松井さん
明日香『今から向かいます。お待たせしてごめんなさい。』
莉子が歩いた道を歩きながら、店を通り過ぎ足早にコンビニに向かった。
松井さんは、コンビニの前の灰皿で煙草を吸っていた。その姿を見て、私は嬉しい気持ちになった。加奈の言うことは当たっているのだろう。煙草を吸う人は寂しがり屋とどこかで聞いたことがある。金曜日で明日は休み。一人暮らしの家に帰りたくないのかもしれない。きっとあの三人の中でちょうどいけそうな私を選んで、私も同じく、ちょうどいけそうな松井さんを選んだ。私と松井さんは似たもの同士だ。
「明日香ちゃん、来てくれたんやね。」
松井さんは綺麗な歯を見せてにっこり笑った。それは少年のような屈託のない笑顔で、今日これから起こることを彼はまだ知らない、そんな風に見えた。
「松井さん、お待たせしました。」
彼は素早く煙草を灰皿に捨てた。
「煙草吸うんですね。」
「煙草あかん?ごめん。明日香ちゃんが来てくれるか分からんくて、雑誌見ててんけどなんか吸いたくなってもうてコンビニで買ってん。」
そういう彼は煙草を開けて、それが一本しか減ってないのを私に見せた。そんなこと誰にでも言ってそうな感じがしたが、顔は真剣だった。彼のやり口なのか、先程の笑顔といい、たまに見せる少年っぽい実直さが可愛らしく思えた。彼と私は一夜限りの恋人だ。その演技に乗ってあげてもいい。
「ううん。かっこいいなって思ってん。」
私は笑顔で対応した。まるで処女のような屈託のない笑顔ができているだろうか。彼は少し照れたようだった。
「明日香ちゃんほんまにタイプで今日来てくれて良かった。初合コンやったんよね。」
彼はゆっくりと歩き出した。私はそれに寄り添うように距離を縮めた。手を繋がれるかな、と思ったが彼はそのまま歩いていた。そのままホテルに行ってもいい気分になっていた。この男がどのように女を抱くのか興味が沸いた。私には蝶がついていたし、アルコールを飲みたい気分でもなかった。
「こっちにな、何回か行ったことあるバーがあってそこ行かん?」
「バーなんて初めてです。嬉しい。」
「初めてなん。えーこっちまで嬉しいわ。きっと気に入ると思う。マスターもええ人やし、きれいなカクテル作って貰おう。ショートカクテル飲んだことある?」
相手の欲しい言葉を選んで反応を見る、それが快感になっていた。彼は初めて、という言葉が嬉しかったようだ。初合コン、初めてのバー、初めてというのはそんなにいいものか私には全く分からない。男は女の初めてに反応する、とネットの記事で読んだが、ここまで顕著に現れると笑ってしまいそうになった。
「ショートカクテルってどんなん?」
私は知っていたが、知らない振りをして首を傾げた。
「なんかな、逆三角になっててグラスがちっちゃいねん。マスターがシェイクしてくれはるからかっこいいで。それ頼も。」
彼は両手で逆三角を作り、合コン中よりもかなり饒舌になっていた。それを見ていると私も楽しい気分になっていて、小さな子どもが母親に何かを伝えていて、それをふんふん、と聞いているような気分で心地よかった。
私たちは徒歩五分程度でその店に着いた。彼は道中カクテルについて熱心に話していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます