第2話 それは今朝の出来事

 一週間の中でも一番テンションが上がる金曜日、毎朝の日課もあり六時には起きて、僕は近所をランニングしていた。今日一日が終われば休みが来る。丁度今日が発売日だったゲームが夕方には届くこともあって、いつもよりハイペースで走って、家に戻る。都内でも少し田舎寄りだけれども、父さんがあんな事やこんな事でそこそこ綺麗なお金を稼いで建てた立派な三階建ての家だ。

 うちって何人家族だっけ、と疑問になるレベルでぐちゃぐちゃに靴が散乱する玄関を抜けて、そのままリ廊下を歩いてリビングのドアを開ける。


『おー嵐、精が出るな』


 本当に三児の母か、と思うような、実際近所でも美魔女だのなんだのと噂されている母さんが、朝食を作っていた。日本人離れした真っ赤な髪に、幸いな事に僕には遺伝しなかった釣り上がった目。僕よりも頭一つ大きい身長で、モデル並みのスタイル。いつも気弱な雰囲気の父さんが、よくこの人を捕まえられたなと思う程だ。


『この前アマゾン川で溺れかけたしね、体力不足を痛感したよ』

『川ぐらい蒸発させれば死にはしないだろ、まぁ能力不足だな!』

『いや、僕は回復専門だから……』


 母、美鈴の能力は『業火』。文字通り燃やせない物は無いし、それで本人が燃えることも無い。燃やすと言うよりも、指定した範囲の温度を滅茶苦茶に上げる、って感覚らしいけど。一昔前にどこかの国の森を全焼させたとかで、十数年は日本から出れなくなってしまった悲しすぎる事件も起こしている。


『そうだぞ、嵐。俺みたいに川を切り飛ばせば問題無い』

『わたしも一回太平洋のど真ん中に飛ばされた事あるけど、ふんっ!って腕振ったら大体の水吹き飛んだから、そこからジャンプして近くの島まで行けたよ』


 先にご飯を食べていた兄さん、姉さんと全く参考にならないアドバイスを頂く。

 兄、清龍の能力は『切断』。刃物を持っていればなんでも切れる。『幽霊だけは切れなかった、なんでもじゃないぞ』とは言っていたけど、そもそも幽霊っているのかすら怪しい。

 姉、明美の能力は『超強化』。自分の肉体に付随するパフォーマンスを底無しに上げることが出来る。それこそ人間を成層圏まで投げ飛ばす事も出来るぐらいだけど、やり過ぎると地球へのダメージが大きすぎて、星を破壊しかねないらしい。如何ともし難い。

 そして僕、嵐の能力は『修繕』。攻撃なんてとんでもない、INTとMPが高くて回復魔法ばかりやたら覚える、序盤は使えるけど途中から賢者とかに椅子を奪われて置いていかれる、そういう系統のキャラだ。幸い、この業界にはヒーラーは少なくて重宝されているけど、実質的な戦闘能力が皆無なのは少しばかり悲しい。

 父さんの能力は……実は僕も知らない。と言うより母さん以外家族で知ってる人間はいない。物心ついた時から世界を飛び回っているようで、年末と年始だけ家にいるような生活をしている。それも殆ど三階の書斎に篭って出てこないぐらいだ。


『まぁ人には向き不向きがあるから仕方ねーな!ほら、さっさと飯食って学校行きな。』

『仕方ないで死んでたら世話無いけどね……、ありがとう母さん、いただきます。』


 マーガリンを贅沢に塗りたくったトースターに、半熟の目玉焼きとカリカリに焼けたベーコン、それとレタスとトマトのサラダ。数年に一度、本家に行ったりすると和の典型のような家柄なのだけど、うちは現代に馴染んでしまっている。


『三人とも食いながら聞け。母さん今日からしばらく父さんのとこ行って来るから。家のことはヨロ。』


 換気扇の下で煙草に火を点けながら、母さんはそう言った。


『親父のとこって言うと、今南極だっけ?』

『いや、今日本に帰って来てるらしくてな、なんか遺跡かなんかの調査とかで潜ってる。』


 兄さんが目玉焼きを丁寧に切り分けながら、リビングの壁に貼られた父さんのスケジュール表(兄さんが作った)を目で追う。戦闘スタイルは豪快そのものなのに、こう言うところが地味に細かい。


『父さんのとこ行って何やるの?面倒ごとならわたしも行くよ?』

『明美が来て遺跡が破壊されるのは困るから駄目だってよ。』

『先手を打たれてた……』


 ガクリ、と肩を落とす姉さん。家事手伝い(自称)の姉さんからしてみれば、お小遣いと言う名の臨時収入を得る為には、家の仕事の手伝いをするしか無いから、余程今お金が無いのだろう。


『それじゃ今日からご飯は僕が作るよ。』

『いつも済まんな、嵐。明美がなんもできねぇからな。』

『そんな事無いよ!洗濯と掃除は出来るし!』

『水気を切るのに洗濯物を叩いて布切れにしたり、掃除機を壁にぶつけてどっちも大破させるのが出来る、っつーなら一生嫁には行けねぇな。』


 本日二度目の母さんの攻撃に、姉さんはぐはっ、と言いながら演技がましく床に崩れ落ちる。食事中にはしたない。


『いつもの事だが、清一郎さんの書斎と私たちの寝室には入るなよ。何が起きるか保障出来んからな。』


 母さんはそう締めくくると、煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、寝室がある三階へ上がっていった。

 何が起きるかわからない、と言うのは世界各地で回収した曰くつきの物を保存してあるとか無いとか。父さんの仕事も不透明ながら、そんな物家に置いておくなよ、とは思う。


『と、言う訳だな。俺は仕事に行ってくる。明美、お前少しは仕事探しとけよ。』

『何をー!私だって家事手伝いと言う立派な仕事が『行ってきます。』


 一足先に食事を終えた兄さんは、姉さんをあしらいながら出て行った。


『嵐くんもお姉ちゃんが掃除してるから家が綺麗なんだって知ってるよなー、知ってるよな?』

『僕も学校行かなきゃ、行って来まーす。』


 姉さんに捕まったら遅刻確定になるのは目に見えてる。僕もそそくさと食器を片付けて、鞄を引っ掛けると早足で玄関に向かう。


『しゃーないなー、今日はゲームでもするかなー。』


 ドタドタと階段を上がる足音を背中に、玄関を出る。

 少なくとも、一日の始まりとしてはいつもと変わらない、有り触れた日常みたいな物だった。今日の夕飯何にしようかな、昨日はパスタだったし今日は魚かな、なんて考えながら学校への道を歩いていた。


 事の始まりは、家に帰って来てからだった。

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