正直に言うと作者さんの自己紹介に惹かれて読み始めました。
どのジャンルでもそうですがその状況を経験した方としていない方では詳細な描写の部分に大きな差が出ると思っています。
この題材に関しては健常者として取材をしても実際に精神科に通っている人との差を埋めきるのは難しいと思いますし、実際に主人公達と同じ境遇の作者の方の一人称小説が読めるのは貴重な体験でした。
始まり方は病院で男女が出会い仲を深めて、というどこか既視感のある内容で、ヒロインの目的もそこまで新しい部分があるわけではないのですが、そこは精神障害というリアルな題材を扱っていることもあり非現実的過ぎないところも魅力だったのかなと。
一人称小説として読める主人公達の心情描写も彼らの人間性を理解するに十分な丁寧さで、キャッチーとは真逆な硬派な始まり方ながら作品の世界に引き込まれた理由はひとえにその文章力にあると思います。
個人的にマイナス方面に思ったことを書くならば、もう少し序盤から障害の部分にフォーカスすることを増やしてもよかったのではないかと。
精神障害の二人が普通の恋愛を送ろうとする序盤は、一話単位で切り取ると良くも悪くも普通のラブコメになりかねないので、ネット小説という媒体で見るとそこだけが勿体ないなと感じました。
ただ、文庫本として考えるなら全体を通してみた時に緩急の緩の部分にあたる話だと思いますし、自分でも少しエンタメに寄った意見だとも思うので、特に気にしないでください。
今回は面白い作品をありがとうございました。
【自主企画:「辛口感想コンテスト」】
読み始めてすぐに流れるような文章がすうっと入ってきて、そのまま物語に引き込まれていきました。言葉の選び方や文章のつなぎ方など一つ一つの文の隅々から、作者さんの丁寧な姿勢が伝わってくるようでした。ストーリーの中では壮大な世界での冒険や悪との戦いが描かれるわけでもなく、また世紀の悲恋物語が展開されるわけでもなく、男の子と女の子が出会って数回のデートをして別れるというそれだけです。しかしながら、丁寧に紡がれた言葉によって、そのなんでもない日常風景の下には常に緊張と不安が隠れていることが伝わってきます。少し人見知りなだけのようで障害を確かに持つ男の子と、普通の人よりも魅力的な側面を持つ一方で深い心の問題を抱え持つ女の子、その2人が自らの異端さを、「常人」の客観的な視点と彼ら自身の率直な気持ちとして語っていくことで、彼らが見る風景を、例え極論であっても、「普通の人」の生活から連続的に繋がるものとして表現できているように感じます。私たちは決して他の人の心の問題を本当の意味で知ることはできません。しかし、心に悩みを抱えた人々の風景を、完全ではなくとも文章は伝えられるのだと教えてくれました。「普通の人」であっても、心に悩みのひとかけらも無い人などいないでしょう。その意味で、極論でありながら、不思議と誰もが共感できる言葉が散りばめられているように思います。全ての人におすすめです。
正論と極論、これは真逆にある物。
しかしこれが“狂人の正論”と“常人の極論”となった場合、果たしてどうだろうか?
恐らく大多数の方は常人の枠に収まり、その中で様々な物を抱えながら生きている。
私達は何を以て常人とするのかについて、ある程度の共通認識を持っています。しかし狂人の定義・区分については人によって大きく異なる曖昧なものだと、本作を読んで改めて考えさせられた。
社会、ひいては集団生活を送るには不可視の型がある。その型に嵌まることが出来れば仲間として認め、そうでなければ弾く。
弾く際に意識的かどうかはわからないが、自然と仲間外れにしていく流れが生まれ、その流れが変わることは滅多にない。
そうして刻まれる溝は深く、暗いものだ。
故にその溝の深さを見ようとする者は極少数になるだろう。
そんな触れ合う機会のない溝に、貴方も触れてみませんか。