第4話 光の向かう先

『別世界、って事か……』


 すっきりとしないけれども、ありえない事でも無い。世間一般と照らし合わせても、我が家が非常識である事は、わかりきっていた。ただでさえ地球だけに納まらず、宇宙規模であっちこっち行ってる僕でもある。


『世界を渡る能力者と言うのも聞いた事があるからのう。今回二人はどこに行ってたんじゃ?』

『僕は京都の遺跡、としか聞いてないかな。そこに何かあるのかも。とにかくありがとうおじいちゃん、兄さんと姉さんと相談するよ。』


 ちらりと、後ろを振り返ると、ずっと置いてけぼりの姉さんは、頭にクエスチョンマークを浮かべながらしきりに首を捻っている。電話はスピーカーモードで話してるから、純粋に理解出来ないだけだろう。


『済まんのう、嵐。美鈴に何が起きてるかは心配じゃが、わしには荷が重い。』

『大丈夫だよ、二人ともそんな簡単にやられる程弱く無いし、姉さんはともかく兄さんならなんとかしてくれるさ』


 なにおー!、と後ろで姉さんが吠えてるが、言うほど僕も心配はしていない。どちらかと言えば、母さんがまた国外のどこかで森を燃やしてないか心配なぐらいだ。


『うむ、頼んだぞ。』

『ありがと、おじいちゃん。またね。』


 通話を切ると、丁度兄さんが帰ってきた音が聞こえた。

 突然のトラブルや事件は我が家のお家芸だけども、今まで父さんと母さんが同時に巻き込まれた事は例が無い。基本的には何かしらに巻き込まれた場合は、余程余裕が無い時を除いて、家族で情報を共有して、誰が対応するかを話し合ったりする。それでも別世界の話なんて聞いた事が無かった。


『帰りながら明美からの電話で粗方は聞いた。』


 鞄を置いてネクタイを緩めながら、兄さんは開口一番にそう言った。

 姉さん、僕がおじいちゃんと話してる間ぶつぶつ何かを言っていたようだったけど、兄さんに電話していたのか。珍しくちゃんと動いてるな。


『俺も聞く限りでは別世界、ここでは異世界と言うべきか、そこに連れ去られた可能性が高いと思う。』

『兄さんも?』

『俺はそんな同業者の話聞いた事無いけどな、基本的にうちは情報に疎い。親父の部屋なら何か情報がありそうだが……』

『入るな、って言われてるからね。』


 実は、分家筋の中でもうちはかなり異端だ、と言うのは昔父さんが言っていた。血が濃くなりすぎるのを防ぐ為に、外部、能力を持たない人間との婚姻を進める事で、今では本家を除けば殆ど僕たちのようなまともな能力者は残っていないのが現状らしい。うちは母さん、そして顔も知らないけど父さん側のおじいちゃん、おばあちゃんも一角の能力者だったと聞いてるから、ちょっとした先祖返りのような物なのだ。

 そのせいか、能力者の業界でもあんま良く思われていないし、こっちも無理に仲良くしようとしていない。本家に行くのが数年に一度なのもそのせいだ。


『とりあえず異世界、って事なら俺に一つ当てがある。明美はどこだ。』

『ってあれ、姉さんは?』

『俺が帰って来た時にはいなかったが……、そこにいたのか?』


 ああでもない、こうでもないと兄さんと話してるうちに、姉さんの姿が無い事に気付いた。さっきまでソファーで拗ねていたはずなのに。


『まさか……』

『嵐くーん、これこれー!』


 ドタドタと階段を降りて来る姉さん。嫌な予感しかしない。『あ!』と聞こえたかと思えば、ドタドタがズザザザ、と言った音に変わる。階段踏み外したな。

 リビングに頭から滑り落ちてきた姉さんが持っていたのは、指輪だった。


『それ、母さんの指輪じゃ……?』

『今何かないかなーって母さん達の寝室行ってたんだけど、これ見て!』


 部屋に入るなと朝言われたばかり、それより勝手に人の部屋を漁るなんてと色々言葉を揉んでいたけど、言葉が出ない。

 母さんは普段ずっと指輪を付けているけど、今姉さんが持ってきたそれは、いつもと様子が違っていた。


『ってこれ、なんか光ってない?』

『光ってるな……こんな機能あったか?と言うよりお袋がこれ着けてるの、見た事が無いが……』

『綺麗だよねー!これだけ化粧台の上にポン、ってあったんだけど』


 姉さんがそこまで言った所で、指輪の輝きが一層、強くなる。

 さっきまでぼんやりと白く光ってるだけだったのに、取り替えたての蛍光灯みたいに黄色く光っている。


『これはいかんな……なんかまずい。』

『いや悠長な事言ってる場合じゃないよ!これどうすんの?!』

『え?私何かした?』


 そうこうしてるうちに、どんどん光は強くなっていく。と同時に、姉さんの手を離れた指輪が宙に浮いて、くるくると回りだす。


『南無三!斬る!』

『え?え?兄さん?!』


 言うや否や、兄さんはリビングの壁に飾ってある刀を手に取ると、指輪を縦に一刀両断。


『……は?』


 間の抜けた声は僕からだ。

 なんでも切れる兄さんの刀で切られたはずの指輪は健在、それよりもその指輪の向こうの


『ちょっ……これやばいよ!吸い込まれる!』


 珍しく姉さんが切羽詰った声色で叫ぶ。僕はもう声が出ない、それほどにリビングに出来た空間の切れ込みから、強い引力を感じる。

 見れば姉さんは地面に指をめり込ませて耐えてるし、兄さんはその姉さんに足を引っ掛けてなんとか持ってると言った状況だ。


『に……兄さんの馬鹿ぁぁぁ!』


 最初に力尽きたのは僕だった。当たり前だけど、家族の中でも父さんと非力さで言えばワースト争いをするぐらいだ。


『嵐!』

『待って!清龍!』


 空間の裂け目に頭から飲み込まれる僕からは見えないけど、兄さんが僕の脚を掴んだ感触はわかった。続いて姉さんが兄さんを支えてるみたいだ。


『あ、これ無理。』


 姉さんのボソッとした声が聞こえたと思えば、ふわっとした浮遊感を感じた。次の瞬間には物凄い勢いで裂け目に。怖くて目を開けていられない。空を飛ぶ飛行機から叩き落された時よりも、早いスピード感を感じながら僕は意識を手放した。

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