対話
金曜日。浮気することを決心してから亮介と会うのが苦ではなくなった。普段通り接することができたが、彼にはそれが逆におかしく感じたようだった。
「あっちゃん。今日家行くのやめとくわ。」
「そう?バイト終わりで来て良いよ?」
「でも、寝るだけになるし。」
「いつものことやん。」
「俺、ちゃんと良い彼氏になりたいって思ってるんやよ。明日会う予定やけど、今日の夜もほんまは会いたいけど、泊まったりしたら俺…」
「泊まったらええやん。」
「あかんねんて。そんなすぐ許さんといて。」
「許してって言ったん亮介やん。矛盾してるよ。」
「ちゃうねん。なんか、ごめん。あっちゃん俺のこと嫌いになったん?」
「なってへんよ。でも自分でぶり返して何がしたいんか分からんよ。」
「ごめん。俺、あっちゃんのこと好きやのに、裏切って、変なこと言ってて。でも今日は泊まられへんよ。あっちゃんも今日は来やんといて、って怒るとこやと思う。怒ってることに愛を感じるというか、ごめん。俺何言うてんねやろ。」
「じゃあ今日は来やんといて、それで満足やろ。」
それだけ告げ、学食から逃げた。どうしてこんな女々しい男が浮気出来たんだろう、と不思議だ。彼は気弱で自己主張が少ない。そんな人でも浮気するのだから、私に出来ないはずがないと確信した。
その夜、莉子が私と加奈と三人でしているグループラインに書き込んだ。
莉子『来週金曜二十時いける?』
加奈『合コンもう決めたの?』
莉子『早いほうが良いかと思ってんけど、今日声かけた人は金曜ならって』
加奈『社会人?』
莉子『22歳のサラリーマンまあ普通っぽい』
加奈『店によく来るの?』
莉子『たまに来るよータイプじゃないから話したのは今日が初めて』
また私を置いてけぼりにして、二人の会話がぽんぽんと進んでいる。私はもう顔も見ていないのにその人でいいと思っていた。いや、その人の同僚で良いと思った。
亮介とのやりとりでイライラしていたし、誘っても彼女の家に来ない男なんてくそ食らえだ。据え膳食わぬは男の恥じゃないのか、浮気野郎。
明日香『金曜日20時でお願いします』
それを送った瞬間、電話が鳴った。亮介からだった。監視でもされているのか、と部屋を見渡したが、冷静になり電話に出た。
「あっちゃん?起きてる?」
「起きてるから出たんやん。」
「はは。まだ怒ってる?」
「怒ってるよ。怒ってて欲しいんでしょ。」
つっけんどんな言い方になった。ほんま、面倒くさい男やな、こいつのどこが良いんやろ、と心の中で毒づく。
「ごめん。あの、声だけでも聞きたくなって、ほんまにごめん。」
「いいよ。うちも声聞きたかったから。お疲れ様。」
他の男と浮気することを考えててごめんね、あんたが悪いんやよ。
「ありがとう。明日11時に駅で良い?」
「いいよ。」
「早く寝てね。」
「亮介も早く帰って一人で寝てね。」
「……一人でちゃんと寝るよ。」
意図は理解したような返答が返ってきた。
「なあ、一個聞いてもいい?」
「何?」
「なんで浮気したん?」
「……」
「やっぱいいや。聞きたくない。このことはなかったことにして、普通に過ごしたいねん。許せると思うから、そっちも普通に接して。うちもそうするようにするから。」
「ごめん。ありがとう。」
「はよ帰ってな。」
「はーい。声聞けて良かった。おやすみあっちゃん。」
「おやすみー」
浮気が発覚して、泣き叫んで物を投げまくってヒステリックになれる人が羨ましく思った。亮介は私が浮気したら泣いてくれるのだろうか。自分がしても号泣する位だから、きっと泣くだろう。私はそんな労力をかけるほど、彼が好きではないのかもしれない。好きは好きでも亮介に何かされて涙を流すことは出来ない気がする。
別れを切り出されても、プロポーズされても、きっと何をされてもそこまでの激情はない気がする。もともと私の感情が欠落しているのか、違う人と恋をしたら変わるのか、それは分からない。
私に分かることは、亮介が好きだということ。別れたくないということ。バイトが終わって電話をしてくれるそんな彼が好きだということだ。でも私は浮気するよ。そうしたら本当に許せる気がする。
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