異世界ファミリア
白紙白
起 物語は始まる
第1話 受難の始まり
『殴られたら、殴り返せ。辛い事も、嫌な事も、悲しい事も、とにかくなんでも全て、殴り飛ばせ。』
僕が、十七年間生きてきて一番聞いたであろう言葉だ。小さい頃は、ひいおじいちゃんから、ひいおじいちゃんが亡くなってからは、おじいちゃんから。おじいちゃんと離れて暮らし始めてからは、兄さんから。
昔はそんなに深く考えたりなんてしなかったけれども、物心ついてからは随分と物騒な家訓だと思った。これは、家訓らしい。
そんな暴力と筋肉に塗れた家訓とは裏腹に、世間一般ではそこそこの血筋を誇ると言うのも可笑しな話だけども、我が土御門家は所謂陰陽師とやらであった安倍晴明、の分家の家系らしい。
陰陽師って式神とかお札とか、漫画でよく見るが、分家筋だった我が家にそんな技術は無く、とりあえず体を限界まで鍛えて本家をサポートしよう、の流れの結果がこれだ。
幸い今はそんなに筋肉脳な無茶はさせられないが、少し特殊な事に巻き込まれたりする。
「どうした、そっちには何もないぞ。」
足首程の高さの草が生い茂るだだっ広い平原で、遠く空に浮かぶ二つの太陽に思いを馳せていると、僕の五歳年上の兄さん、
さっきまでは兄さんは後ろで森をバックに派手なバトルシーンを繰り広げていたからか、返り血で顔の半分が真っ青だ。
「いや、このパターンは初めてだなぁ、と思ってさ。」
「確かにな。父さんなら経験があったかもしれないけど、俺は精々木星ぐらいまでしか行った事も飛ばされた事も無いしなぁ」
現実に思考が戻ってきた僕は、後ろを振り返りながらそう呟いた。そこには兄さんによって真っ二つにされた、大きな蜥蜴らしき生物が鎮座していた。サイズ的に、比較するのであればいいとこ象より少し小さいかな、と言った所だ。
さっき少し特殊な事、と思ったけれども、今回はとびきり面倒な特殊な事だったらしい。
「そろそろ明美が戻ってくる頃か。」
スーツの内ポケットからハンカチを取り出して、顔をゴシゴシと擦りながら兄さんは言った。
この状況になって三十分。兄さんと双子の兄妹であり、僕にとっては姉さん、
切れない物は無いが、切る事しか出来ない兄さんと同じく、融通が利かない力を持っている姉さんは、とんでもなく腕力が強い。そして体が丈夫。特性を最大限に生かして、文字通り思いっきりジャンプしながら赤い帽子の配管工宜しく辺りを跳び回っていた。
二つの太陽。青い血の大蜥蜴。これぐらいならまだ、うーん見間違いかなぁ、と無理やり思い込めなくも無い。
ポジティブに考えて地球上の未開の地。ネガティブに考えるなら異世界だ。
「清龍!嵐くん!」
そんな事を思っていると、ズドン、と遥か上空から姉さんが落ちてきた。小さなクレーターを作りながら、何事も無かったかのように立ち上がる。
「明美、お前パンツ見えてたぞ。」
「今日は黒だからセーフでしょー?」
「いや、色の問題じゃねぇ。」
もう血で殆ど黒ではないけれど、ブラックスーツでビシッと決めた兄さんと違い、姉さんは家事手伝いなので完全な私服だ。いつもこれちょっと風吹いたら見えるんじゃ、と思うようなミニスカートに、ダボダボの長袖スウェットパーカーを着ている。今日は上も下も黒色なんだけど、その下も黒か……。
「あ、今嵐くんがえろい事考えてる。」
「ね、姉さんあっちはどうだった?街とかは?」
ジー、と脳筋ズボラ女子にあるまじき直観を働かせる姉さん。バレたら成層圏まで飛ばされる事は間違い無いので、話題を変える。
「あー、大体あっちの方にちっさい村っぽいのはあった。」
指した方向は、ちょうど兄さんが解体した大蜥蜴が突っ込んできた森の方だ。お約束と言うべきか、明らかに地球には無さそうな高層ビルのような木々が立ち並んでいて、正直入りたくはない。
「兄さんと姉さんはいいけどさ、僕この森は流石に厳しいかな。不意打ちされやすい環境はなぁ。」
ゲームで言えば体力、攻撃特化の二人と比べて、サポート型の僕からすれば平原も森もそんなに変わらないのだけれども、完全タイマン向き能力の二人を引き連れて闇討ち影討ちなんでもござれの森は、気が引ける。
注意深く見れば、平原に生えてる草も捻じ曲がっていたり葉の色が青かったり、とにかくおかしい点も多い。
「木を全部切り倒しながら進めば、さっきみたいな変な蜥蜴も来ないんじゃないか?」
「もう二人ともわたしが森の向こうまでぶん投げるよ。そうしよう!」
「木に潰されて圧死か、着地出来なくて落下死か。僕はどっちも嫌だなぁ。」
二人とも恐ろしい事を言い出してる。なんでこれで日本社会で生きていけてるのか不思議でしょうがない。
「ところで、この指輪どうする?」
僕が高校の制服のポケットから取り出したのは、三つに割れた指輪。母さんの婚約指輪だか、結婚指輪だったのだけど、こんな辺鄙な所に飛ばされた原因でもある。
「これ、嵐の能力で直せないのか?」
「さっきやってみたけど駄目だったよ。」
「こっちに来ることになった元凶っぽいけど、母さんのだしそこらへんにぽいっ、はお姉ちゃん良くないと思う!」
姉さんの言う通り、異世界らしきここに来る事になった原因とも言える、指輪。つい三十分程前までは僕ら兄弟三人は、自宅のリビングでぐだぐだしていたのだ。確かに我が家のトラブル体質はいつ何が起きてもおかしくないのだけど、外からの干渉でトラブルに巻き込まれる事はあっても、家の中の物や人から何かが起こると言うのも初めてだった。
「じゃあせっかく三つに割れてるし、一人一つ。持っておこうよ。」
「嫌な験担ぎだな……無くさないようにお守りの中に入れとくか。」
「私もそうしとこ!ってこのお守りも母さんがくれたやつだから、また何か起きるかもだけど……」
僕らは三人とも、母さんお手製のお守りをそれぞれ持ってたりする。兄さんは剣のつばに、姉さんはネックレス型にして首から吊るしてて、僕は制服の内ポケットに入れてある。母さん曰く、『お前らが死に掛けた時に、なんとかなるかもしれないありがてぇやつ』らしいのだけど、兄弟一同、何度も死に掛けてるが何かが起こった試しが無い。なんなら、お守りを身に着けるようになってから、トラブル体質に拍車が掛かった気すらする。
「爺ちゃんも、父さんも母さんもいねぇし、とりあえず俺が仕切る。まずは明美が見た村っぽいとこに一直線に行くぞ。」
「清龍が仕切るのもなんだかなーって感じだけど、村に行くのは賛成!ご飯と飲み物だけでも確保したいしね。」
「ちゃんと僕を守ってよね……」
やる気満々の二人とは対称的に、僕のやる気はマイナスをぶっちぎっていた。成り行きで二人と戦ったりすることはよくあるのだけど、とにかく面倒を増やしてくれる我が家のトラブルメーカーツートップなのだ。気が重い。
そもそも、あの時二人が母さんの言う事を聞いておけばこんな事にはならなった。既に時遅しだけど。
思い返すこと半日は前。
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