バーにて
二階にあったそのバーに行くのに小さな古いエレベーターに乗ると、松井さんは急に距離を縮め二人しかいないエレベーターでひそひそと話した。
「明日香ちゃんって他の二人と違う感じやね。」
私は密室で急に距離が近くなったこともあり反応に困り、目を合わして微笑もうと見上げると既に二階に着いていた。松井さんは私の手を取り、バーの扉を開けた。
「いらっしゃいませ。」
女の人がカウンターから声をかけてくれた。松井さんは奥まで歩き、ステンレス製のRESERVEDという予約札の置いてある席に私を案内した。私が奥に座り、彼が椅子を近づけて隣に座った。テーブルにはキャンドルが点されていた。
「この席で合ってる?」
店員の女の人がおしぼりを持ってきて、彼は朗らかに聞いた。もらったおしぼりはキンキンに冷えていて良い香りがした。
「合ってますよ。松井さんお久しぶりですね。」
明らかに彼女の方が年上だと思ったが、彼は常連客なのだろう。名前も覚えられていた。私を待っている間に予約したのだろうか。やはり彼は女慣れしている気がした。お久しぶり、という言葉ももしかしたら言わせているのかもしれない、と思った。
カウンターのみのバーで、私たち二人が客層の平均年齢をぐっと下げていた。後ろには様々なお酒の瓶が並んでいて、オレンジの照明が当てられていた。店内は全体的に薄暗いがお酒を照らす照明のおかげか温かい雰囲気になっていた。静かな店内でジャズが流れている。雰囲気に飲まれ緊張していた私に彼女が話しかけた。
「アルコールなしでも作れますので、どんな感じがいいか仰っていただければ大丈夫ですよ。」
「はい。ありがとうございます。」
ピシッとした白いシャツと黒いベストが細身の体に良く似合っていた。歳は三十代だろうか。私のイメージしていたマスターと違ったので少し驚いた。
「村井さんそんな畏まらんでも、明日香ちゃんが緊張するわ。」
「最初はバーテンぽくしよかなって。じゃあいつもの感じでいきます。マスターちょっと出てるんやけど、直ぐ戻りますから。松井さんはビール?」
二人は友人同士のように楽しげに話していて、村井というバーテンも気さくそうで少しホッとした。椅子もフカフカなことに気づき、一気に居心地が良くなった。
「明日香ちゃんさっきあんま飲んでなかったけど、お酒苦手?」
私が良い香りのするおしぼりで手を拭き終わり、椅子のフカフカ具合を確かめていたので、彼がカウンターの下で私の手を取り握った。村井さんから見えているかは微妙なラインだ。見えていたとしても彼女も何も言わないだろう。
「さっきは緊張してて、あんまり飲まれへんくて。」
私は今からあなたと一緒に飲みますよ、と目で訴えた。指が絡む。
「じゃ最初は赤ワインのカクテルとか作ってもらう?色がきれいやねん。アルコールも低めやし。」
「うん。そうする。」
私たちはカウンターの下で指を絡め合い、所謂恋人繋ぎをした。彼の手は肉厚で温かく亮介とは全く違う感触だった。嫌な気はしないし、罪悪感もない。
アルコールは高くてもいいのに、と思ったが一杯目は私を気遣っているように彼が振る舞っているのかもしれない。二杯目から度数を上げてくるのだろうか。彼を観察することにした。
「村井さん、アメリカンレモネードとビールで。」
「はい。かしこまりました。」
彼女は和やかに対応して私たちの前から離れた。
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