目にあった。他の能力者の手助けもあってなんとか生きて帰ってこれたけど、今回は何もせずゲームオーバー、なんて事にはならなそうだ。


『明美もいつものようにピョンピョン跳びながらどこか行ったしな。あの森に生えてるドデカイ木にでも登って見渡してくるだろ。』

『それにしても、兄さん何でも切れる、ってのは分かってたけど、空間まで切れるとは思って無かったよ。前以て言って欲しいな。』


 ここに来る直前、指輪の向こうの空間をサクッと切り裂いた兄さんの姿を思い浮かべる。その時の刀は鞘こそ置いてけぼりになったものの、刀身自体は離さなかったからか、兄さんも何も持たずに放り出される事は無かった。


『……あぁ、まぁ奥の手ってやつだよ。お前もあるだろ、嵐。』

『そんな物無いよ、僕に出来るのは直す事と、治す事だけ。』

『いいさ、奥の手は隠してこそだからな。家族にも、知られない方がいい事もある。それよりも……』


 一通り周辺の確認を終えて、兄さんと僕はジャンプしたり、肩を回したりと身体の状態を確認する。


『うん、なんとなくだけどここ、違う世界の気がする』

『だな、わけわからん植物も生えてるし、何より俺の勘がそう言ってる。』

『剣士の勘?』

『経験から来る勘だよ。お前もそうだろ。』

『まぁ、母さん達の話をしていた側から、これだからね。状況証拠はバッチリ、ってやつだよ。まだ確証が無いからなんとも言えないけどね。』


 僕の家族はそれなりに濃いい人生を送ってきている。修羅場を経験した事も少なくない。僕も、直接体を張るパターンこそ少ないから兄さんには及ばないけれど、それでも何度かは切った張ったの戦いは潜り抜けて来ている。

 今回は、特に特殊ではあるけれども、あの空間の裂け目に飲み込まれる前、原因はやっぱり指輪が何かを引き起こしたとしか考えられない。結婚指輪だったと思うけど、父さんが母さんに送る物がまともである筈が無い。

 ここが別世界、と言う点では兄さんと意見が一致した。恐らく、父さん達もこの世界にいる、と願いたい。


『お約束ってヤツだな。』

『……兄さん、そういうのはフラグって言うんだよ……』


 フン、と鼻を鳴らす兄さんの後ろ、謎の巨大樹木が立ち並ぶ森から、なにやら地を這う生物が近付いてきていた。

 一般人と比べて全体的に身体能力も高い僕らだから分かることだけど、遠目にもその図体の大きさは普通じゃない事が見て取れる。


『あれは、なんだ。蜥蜴か?』

『象みたいなサイズの蜥蜴とか聞いた事無いけど、まぁ蜥蜴だね。』


 あっちの世界で言う、ヤモリとかそのあたりの爬虫類にぱっと見は似ている。違う点があるとすれば、やたら巨大な所と、その表面は岩みたいなゴツゴツとした皮膚に覆われてる点だ。普通にやりあったら三十回は死んでも僕では勝てない。


『ふむ、とりあえず切ってみるか。試しに脚から。』


 ぶんぶん、と刀を振り回しながら兄さんが走って大蜥蜴に向かって行った。情報も何も無い状態で突っ込むのもどうかと思うが、兄さんが切れなかったらそもそもここで詰みだ。任せるとしよう。




 そして、兄さんが蜥蜴を始末して、姉さんが戻って来て今。

 僕らは結局森を突っ切って反対側にあると言う村へ向かう事となったけど、一つ、いや言い出せばキリが無いけれど、どうしても外せない問題があった。


「とりあえずこれ何……」


 僕の前にあったのは筏、とは言えない丸太の側面をくり貫いた、即席のソリのような物がデン、と置かれていた。

 森を抜けるのは嫌だと駄々を捏ねていたら、ちょっと待っていろと二人が森に突撃し、十分もせずに戻ってきたかと思えばこれを引きずっていたのだ。


「見てのとおーり!嵐くん専用のソリだよ!お姉ちゃんが引っ張って……」

「俺が先導する。なるべく平らな道を選んでな。あれだけでかい生物がウロウロしてるなら、獣道もそれなりのスペースがあるはずだ。」


 見ればソリにはこれまた太い蔦が引っ張りやすい形で通されている。これ、兄さんが切り倒して加工したのか。


「幸い刀と、普段用の小刀は持ってたからな。こういう細工も出来るぞ。」


 スーツの上着の裾を持ち上げると、そこにはホルダーに収まった包丁程の長さの鞘がぶら下がっている。こんな物騒な物持ち歩いて会社行ってたのか……。


「お姉ちゃんと清龍は丈夫だから裸足でも大丈夫だけど、嵐くんはしんどいもんね!任せてよ!」


 実は、三人とも家の中から転移した為、靴を履いていなかった。靴下はどうせボロボロになるからと、目覚めた時に脱いでいる。実際、裸足のままウロつくのは辛かった。僕は傷付けば治すだけだけど、痛いことに変わりは無いし。それに比べて兄さんと姉さんは、裸足でそこらへんを歩いたぐらいじゃ傷付かない、その丈夫さは父さん側の遺伝らしい。


「じゃあそれでいいよ……くれぐれも安全運転でね?」

「オーキードーキ!さぁ乗った乗った!」


 無駄にやる気満々の姉さんも怖いが、時間を浪費する訳にも行かない。兄さんにも伝えたけど、さっきまで並ぶようにして僕らを照らしてた二つの太陽は、今は少し離れた場所にある。影が二つ出来ている、と言うのは気持ちが良くないけど、地球と同じような位置関係であれば、太陽が沈めば夜が来る。夜目は多少利くとは言え、光源を持っていない僕らにしてみれば、このまま夜を過ごすのはリスクが高すぎる。

 嫌々丸太に乗り込む。案外座り心地は悪くないけど、運搬される荷物のような気分だ。


「準備いいか?」

「おーけーだよ、兄さん。」

「出発進行!」


 僕が丸太ソリに乗り込むやいなや、兄さんは駆け足で森へ入っていく。その後をソリを引く姉さんが追う。

 無事に村に着ける事を祈りつつ、案の定と言うべきか、加減を知らない姉さんの運転に、丸太にしがみ付きながら僕は運ばれていった。

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