時々、その作者にしか書けない物語に遭遇することがある。本作もその一つだと思う。
本作はいってしまえばラブコメで、ラブコメといえば「ラブアンドコメディー」なのでエンターテイメントの雰囲気が強いと思われがちだと思う。実際にこの作品もラブコメとしての要素は判断に取り込んでいて、楽しく読める。
そして、その一方で、限りなく人の内面に踏み込んだ、それもリアルな形での、深みがある。
この両立が凄い。楽しませながら、考えさせる、心を動かされる、そんな何かがある。
これを個性と言っていいのだろうか。個性というにはやや浅はかなのかもしれない。もっと深くの、人そのものをこの作品で垣間見た気がする。
会話文が多いが、それで感情を伝えられる技術も凄い。
凄い凄いばかりで怪しまれるかもしれないが、とにかく読んでほしい。読まなければこの作品の良さの全てはわからない(当然だが)。恐らく、読者一人一人感じることがかなり異なる。ハッピーな物語にもバットな物語にもなる。けれどそれ以前に、一話ごとに読んだ人が何か話したくなる良さがある。何かが琴線に触れて、それを語らずにはいられなくなる(それが異論であろうとも)。
是非、読んで欲しい。
作者さんの実体験が反映されていることもあり登場人物、特にヒロイン飯島加奈のリアリティには目を見張るものがあります。呼び捨てで書くことに躊躇いを感じるほどに。障害(最近は障碍あるいは障がいと書くことも多いようですがあえてこう書きます)を抱えた人々の物語として読んでも、充分な読み応えがあるでしょう。
しかしながら、この作品のラブコメとしての魅力もまた、語らずにはいられません。語り手、高橋月路の瞳に写る「先輩」は彼を振り回すある意味困った存在ではありますが、そんな「先輩」に惹かれていく描写は、読んでいて楽しいです。二人の間にある空気はけして息苦しいものではなく、軽やかでコメディとしての面白さもあります。ハラハラさせられる場面もいくつかありますが。純文学的でありながら、エンタメとしての面白さも一級品です。
そしてもう一つ挙げたい魅力が、豊富に取り入れられているゲームやアニメの話題。全ての元ネタがわかったわけではありませんが、ああそうだよね、と共感できる話題がありました。登場人物たちと同じ時代を生きている感覚が、先程あげたリアリティにつながっていることは語るまでもないでしょう。そしてそのリアリティが登場人物たちに深みを与え、その恋模様に引き込まれる一因となっています。
長々と書いてしまいましたが、作品の魅力は伝わったでしょうか?読んでみようかな、と思う方が、このレビューで一人でも増えたら良いのですが。