第6話 ハルタ村
――死ぬかと思った。
最初の感想はそれだけだった。
姉さんの言葉を鵜呑みにした、僕が悪かった、と思い込むしかない。『姉さんが見た村ってどれぐらいの距離?』『えーっとね、大体家から嵐くんの高校ぐらい!』『……と言う事は二キロぐらいか。この森そんな小さかったんだね。』、そんな会話をしたのは一時間程前、平原から森に入った時だった。
やはりと言うか、この森も普通では無かった。向かってくる獣は兄さんが片端から真っ二つにはしていたけど、大蜥蜴ほどの大物はいない物の、地球ではまず見られないであろう赤色の狼が火を噴いて来たり、普通の木が生えてると思えばその枝を叩きつけてきたり、地面からライオン程の大きさのもぐらもどきが飛び出してきたりと、とにかく万国びっくりショー、と言った具合だった。
兄さんと姉さんがいなければ数回は死んでいたと言っても過言では無い、と思う。事実一度僕の左腕が根元から吹き飛んで、ぶち切れた姉さんが車サイズの蟷螂を食事前に見たく無いぐらいにすり潰していた。修繕のお陰で腕と服は元通りだけど、無くなった血までは戻せないからか、少し気分が悪い。
邪魔はあったけど森はなんとか抜けた。軽く見積もっても二十キロは走り抜けたはずだ。それでも村が見えると言う事は無く、かろうじで遠目に煙が上がっているのが見えるぐらいだ。時間も日が傾いて夕方と言った所か、地球基準で考えればそれぐらいの頃合だと思う。夕飯の準備でもしてるのだろう。
村がある、と言うのは幸運だった。ラッキーだ。人かどうかは分からないけど、それに順ずる生き物がいる、と判断出来る。僕らに友好的かは行ってみてのお楽しみだ。最悪僕らには力で解決と言う悲しいけど最も有効的な手段もある。
「姉さん、そろそろ機嫌直してよ。僕の不注意もあるんだからさ。」
「いーやっ!あの虫今度見つけたら巣ごと消滅させる!」
ぷんすか、と言う擬音が聞こえてきそうなぐらい、姉さんは途中から怒りモードだった。途中、と言うより僕の腕が森のどこかに置き去りになってからだけど。
「欠損ぐらいならかわいいものだよ、僕ならちょっと時間があれば治せるしね。」
「嵐、その考え方は良くないぞ。何が起きるか分からない場所で、回復役のお前が傷付いたのは俺たちのミスだ。」
「それもだけど、嵐くんが怪我したのは許せない!」
「明美がソリをぶん投げて嵐が落ちなければそんな事も無かったがな。」
「えっと……それはごめん、嵐くん……」
道中、火を噴く狼にテンパって持っていた蔦を走っている勢いのままに投げられたのは、肝を冷やした。火の輪くぐりよろしく、炎の中を突っ切って狼に突っ込んだはいいが、そのまま狼に追い掛け回され、その先で待ち伏せしてた巨大蟷螂にスパリとやられてしまった。
「いいよ、それより早く村へ向かおう。そろそろ日が暮れそうだ。」
「そうだな、それにしてもこの世界の生物は変な物が多いな。」
今まで見かけただけでも、元の世界の生き物は一匹、一体たりともいなかった。いよいよ違う世界なんだな、と実感する。
「また平原だからな、とりあえずこのまま進むぞ。」
「出発進行!」
兄さんが走り出すのに合わせて、姉さんもソリを引いて走る。オリンピック選手なんて目じゃないぐらいのスピードで動く上に道も整備されていないから、少し乗り物酔い染みて来ている。
そこからまた十五分程経つと、ようやく村が見えて来た。獣避けなのか、正面には木製の壁が立ち並んでいる。高さは四メートルと言った所か。
見れば壁の一部が門のように両開きの形になっていて、今は開放されている。近くに槍のような物を持った人影もある。
「姉さん、スピード落として。多分人間だ。」
「はいよー!」
門まで五十メートル程、急に止まると僕が飛ばされてしまうので、少しずつスピードを緩めてもらう。
「おい、そこの!」
良かった、日本語だ。
門の側にいた槍持ちさん、多分門番だろう、が呼び止めてきた。
「姉さん、ここは僕が対応するから。静かにしていてね。」
「わかった、明美は黙らせておく。」
「え?なんでわたし?」
丸太から降りて、敵意が無い事を示す為に両手を挙げながら門に近付く。兄さん程じゃないけれど、僕にもそれなりの戦闘技術はあるし、姉さんレベルの肉弾戦を挑まれでもしなければなんとかする自信はあった。
「お前らどこから来た。あっちには死の森しか無いはずだが……」
十メートルぐらいまで近付いてはっきりと姿形がわかった。兄さんと同じぐらいの身長の男だ。日本人系の顔立ち、がっしりとした体付きに、革っぽい胸当てとレギンスを身に付けている。村、と聞いて期待はしていなかったけど、文明レベルで言えばさほどでも無いか。
「こんばんは、いやこんにちはかな。あなたの言うとおりあの森を抜けて来たんだ。」
「森の向こう……?レヴァスの街から来たのか?」
「そうだ、厄介事に巻き込まれて荷物を落としてね、出来れば食事と寝床が欲しい。一晩で構わないんだ。」
「確かに、荷物は無いようだが、そっちの二人は護衛か?あんたは商人のお坊ちゃまか?」
ううん……?護衛に、商人と来た。話を合わせた方がいいか。ともかく本当の事を話すのは無しか。
「あぁ、僕の兄と姉だ。腕利きなんでね。」
「……待ってろ、すぐに長を呼ぶ!」
言うやいなや、門の内側にいた別の男に何事か言付けると、その男は走って村の中へ消えていった。
見える範囲ではあまり発展していそうな様子では無い。門の内側には簡単な作りの木造の小屋があり、その先には畑が広がっていた。民家はもっと村の中心にあるのだろう。恐らく小屋は門番の休憩所のような物だと思う。
「それにしても、死の森を越えて来るとは凄いな。あそこは騎士様が昔開拓に入って、殆ど生きて帰って来れなかったと父から聞いた。」
どうやらさっきの設定は大丈夫のようだ。
そのまま話を合わせておく。
「大蜥蜴に襲われてね、そのまま森に逃げ込んだはいいけど、火を噴く狼やら、動く木に追い掛け回されてなんとか生き延びたんだ。」
「そんな奴らがいるのか、この村の近くじゃ出ても赤狼、あぁ、火を噴く狼だな。そいつらぐらいだ。群れで来る事も殆ど無い、俺一人でもなんとか出来るさ。」
え、あれを一人で倒せるのか……、結構この世界の人って強いのかな。
そんな他愛も無い話をしていると、数分でさっきの男が戻ってきた。
「ショウ、長は通せってよ。」
「ありがとな、ゴウ。あーあんた、名前を聞いて無かったな。」
長とやらに伺いを立てに行ったのはゴウ、この門番はショウか。どことなく日本人名っぽいな。
「名乗って無かったか、僕は嵐。御門嵐って言うんだ。あなたはショウ、でいいのかな。」
「ツチミカドアラシか、俺はショウ。ガイの子、ショウだ。こっちはオーグの子、ゴウ。後ろの二人は?」
「御門は苗字だよ、名前が嵐。兄さんが清龍、姉さんが明美だ。」
「苗字があるなんてあんた、いいとこの坊ちゃまだったんだな。アラシ、セイリュウ、アケミ、三人通りな。その丸太はどうする?」
ガイの子、ショウ。と言うことはお父さんの名前がガイと言うのか。苗字が無いのは日本でも大昔はそうだったらしいからなぁ。
「出来れば預かってくれるかな?」
「いいぜ、そこの小屋に入れておく……ってこれどうやって運ぶんだ?悪いゴウ、手伝ってくれ。」
えっちらおっちらと丸太を引っ張る二人を見ながら、三人で門をくぐった。
外からじゃ分かりにくかったけど、結構大きい村みたいだ。遠くには十数軒の民家らしきものが見える。
「すっごーい!こんなの歴史の教科書でしか見たこと無いよ!ね、清龍!」
「確かにな、それよりもこの世界の文化レベルはこのクラスなのか。」
「僕もそれは気になるな。あっちとは大分差がありそうだ。」
少し、異世界に来たと言う実感が湧いてきた、と同時にワクワクしてきた。突然違う世界に飛ばされて、腕を切り飛ばされながら辿り着いた初めての人里。SF小説の中に入ったみたいだ。まぁ、僕たちの存在自体がファンタジーって感じではあるのだけど。
「待たせたな、アラシ。」
丸太ソリを小屋に運び込めたのか、ショウが少し息を切らしながら僕たちの所へふらふらとやってきた。
「悪いね、運ばせちゃって。」
「いや、長が言うにはお客様だとよ。とりあえず長の家まで案内するぜ。」
見ればショウは槍を携えていない。胸当ても外して、麻のような素材のTシャツに長ズボンのような出で立ちになっている。
お客様扱いか、警戒心が無いのは驚きだけど、それだけこの世界は平和なんだろうか。
「ようこそ、ハルタ村へ。何もねぇがゆっくりして行ってくれ。」
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