隠し事

ソラノ ヒナ

隠し事

 私には隠し事がある。

 大切な人達への隠し事が——。



「では、今日もお願いしますっ!」


 そう元気に告げるのは、私の昔からの親友の夏海なつみ

 小学生、中学生、そして現在の高校生になってもずっと一緒の学校に通っている程の仲の良さだ。お互いに新しい友達も増えているが、2人だけで遊ぶ時間は今でも楽しい。


 しかし、そんな楽しい時間が少しだけ……胸が痛くなる時間に変わった。

 

「そんなに大した情報はないよ……?」

「違うクラスの私からしたら、一緒のクラスってだけで大した情報なの!」


 そう言って頬を膨らませた夏海は、とても可愛らしい恋する乙女の顔をしていた。


「はいはい。えーっとねぇ……、最近ハマってる漫画があるんだって」

「なになに!? 私も知ってる漫画かな?」

「確か名前が——」


 ここまで熱心に情報提供を求められている理由、それは夏海の気になる彼と私の席が隣同士だからである。



『私ね、黒瀬くろせの事が好きなの。だから美月みつき……、お願い! 協力してくれる?』



 そうやって夏海は無垢な笑顔で私に頼み事をしてきた。


 私の想いなんて……知らないままで。



「美月……どうしたの?」

「ん? 本当にその名前の漫画だったかな……と思って」


 私は考えに耽ってしまった事を悟られないように、適当に返事を返した。


「えーっ! それはちゃんと思い出してよ!」

「たぶん……大丈夫。あれっ? どうだったかなぁ?」

「みーつーきー!」

「ごめん、絶対大丈夫」


 からかいすぎたのがバレたようなので、私はすぐに言葉を訂正した。



「じゃあまたね! スマホからでも最新情報は随時お待ちしています!」

「もう最新情報のストックはありません。またのご利用をお待ちしています」

「美月っ! 美月だけが頼りなんだから!」

「わかったわかった。またね」


 夏海の縋る想いをやんわりと受け流しながら、私達はいつものように駅で別れた。


 ***


 夏海が恋をしたのは1年前。

 夏海も黒瀬も私も同じクラスだった時。


『黒瀬のさ、真剣な表情が好き』


 知ってる。


『黒瀬ってさ、笑うと凄く幼くなるんだよ』


 知ってる。


『黒瀬ってさ……なんであんなにモテるんだろう……』


 ……知ってる。


『ねぇ、美月は好きな人いないの?』

『いないなぁ……』

『出来たら教えてね! 私も全力で応援するから!』

『ありがとう』


 夏海にだけは絶対に教えない。


 ***


「ねぇ、花咲はなさきは元気?」

「夏海はいつも元気だよ。そういえば黒瀬が教えてくれた漫画、知ってたよ」

「この前話したばかりなのにもう情報が筒抜けなのか……。相変わらず仲がいいな」


 そう言って笑う黒瀬はやっぱり幼い少年みたいな顔をしていた。

 他には誰もいない教室で黒瀬と2人きりで話すこの時間は……私のとても大切な時間。



 私はこれでも生徒会に所属している。

 だから少しは優秀な方なんだと思う。


 そして、黒瀬は弓道部の主将。

 黒瀬も勉強は得意だと思ってた。


 しかし、最近どうにも勉強でつまずく事があるからと、私に勉強を教えてほしいと黒瀬の方から声を掛けてきた。


 授業中にわからない事があったらその都度答えているのに、まるでその事がなかったように質問される放課後。


 お互い、時間のある時だけの夢のような儚ないひととき。


白石しらいしは……漫画読んだ?」

「まだ。ねぇ……、勉強飽きたんでしょ?」

「あー! そういう事言わないの! ちょっと息抜きしてるだけ!」

「はいはい」


 これもいつものやり取り。


『花咲は元気?』


 この言葉が飽きたサイン。いや……、本題なのだろう。


 そんなに気になるなら、自分で確認すればいいのに。

 きっと2人は両思いだ。

 私が協力しなくても上手くいく。


 それでもこの時間にしがみつく私は……、とても滑稽。


「あのさ……、白石はなんで人の為ばかりに動くの?」


 いつもと違う黒瀬の問いかけに、私は少しだけ考えてみる。


「なんで……? 私がそうしたいからそうしているだけ」

「そうじゃなくて……なんで花咲の事ばかりを優先して動くの?」

「えっ?」


 なんで夏海の事が出てくるの?


 その言葉に動揺していた私の返事を待たずに、黒瀬は更に質問を重ねてきた。


「だってこの時間も……花咲の為に動いてるんでしょ?」


 そう言った黒瀬の表情は、少しだけ寂しそうに見えた。


 本当なら笑って誤魔化すはずの質問だった。

 それなのに黒瀬のその表情を見てしまった私は……、つい聞き返してしまった。


「なんでそんな事聞くの?」

「もうそろそろ飽きたなと思って」

「飽きた?」


 訳がわからず戸惑う私を見つめながら、黒瀬は薄く笑った。


「白石はさ、色々と下手だよね」

「何の事?」

「自分の感情を隠す事」


 その言葉で私の頭の中に警報が鳴る。


 いけない。

 これ以上ここにいてはいけない。


 私の隠し事を知られてしまったら……、きっと元には戻れない。

 そしてふと、私が隠し事をするもう1つの理由を思い出してしまった。



 1度だけ、私は黒瀬が告白されているのを見てしまった事がある。



『友達が俺を気にしてるって言いながらさ、俺にわかりやすく近づいてくるの……やめてほしかった。自分が好きならそのままを伝えてほしかった。だからごめん』


 

 あの時、私の事を言われている気がした。

 だから私の想いが知られてしまったら、夏海とも……黒瀬とも、もう元には戻れない。


 私は今の関係が崩れるのが怖くて、自分の気持ちに蓋をした。それでいいと思ってた。


 それなのに、なんで?


 ずっと黙り込む私から返事が返ってくる事がないと諦めたのか、黒瀬は続きを話し始めた。


「もう飽きたんだよね、白石の無理してる顔」

「無理してる……?」

「ずっと見てきたのは自分だけだと思ってるの? 俺もずっと見てきたんだけど……、白石の顔」


 その言葉を聞いた瞬間、私の身体は弾かれたように席を立ち、教室を飛び出していた。


 ***


「あーあ、いきなり過ぎたかな……。でもまぁ……いいか」


 ようやく言えた彼女に対してのほんの一握りの気持ち。

 結果はどうであれ、これで少しは俺の気持ちに気付いたはずだ。


 親友が好きな彼ではなく、ずっと……俺自身を見てほしかった。


 この2人の時間ですら白石の口から花咲の名前が出てくるのが苦痛で、自分から花咲の事を聞くようになった。自発的に聞く事で白石の口から名前が出ても、少しは気が紛れる気がしたからだ。


 そんな俺の心境なんて、白石は気付く気配すらなかった。


 でもなんとなく……自分に興味を持ってくれている気はしていた。

 だからさっきのは、今まで俺と向き合おうとしてくれなかった彼女への、ちょっとした仕返しだ。


「忘れ物ですよ〜」


 自分でも呑気な声が出たと思ったけれど、それでも気持ちが軽くなった俺は、そっと白石の鞄に触れる。


「さぁ、どんな顔をして帰ってくるかな?」


 敢えてそう呟きながら、俺は自分のスマホから白石に鞄の画像とメッセージを送ると、ゆっくりと伸びをした。


「あー、疲れた。わからないフリして勉強って疲れる……」


 そして白石が開け放った扉をしばらくの間、眺めていた。



 すると意外にも早く、俺の待ち人は顔を真っ赤にして帰ってくる姿をそこから覗かせた。

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